■ Flavor Of L*** 07 家族 |
突如帰ってきたクラウドに、セブンスヘブンは大荒れだった。 「ティファ、俺、この家を出るから」 「え?」 「今まで世話になった。ありがとう」 「ちょっと待って!クラウド!どういう事なの?!」 ティファの声に止まることなく、クラウドは自分の部屋へと足早に向かうと次々と荷物をまとめて行く。 「今、言った通りだ。家はもう決めてある」 ここだ、と言わんばかりに、メモをティファに押し付け、再び荷物へと戻る。 「この部屋は好きに使ってくれていいから」 「そんな事を聞いているんじゃないわ!!」 新しい家の場所が書かれたメモを握り締め、ワケが分からないやるせなさに、ティファが大声をあげた。 学校から帰ってきた子供達は初めてみるそんなティファの姿と理解が出来ない状況に、ドアの影から2人を交互に見ることしか出来なかった。 ザックスと離れエッジに帰ってきたクラウドは、その足で家を探し必要最低限の家具を買い、自分1人の家を用意した。 とにかく1人になりたかった。 何も考えたくなかった。 ザックスに『ありがとう』と言われた事が辛くて、何かしていなければ闇に捕らわれそうだったのだ。 「クラウド!私を見て!何があったの?ちゃんと話して!」 ティファは必死だった。クラウドの様子がいつもと全然違う。クラウドはあまり感情を表に出さないため、声の調子も表情も普段とそう変わりはない。けれど、行動が違う。 クラウドが家を出て行く事自体に驚きはなかった、いつかはそうなるだろうと覚悟はしていた事だった。 ただ、こんな風に突然に、事後承諾のような形で出ていくとは思わなかったのだ。これでは、あまりにもクラウドらしくない。 「…別に何も」 「何も無いわけない!嘘、言わないで!!」 「……」 クラウドがティファを見ない。ティファには確信があった。それは真意から逃げようとしているクラウドの現れだ。 「…落ち着いたら、連絡する」 「クラウド!!」 「待って!クラウド!」 クラウドがティファの横をすり抜け、部屋を出て行こうとすると、たまりかねたようにマリンが縋りついた。 「どうして?どこかに行くの、クラウド? 私達が嫌いなの?!」 マリンが涙を浮かべてクラウドの足に縋ってくる。誰よりもクラウドとの生活を望み、4人で楽しく幸せになりたいと願っていた純粋な瞳が、悲しみで混乱している。 クラウドはその髪をそっと撫で宥めるように語りかけた。 「違うんだマリン…そうじゃなくて、俺が1人になりたいだけだなんだ」 ザックスと話して、改めてクラウドはもう誰も好きになれないのだと自覚した。心を震わせる何かは、すぐに頭の中で警告に変わる。その先にあるものが怖い。 深く固く閉ざした心は、もう開けない。ならば、ひとりで生きていく事こそが自分に相応しいのだ。 大切なものは少し遠くから見守り、やがてティファに相応しい相手が見つかり、子供たちが自立したらさらに遠くへ行けばいい。それが自分には似合いだとクラウドは思っていた。 「新しい家はここから近くなんだ。いつ来てくれてもいいから…」 「そんな事言ってるんじゃない!!クラウドのバカ!もう知らない!!」 ポロポロと涙を零し、マリンは泣きながら子供部屋へ駆けていく。 「待って、マリン!」 その後をデンゼルが追いかけるが、すぐに足を止めるとクラウドを振り返った。 痛みを堪えた目で何かを言おうとするが、言葉にならないように頭を振る。唇をかみ締めると、やっとの想いで言葉を搾り出す。 「…クラウド、俺たち、家族だよな?」 「…ああ」 「信じてるから」 そう言い残して子供部屋へ駆けて行った。 残されたティファはただじっと俯き悲しみに耐えるしか出来ずにいた。 「…ごめん、ティファ…」 「…分かってるよね?…身勝手すぎるわ…」 「…ごめん…」 「謝らないで! 何があったか知らないけれど、クラウドなりにこれが最善の策だと思ったんでしょ?だったら、ちゃんと腹をくくって、自分がしたことをしっかり受け止めてよ!!」 「……」 実際の所、今回のクラウドの行動は感情的で浅はかな、家族を傷付けるやり方だ。最善の策などと、クラウド自身も考えての事ではないだろう事はティファも気づいている。それでも、そう行動したのだから、きちんと責任を取れとティファは言う。 聡明は幼馴染は、それを受け止められずに、ただ許されたいと願うクラウドの弱い本心を知っていた。 「…クラウド、逃げないで。どんなに迷ってもいいから、逃げないでいて」 「………ごめん」 掠れた声で返す言葉は、謝罪でしかなかった。 クラウドは新しい家に帰ると、どっと湧き上がる疲れにベッドへと倒れこんだ。1人きりの家は静かで物音ひとつしない。 パイプベッドにデスク、ニュースを流すラジオ、キッチンには何も無い。生活の糧を求めない家には最低限の品しかなく、肌寒い。 そんな暖かさのない部屋で、クラウドは1人ベッドの上で顔を覆った。 「くそっ…」 違う、こんな事をやりたかったんじゃない。 やりたいのは―――――、だがそこでいつも警告音が鳴り思考が停止する。考えれば、また闇の中に落ち、あの辛い日々が始まる。それは予感ではなく確信だった。 「ち、くしょ…」 けれど今の状態はどうだ。今も充分辛い。痛みがある事に変わりはない。 クラウドは身を縮め、ただ小さく震えた。 クラウドがWROを出た後のザックスに関する確認の連絡を受けたのは、エッジへの帰り道の途中だった。 ザックスに関する全権はクラウドからシャルアに移され、シャルアの意向により、ザックスは培養液から切り離し、独立した人として生かす為の処置を行う事に決定した。 だがザックスはそれ拒み、シャルアが説得にあたっているという。 シャルアを中心にWROでプロジェクトが組まれたが、そこにクラウドは関わっていない。 シャルアの意向はクラウドにも予想は付いていた。そのプロジェクトに自分が関わらないだろう事も予想が出来た。 だが、ザックスがそれを拒むとは思っていなかった。 結局自分は、ザックスの事を何も分かっていない。その事実が、クラウドを苛立たせた。 サヨナラをしたわけじゃない。 死別したわけでもない。 ザックスと離れ、その距離を感じた。ただそれだけの事がクラウドを追い詰めていた。 眠れぬ夜を過ごした翌朝。ドアを何度も叩く音にクラウドがドアを開けると、そこには大きなバスケットを抱えたデンゼルがいた。 「あー!やっぱり夕べそのまま寝たろ?!ちゃんと着替えなきゃダメだぞ?」 昨日のままの服で、髪の乱れたままのクラウドの様子にデンゼルは呆れ顔だ。 「…あ…いや…」 普段と変わらない様子のデンゼルに戸惑うクラウドを横目に、デンゼルは当たり前のように中に入ると辺りを見回し、盛大にため息をつく。 「ティファの言った通りだ、全然何もない。クラウドって、本当に生活能力ないんだね」 バスケットをデスクの端に置くとクルリと振り返り、仁王立ちになる。 「いい? 決定事項を伝えるよ? クラウドに拒否権はないからね?」 「決定事項?」 「家族会議の決定事項。俺達、あの後遅くまで話し合ったんだ。クラウド抜きの会議だけど、今回は仕方ないよね?」 『家族』という括りを気にしてかフォローを挟む。幼い頃に家族を失い、死の恐怖から立ち上がった少年の心配りはきめ細かい。 「これからクラウドの食事は俺達3人で交代に運ぶ。このバスケットに一日分のお弁当を入れて毎朝来るから、クラウドは必ずそれを全部食べて空にすること。仕事で留守にする時は必ずカレンダーに予定を書き込んでおいて。それ見て用意をする食事を変えるから。分かった?」 テキパキと指令をさす伝令係に、クラウドは泣きたい気持ちになる。この家族達はどこまでも暖かい。 「……分かった」 「よし!じゃあ合鍵頂戴!」 ニッと笑って広げられたデンゼルの右手に、合鍵を置いた。 多くを望まなければ、日々は淡々と過ぎていく。 朝、家族の誰かが来ては簡単な報告を兼ねた雑談をし、クラウドの一日が始まる。 仕事はすぐに起動に乗り、ザックスの事を除けば大きな痛みや悲しみのない日々が続いた。その分大きな喜びもないのが、長い間痛み続け、苦しみ続けた日々を思えば耐えられる代償なのかもしれない。 幼い日を劣等感と過ごし、熟さぬ精神のまま生と死が行き交う環境に身を置いたクラウドには、今のままでも充分に平穏な日々と言える。 だが、心の中の傷から生まれた膿は確実に進行する。 深夜遅く帰ったクラウドは、携帯の留守電のボタンを押した。いくつかの仕事の依頼の後に、リーブの声が再生される。仕事の話でなく、ザックスに関する不定期の報告だ。 『お久しぶりです、クラウドさん。ザックスのリハビリは順調に進んでいます。今はポッドを出て、軽い食事も食べられるようになりました』 「……」 ポッドの中でしか生きられなかったザックスの最初の難関は食物の摂取だった。体にその機能はあるが、実際に稼動をしてこなかった体はリハビリを必要としている。 培養液以外の外部から食物を摂取し、必要な栄養を得ること。それが最初の課題だったのだ。 『そうそう、先日、彼が髪を切りまして、だいぶ若く見えるようになったんです。いくつに見えるかと聞かれたんで年相応と答えようとしたんですが、隣にいたシャルアに「やっと離乳食が食べられるようなったから赤ん坊だろ?」とからかわれて、彼、だいぶ拗ねてました』 電話口で思い出し笑いをしながら楽しげに話すリーブに、クラウドは寂しげに眉を下げた。 『WROのメンバーにもすぐに打ち解けているようです。彼は人懐こいですね。また何かありました連絡します。では』 メッセージが終了し、沈黙した携帯を閉じる。 ザックスはどこにいても自分の居場所を見つけていく…人と打ち解けにくい自分とは天と地の違いだと、置いていかれる寂しさに携帯を強く握り締め、瞼を閉じた。 やがてザックスは人として自立していくだろう…その時、笑顔で送り出せるかクラウドには自信が無い。 いや、ここまで離れてしまった以上、もう送り出すことすら必要無いのかもしれない。 自分を必要としない所でザックスは生きて行ける。 そう思っただけで、頭が痛み、感情は波打つように乱れた。 「…っ…」 胸を締め付ける苦しさに壁にもたれかかり、ズルズルと床に座り込む。胸元を握り、息を呑んで苦しさに耐えた。 「…っ…くそっ」 シャルアの完全なサポートがある限り、クラウドに手伝える事はない。 それでも、以前のクラウドならば側にいたいとはっきりと言えた。誰よりも焦がれた人なのだから。 だがそれを失い、痛みに血と涙で傷口を掻きむしり、やっと塞げた傷口…もう二度とあれほど誰かを愛することはしないと閉じた心は、再び開く事を拒んでいた。 同じ心と同じ笑顔を持つ、あのザックスでさえも…いや、ザックスだから怖いのかもしれない。 一度塞いだ心の中は膿んで、今度悲鳴を上げたらもう自分には制御できなくなるかもしれない。そんな自分が怖かった。 膝を抱え丸くなって、考えるなと何度も自分にいい聞かせ、繰り返す。 「……ザックス」 泣けない感情に出口はない。 『傍にいる気がないのなら、返せ』 レノが言った言葉が、膿んだ心を突いていた。 |
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