■ Flavor Of L*** 09 壊れた殻 |
突然起こった地鳴りと共に樹海の一部が陥没し、砂埃を巻き上げる。 異変に興奮したモンスター達がパニックを起こし、叫びを上げながら砂埃の中を飛躍し、騒然となった。 パラパラと大雨のように小石が降り仕切る底で、ザックスは腕の中にクラウドを抱きしめ、その雨粒から守っていた。 やがて辺りが落ち着くと、ザックスは自分の後頭部に降り積もった小石を払うように頭を振る。 そっと空を見上げれば、遥か上空にはまだ叫びをあげるモンスターたち。あれが落ち着くまではここからの脱出は不可能である事を悟り、ため息をついた。 「…クラウド?無事か?怪我してないか?」 心配そうに腕の中を覗き込むと、クラウドは肩を震わせ顔を両手で覆っていた。 「…クラウド?…泣いてるのか?」 「…何…が…、いったい何がしたいんだ、アンタは!!」 震えた声でクラウドが泣き叫ぶ。 「ふざけるな!いつもアンタのペースばかりで!俺の気持ちなんか考えないで!…傍にいないくせに!俺を諦めたくせに!俺をおいていったくせに!俺のものにならなかったくせに!!」 それはずっと心に秘めていたザックスへの思い。 ソルジャーだから自由はない、と言われ、胸の中で押し殺してきたクラウドの思いだった。 本当はずっと知りたかった。 ザックスの立場も。 ザックスの本音も。 ザックスの苦しみも。 ザックスの過去も現在も全て理解して、共に歩きたかった。 誰にも渡したくなかった。 「いやだ…もう誰にも渡したくないのに…なんで、俺の傍にいないんだ」 グチャグチャにかき混ぜられ、溢れた激情が嗚咽となって零れていく。 メッキが壊れ、ずっと閉じていた心の膿が崩壊してしまった。もう二度と、誰にも恋はしない、執着も依存もしない。そう決めていたのに、それは内側から壊れてしまった。 今も、クラウドはザックスの腕の中から逃げられない。ほんの少し身を捩ればザックスの腕は簡単に外れてしまうかもしれない、それが怖くて動けない。 ボロボロと、大粒の涙が溢れ出していた。 「…クラウド…」 ザックスはクラウドを大切そうに抱きしめと、金の髪に頬を摺り寄せ、耳元で囁いた。 「…ごめん。ずっと、無理させてたよな…」 出会った頃から、クラウドが愛されるだけで満足するようなタイプではない事は分かっていた。それでも、神羅から守るために隠し事ばかりをしてきた。どんなに、寂しく満たされない事だったろう。 「だから、もう1回やり直させて欲しくて、告白しにきた」 「……」 「今でも、好きだ。誰よりも愛してる。これからの時間を、俺と一緒に過ごして欲しいんだ」 「…ぅ…ぇ…っ」 クラウドがどんなに必死にかみ殺しでも、焼け付くような熱い喉からは嗚咽が漏れた。 ザックスの腕の力、ザックスの暖かさ、ザックスの匂い。それは、地下研究所で出会ってから、初めて肌で感じるザックスの生きている証だった。 何も違っていない。 同じ体と心を持つ彼は、何も違ってはいなかったのだと、今更ながら痛感する。 全ては自分が勝手に作った殻だった。諦めることで傷つかないように心を閉じた。負の心と背中合わせの暖かな感情も一緒にして。 「…クラウド。俺を受け入れて?」 「…ぅっ…ザ…ス、…ザックス…!」 クラウドの顔を覆っていた腕がザックスの背に回される。縋るように、離れないように力を込めて抱きしめた。 涙の止まらないクラウドの、それが精一杯の返事。 ザックスは震える背中をいつまでもさすり、愛しい存在を力強く抱きしめていた。 やがて陽が沈みかけ、昼から夜へと活動するモンスターが切り替わる僅かな平和な時間になると、ザックスは近くに待機しているはずの飛空挺のシドへと連絡を取った。 『ザックス!てめぇ!手加減しろって言っただろうが!!地形を壊すんじゃねぇ!』 電話の先の怒声は、ザックスの膝にスッポリと収まり寄り添うようにピッタリとくっついたクラウドには筒抜けだ。 「シド悪い…やったのは俺だ」 横から携帯に声をかける。 『むっ…クラウドか。なら仕方ねぇな』 「何それ?!クラウドなら良くて俺だとダメなの?!何で皆、クラウドに甘いわけ?!」 ザックスの不満に電話の向こうでシドが豪快に笑う。 『おめぇに言われたかねぇよ。30分で行く。大人しく待ってろ』 それだけ言うと、電話を切ってしまった 「…ったく。あと30分だってよ」 携帯をしまい、ザックスはクラウドに微笑みかけた。 クラウドの泣きはらした目が痛々しく、宥めるように頬を撫でれば、クラウドは素直に頭を預けてくる。あんなに泣いたのは何年ぶりだったろうか、憑き物が落ちたクラウドはもうヘトヘトだ。 「なぁ、クラウド…。また今度、ゆっくりでいいからさ、俺の最期の話、聞かせてくれよ」 「…どうして?」 「話してあげたいんだ、俺自身がその時、どう思っていたのか」 「…そんな事、分かるのか?」 「分かるさ。だって元は同じだぜ?言うなれば…俺の半身みたいな感じ?あー…半身って言っても、比重はあっちの方が多そうだから、こっちが分身かもな」 そう言いながらザックスは笑う。 コピーである自身の身を、そう思えるようになるまでどれほどの思いをしてきたのだろう。彼が思い悩んでいた時間、何故自分は傍にいなかったのかとクラウドは改めて悔やんだ。 でも、これは取り返せないことじゃない。 「いいよ…その代わり、ザックスの今までのこと、本心も全部教えてくれ。どんな事も理解したいから…」 「……うん」 嬉しそうにザックスが微笑み、頬を寄せ抱きしめる。 見つめ合い、自然と重なり合う口付けの暖かさに、膿を吐きつくした心が震えた。 ゆっくりと啄むような軽い口付けを何度も交わし、求めるように開いた唇の隙間から互いの舌を触れさせ、そっと離せば、熱い吐息が漏れる。 「…30分じゃ…さすがに無理だよなァ…」 熱を秘めたザックスの蒼い瞳が本心を映す。 「…それじゃ足りないだろ? もう少し我慢しろよ…俺だって耐えてるんだから」 吐息混じりに微笑み、クラウドが艶を含んだ声で返事をすれば、ザックスは必死に自分の熱を抑えた。 「…お前、色っぽすぎ……こんなトコで俺を堕とすなよ。 っくそ!シドが来たら一番近い街に降ろしてもらうぜ!」 速攻宿屋だ!と、グッと拳を握り締めて決心する。そんな様子にクラウドはクスクスと小さく笑った。ザックスも緊張から開放されたせいだろうか、どこどなく子供っぽい。 「…宿屋の後は?ザックス」 「ん?その後のこと?」 「うん、もしかしてWROに帰るのか?」 ザックスはWROに助けられ、育てられた。彼の性格でそこまでの事があれば、そこは家と同等だ。ザックスにも愛着があるだろう。 「いや、WROに恩返しはするけど、俺は所属してない。組織はもういい、ってのもあるし、やっぱ、クラウドの一番近くにいたいからさ。だから、そういう話は一応あったけど断った」 くしゃりと鼻に皺を寄せて笑いながらザックスがそう言うと、そのご褒美と言わんばかりにクラウドはその鼻先にキスをする。 「よく出来ました」 初めてもらったクラウドのご褒美に、ザックスは目を白黒させる。 「じゃあ、俺の近くで何がしたい? ザックス」 「うーん、そうだなぁ…一緒にいれれば何でもいいけど」 「具体的に」 「具体的かよ。…そうだなぁ…、まずはクラウドと一緒に棲んで、一緒に飯を食う」 「うん」 「仕事はクラウドのデリバリーを手伝ってもいいけど、ううーん…その場合バイクももう一台いるよな。やっぱ仕事も一緒にしたいもんな」 「…うん」 「…そしたら、とりあえず金だろ?てっとり早く儲けが良いバイトでもするかな。 な、クラウド、俺がすぐに出来るバイトってあると思うか?」 「……」 ザックスが必死に首を捻る姿を、クラウドは少し泣きそうな、でも懐かしく愛おしい目で見上げる。 「俺が出来る事って、戦闘とか、メカニックとか…あと操縦だろ? あ、あとサバイバル? それからうーん…やっぱソルジャーって結構特殊な事ばっかだな」 あれこれと、未来を考えるザックスの傍にいる事が嬉しい。 「…あ!そうだよ!普通の人が持ってない知識や技術を沢山持ってるならさ、それを生かして、困っている人を助けるってのはどうだ?」 そして、今度こそ、これからも傍にい続けられる事が、何よりも幸せで。 「なぁ、クラウド!良い考えだと思わね?困ってる人を手伝うんだ。報酬しだいで何でもやる!クラウドもやろうぜ!俺達2人いればきっと出来ない事は無いって!無敵状態間違いなし!」 「『なんでも屋だ、クラウド。俺達は、なんでも屋をやるんだ』」 「…うん」 やっと掴んだどんな事にも変え難い幸福に、クラウドは綺麗に微笑んだ。 星が瞬く夜の中、密林の空洞から一番近くではなく、少し離れた街の近くで2人は降ろされた。 実は、あれから、少々一波乱があったのだ。 一番近くの街でいい、というザックスの申し出にシドは『遠慮するな、エッジまで送っていく』と聞かず、押し問答となった。その末にキレたザックスが中指を立て 「だーかーら!分かれよ、オッサン!俺達、切迫詰まってんの!それともシエラ号の倉庫でヤっていいわけ?!」 と、声高々に宣言し、これにキレたシドが2人の首ねっこを掴むと、本気で上空から放り投げたのだ。 「頭冷えてから帰って来い!このクソガキ共が!!」 「おー!まったなー!」 遠のくシエラ号に元気に手を振りながら下降するザックスに対して、クラウドは言葉も出ないほど驚いていた。 シドはもとより、今まで誰からもこんな扱いをされた事がない。明らかなザックスの巻き沿いに、地表に降りても呆然としゃがみ込んでしまった。 「…俺、何も言ってないのに…」 ショックを隠せないでいるクラウドに、ザックスがカラカラと笑う。 「俺にとっちゃ普通だけどな? クラウドは皆に大切にされてるから驚いたろ」 「…アンタ、どんな日常を送ってたんだ…」 これから先が思いやられると、ため息が出る。 「まあまあ、積もる話は後にして…まずはクラウドが此処にいるって事を堪能させてくれよ」 上機嫌にそう言うと、返事も待たずにクラウドの腰に腕を回し、子供のように抱き上げ、その腹に鼻先を埋めた。 「んー、クラウドの良い匂い」 そう言って嬉しそうに破顔されては、クラウドも照れ隠しに怒る事も出来ない。 むしろ、下半身をホールドされて顔が熱くなる。 「…ザ、クス…くすぐったい、から…」 穏便にザックスを引き剥がそうと心みるが、ザックスは腹に顔を付けたままクラウドを見上げると、表情をガラリと変えニヤリと笑った。 「感じちゃった?」 「バッ…!」 ザックスの確信を得た夜の男の表情に、クラウドの顔が一気に赤くなる。 油断してはならない、この男はザックスなのだ。あらゆる顔を持ち、それを変幻自在に変えてみせる天性のタラシだ。 クラウドは完全にロックオンされていた。下腹部に顔を付けられ、そこで話をされているのだから声の振動はまさに直撃。それでなくても願望があった所にこんな事をされては、無反応でいられるわけがない。 「お、下ろせ!自分で歩く!」 赤い顔を隠したくて暴れたが、ザックスの腕は全く解けない。 「嫌だね。俺はもうクラウドを離さない。このまま宿屋に連れて行く。恥ずかしかったら気絶してる振りしてていいぜ?」 キッパリと言うザックスに抵抗は無駄だ。昔からそうなのだ、所詮ザックスは言い出しだら聞かない。ことクラウドに関しては特に。 「…急げよ?」 「任せろ。すぐに満足させてやっから」 「そういう意味じゃない!!」 「分かった、分かった。照れなくてもいいって」 「違うって言ってるだろ!この、バカザックス!!」 ジダバタと暴れながら、その広い背中をゲンコツで叩いた。 「あいかわず、可愛い~なァ。クラウドは」 「うるさい!黙れ!」 星空の下、クラウドを抱き上げたザックスが走って行く。 街の灯りはもう目の前だ。 END. |
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