■ Flavor Of L*** 
08 交わし合う刃



 
 ザックスから離れ2つ目の季節を迎える頃、クラウドはWROからの依頼を受け、再びあの樹海の地下実験室に来ていた。
 本部にさえ行かなければザックスに会うことはないと、クラウドはあれからWROからの依頼は全て本部以外で受け取るようにしていた。極力、ザックスに関わる情報を避けていたのだ。
 本当ならば、ザックスに関わりがあるこの研究所跡にも来たくはなかったのだが、研究所の跡地の影響で巨大化したモンスターの退治だと聞いては、クラウドに拒否する理由がなかった。


 飛空挺に送られ、1人その地下に降り立ったクラウドは周囲の気配を伺う。
 一度は科学の極みを得たであろう施設も、爆風に飛ばされ、僅かに残ったデータは回収され、再利用される事のない瓦礫が時間をかけて腐敗し、緑に覆われるのを待つだけの場所。
 樹海の中には数多の数を感じるが、地下に大きく口を開けた穴の先には、特に不審な気配はない。
(いない、のか…?)
 音を立てることなく、地下へと飛び移りながら降りていった。

 一度来た場所に、嫌でも思い出すのは彼のこと。
 以前、ここへ降りた時にザックスを見つけた。失敗作として処分をされる事に抵抗をした結果の暴走だった。
 彼は暴走したまま、朽ち始める体を保つ為に零れた培養液を舐めとっていた。生きる事への執着ではない。クラウドを助ける為の執着だ。
 その時の彼の心はまだニブルヘイムの地下室にあり、クラウドを助け出す事に必死だったのだ。
「そんなにボロボロになってまで…、俺を守るなよ…」
 最下層の空洞で、半年前にそこにいた人物に呟く。
 それは、半年以上も魔晄中毒だった自分を守った彼に対する思いと同じだった。

「…だけど俺、それがあったら生き伸びたんだけど?」

 突然かけられたら背後からの声に驚き、クラウドが身を振り構える。
 それまで気配を消していたのだろうその人物が術を解くと、目で確認するよりも早くクラウドは感じ取った。
「…ザックス…」
「久しぶり、クラウド」
 地にしっかりと足を着け、凛と立つ。黒い髪は短くなり、長い前髪がセンターで分かれ、澄んだ青い両眼が覗いていた。やんわりと口角があがった口元は、兵士時代に初めて会った頃の彼を思い出す。
 ノースリーブのニットの上には同じくノースリーブの丈の長いジャケットを這おい、そこから伸びた腕にはもう識別番号はない。
 腰の後ろに下げられたホルダーには見慣れない剣。ジャケットに深く入ったサイドのスリットからは、左太股のホルダーに収まった武器が見えた。
 見慣れない武器と防具、明らかに神羅製とは違うそれに、彼が神羅でない所で育てられた事が分かる。
 自分の知らない内に誰かに育てられたザックス。
 クラウドの胸の中で、小さな熱い痛みが起こった。
「……モンスターは?」
「ん?あぁ、あれ、嘘。ごめんな、俺の我が儘でリーブに嘘をついてもらった」
 図られた呼び出しだったとクラウドは気付いが、何故かは分からない。
 言葉無く状況が理解出来ずに立ち尽くすクラウドに、ザックスは腰の剣を抜くとスッとその剣先を向け、挑発的な笑みを浮かべた。
「手合わせしようぜ、クラウド」
「……」
「この日の為に必死に訓練して来たんだ。…俺を、見てくれよ」
 戦う者は刃を合わせれば相手の力量が分かる。
 クラウドは黙って剣を取ると、剣を構える。
「……」
 フッと息を吐き、伏せた瞼を開くと同時にザックスに飛びかかった。それを正面からザックスの剣が受け止める。
 電気のような痺れが走りザックスの闘争心に火が灯る。
「…いいね。最強の奴に挑むのは血が騒ぐぜ!」
 剣を弾き返すとすぐさま逆手から振り下ろすが、すかさずクラウドはもう一本の剣を取り受け止めた。
「…それも、アンタらしいな」
「ソルジャーだからな」
 ニヤリとザックスが笑む。
 二人は同時に後方へと間を取ると、クラウドは剣をモデルチェンジさせパワー型に補強する。
 その間にザックスはクラウドの側頭に回ると頭上から切りかかった。
 はじき返しては切り返す、一歩も引かない攻防の音が空洞内に木霊する。
「…すげぇな、クラウド。見惚れそうだ」
 クラウドの立ち回りは高速で無駄が無く、華麗にさえ見える。それはザックスの知るどのソルジャーとも違った。
「俺のベースはアンタだ。どれだけ見てたと思うんだ?」
 兵士時代、クラウドは許される限り、どんなに遠くからでもザックスを必ず見ていた。自分には届かない所にいるその闘う姿を、羨望と無事を祈る眼差しで見続けていたのだ。
「気付いてたよ…ありがとな」
 優しく微笑み、膠着する刃の交わりを崩す為にクラウドの腹を蹴り上げる。
「…ッ!」
 クラウドは飛ばされた体を回転させ、空洞の上部を足を付くと、それをバネに一気に加速。クラウドの剣がザックスに振り下りた。
 ザックスは左太股のホルダーから武器を取り出すと、片手で素早くモデルチェンジし、クラウドごとそれを受け止める。
「?!」
 クラウドの目の前に広げられた十字を表す形、巨大な手裏剣だ。似た武器をクラウドはよく知っている。
「手裏剣?…ウータイのか?」
「そ。ユフィに教わった」
 クラウドを弾き飛ばすと手裏剣を縦横無尽に放ち、それを交えた攻撃型へと切り替える。
 ザックスと剣を交わせば横から手裏剣が攻撃し、それを流せばザックスが再び切りかかってくる。まるで1対2のような戦いだ。
「他にもあるぜ。ヴィンセントからは銃を、シドからは槍と操縦テクニックを教わった。武器は一通り習得はしていたけどな、やっぱ実戦でこなしてきた奴は違うな」
「…当然だ、俺の仲間だぞ」
「…感服するよ」


 ザックスの戦闘スタイルには確かに変化があった。
 クラウドの知る限り、以前はもっと力でごり押しするパワーファイターだった。それが今は身を軽くしスピードを受け流すようにかわしながら最も適した間合いを取ってくる。
 ザックスはクラウドの仲間達から教えを受けたと言った。その影響だろうか…
 クラウドの心に押し込んだ負の感情がまたチリリと蘇えり、眉をしかめた。
「…素直に認めるんだな…」
 クラウドがまとわりつく手裏剣を忌々しげに蹴り飛ばせば、ザックスはスピードを相殺させるように身を回転させて難なく左手で受け止める。
「シャルアに、徹底的にしごかれたんだよ」
 受け止めた手裏剣を片手のままモデルチェンジをすると、今度は二刀流のスタイルに変えてクラウドに攻撃を仕掛ける。
「『格好つけるな!』とか、『大人ぶるな!』とか、『メッキのような強さは捨てろ!』とか……散々言われたよ。酷いと思わねぇ?こっちは必死だってのに…ホント、『母は強し』だぜ」
 ザックスは苦笑を漏らすが、だがそこには絶対的な信頼があると目が語る。その瞳の強さにクラウドの負の感情がまた溢れ出た。

 シャルアとザックスは知り合ってから半年程度。その短期間で何故そこまで信頼を得る事が出来るのか…かつての自分は、神羅時代の自分は2年もの間共に暮らしたのに、そこまでの信頼を結べなかった。
 ザックスは秘密ばかりで、「愛してる」と言われてもいつもどこか不安で…目の前に居なければ落ち着かなくて…何かあればすぐに疑って…なのに、他の仲間はそれを容易く超えていくというのか…


―――悔しい


 クラウドの頭の中で、また警告音がなった。だが、ザックスと手合わせ中の今、それに従う事は出来ない。


―――俺のいない所で

―――俺が知らない内に

―――俺を必要としないで

―――俺以外の誰かと


 芋づる式に引きずり出される感情は留まることを知らず、やがてエゴという名の嫉妬が暴れだす。


「…ぅ…」
「…クラウド?」
 クラウドが顔をしかめ、苦しそうに時より息を詰まらせた。
 その変化にザックスは気がつくが、クラウドの剣は止まらなかった。
 ただがむしゃらに振り込まれ始めるクラウドの剣に、ザックスの方が戸惑う。
「ちょっ…待て!クラウド?!」
「…ぅ…ぁ…、ああ…!」
 ザックスが必死に剣を受け止める、声をかけるが、クラウドの中に溢れ出したドス黒いものはもう止まらなかった。
 他者への妬み。
 独占できない嫉妬。
 逃げた事への後悔。
 固く閉ざしたつもりだった。押し殺し握り潰したつもりだった。だが膿となったそれは、悲鳴をあげて最も弱い部分を突き破って一気に溢れでてきた。
「うあああああぁぁぁ…!!」
 振りかぶったクラウドの剣から青い炎が上がり風圧を起こして空洞内の岩を無差別に切り崩して行く。
 一撃だけではない、ニ撃、三撃。
 次々に繰り出される剣圧に、空洞が揺れ天井が崩れだした。
「ヤバい! クラウド逃げるぞ!!」
 ザックスはクラウドを抱きかかえると、地鳴りをあげて崩れ落ちてくる岩盤をかわしながら安全な場所へと身を翻していった。




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