■ Flavor Of L*** 06 別離 |
いつものように、シャルアの操作でザックスが深い眠りから覚醒する。 クラウドはポッドのガラスをコンコンと叩き、ザックスを呼んだ。 「おはよう、ザックス」 「…クラウド?おはよう。いつ帰ってきたんだ?」 ザックスはクラウドの声を聞くと笑顔を作り、小さな泡を立て、ゆっくりとかがみ込んで目の高さを合わせてきた。 初めは見る度に胸を痛めたザックスのこの姿も、『いつもの』光景になって来ていることにクラウドは苦笑する。 「深夜遅くだ。遅くなって、ごめん」 「何言ってんだよ。仕事の方が優先だろ? 俺の事なんて気にするなよ」 「……」 口元に笑みを作りザックスが言う。おつかれさま、というザックスにクラウドは返事をしなかった。それはクラウドの仕事を尊重するものであったはずなのに、突き放されたような気がしたからだ。 「…疲れてないか?ちゃんと休んだか?」 クラウドからの反応がなかった事に気遣い、ザックスが声をかける。 「大丈夫、ちゃんと休んだから」 「そか、良かった。WROとエッジがどれくらい離れているかは知らないけど、あんま無理するなよ?」 「うん…」 何度聞いても、ザックスの声は心地よいと思う。耳を擽るような、宥めるように甘やかす声。以前はその声と共に、髪をクシャクシャと撫でられた。照れくさくて嫌がってみせていたけれど、クラウドはそうされるのがとても好きだった。 今なら正直に話せるだろうか… クラウドがそんな事を思い言いかけるようにザックスを見上げたが、クラウドの様子が見えないザックスが先に口を開いてしまう。 「そうだ。シャルア、居る?」 「居るぞ。何だ?ザックス」 「なぁ、あの件どうなった?」 「あぁ、許可が出た。もちろん、クラウドが良いと言ったらだがな?」 「本当?!マジで?!」 会話が見えないクラウドは2人の顔を交互に見比べ首を傾げた。 「何の話だ?」 「あのな、目隠しを取る許可を出してもらったんだ。俺、どうしても見たいから」 嬉しそうにザックスが口元を綻ばせる。 「どうしても…クラウドの顔が見たいんだ。いいだろ?クラウド…、顔を見せて」 突然の申し出にクラウドが瞳を瞬かせる。 だが、クラウドにそれを否定する理由は無い。ひとつでもザックスの拘束が外れるのは喜ばしい事だし、クラウド自身も彼の顔が見られる。 「…いいけど、…でもガッカリするかもしれないぞ?」 「ガッカリ?何に?」 「その…俺…変わったし…」 兵士時代に比べて体も逞しくなり、瞳の色も変わった。 実年齢にくらべてはまだ若く見られる外見ではあるが、目の前にいるザックスは16歳の頃のクラウドしか知らない。 彼が可愛いだの何だのと言って、抱きしめて頬擦りしていた頃の自分とは違うのだ。 「ガッカリなんてしないよ。ビックリはするかもしれないけどな?」 どこか楽しげにザックスが肩をすくめる。 そのワクワクとした笑みを見せられてはクラウドは俯くしかなかった。出会ってからずっと、この笑みには勝てないのだから。 「…じゃ、いい…」 「やった!」 クラウドのポツリとした返事も聞き逃さず嬉しそうに笑うと、かがんだ身を伸ばし真っ直ぐに立つ。 「いいぜ、シャルア。頼む」 「…そのままジッとしてろ」 シャルアが手元も端末を操作を始めると、ポッドの上部から一本の細いアームが現れてきた。先には刃が付いている。 そのアームがゆっくりと慎重にザックスの頭へと伸びると、目隠しとコメカミの隙間へと入って行った。 「切るぞ、ザックス」 シャルアが操作するレバーと同じスピードで、ゆっくりとアームが目隠しを切ってゆく。 次第にザックスの目許が現れ、裂かれた布は黒髪を撫でてフワリと上部に上がって行った。 ザックスの瞳がゆっくりと開き、クラウドは吸い込まれるように、その瞳を凝視する。 クラウドより深い魔晄の蒼。それを見たのは何年ぶりだろうか。 惹かれるように見上げるクラウドを迎えるように、ザックスもまた身をかがめて、2人の距離はガラス一枚を隔てた僅かなものになった。 やっと、こんな間近で見つめ合う事が出来たのだ。 クラウドの姿を見て、幸せそうに微笑みながらザックスが囁く。 「…何だよ、確かに大人っぽくはなったけど、そんなに変わってないじゃん」 嬉しそうに、でもどこかからかうような口振りにクラウドはちょっとムッとする。 「変わったよ。どこ見てんだよ」 「変わってねぇよ、相変わらずの美人さんだ。変わったって言ったら、磨きがかかったくらじゃね?」 「…バカだろ、アンタ」 変わらないザックスの口調に呆れると、2人はクスクスと笑った。 「バカで結構。治んねぇよ、きっと」 「それも、ザックスらしいよ」 「えー?それ、フォローかぁ?」 今度は少し声をあげて笑った。昔のように、何気ない日常の中にいるような笑みだった。 笑えば、その一時は何も不安がなくなった。2人を隔てるガラスケースも何でもないことのような気がする。 だけど、それはあくまでも一時のこと。 笑い声を収めると、ザックスはクラウドを真っ直ぐに見た。 「…クラウド、俺の事はもういいからさ…エッジに帰れよ」 「え…?」 突然の内容にクラウドは困惑する。だが、ザックスは何かを決心していたように続けた。 「…分かってるだろ?俺はお前と居た『ザックス』じゃない」 「……」 「同じ細胞、同じ体、同じ記憶を持っていても、本物には足りない」 「……」 「俺の識別番号はNJ1Z03。神羅のソルジャー・ザックス再生プロジェクトで作られた試験体だ」 「……」 「…失敗作だけどな」 ザックスが泣きそうな顔で笑った。 『NJ1Z03』 拘束着で隠されたそれをクラウドは直接見たことはないが、ザックスの腕にはその識別番号が書かれている。 最初にザックスが回収された時に収められたその画像に、それは確かに記録されていた。 「……知っていたのか…」 「うん……覚えてっから。つっても、色々混在してるからさ…特に研究室のは何が本体の記憶で、何が俺の記憶かは分かんねぇ事もあるけど…多分、試験管の方が、俺の記憶なんだと思う」 リーブから渡された解析の資料には、樹海の地下実験室で行われた目的と記録が書かれていた。 『ソルジャー・ザックス再生プロジェクト』 ソルジャーを作るのは簡単だが、クラス1stまで育成するには金と時間がかかる。ならば、完成したソルジャーを複製し量産すれば合理化が図れると考えた、神羅の歪んだ計画だった。 ジェノヴァ細胞に耐え、セフィロス細胞にも悪影響を受けないザックスの精神力と肉体は、その計画に最も適したソルジャーだったのだ。 その実験の記録は、ただ淡々と無機質に記録だけをされていた。 『xxx.xx.xx ニブルヘイムよりコードZの各臓器の一部が到着。 再生プロジェクト開始。 各臓器を元に復元・培養を開始。 魔晄濃度は8を3。9を4。10を5……』 『xxx.xx.xx 5体の試験管に再生反応確認。 試験体の識別番号を設置。 識別番号はNJ1Z01~05……』 『xxx.xx.xx NJ1Z01、NJ1Z02にリユニオン反応確認。 同じ水槽に移動。NJ1Z03に同化開始……』 『xxx.xx.xx NJ1Z03に五体培養は30%完成。 NJ1Z04、NJ1Z05にリユニオン反応確認。 NJ1Z03に同化。 知能確認。記憶の復元開始……』 『xxx.xx.xx NJ1Z03五体培養50%完成。 記憶復元30%完成。 ジェノヴァ細胞追加注入…』 『xxx.xx.xx NJ1Z03五体培養80%完成。 記憶復元60%完成。 S細胞注入…』 『xxx.xx.xx NJ1Z03復元完成。テスト開始。 ソルジャー能力確認……』 『xxx.xx.xx 培養液から解放後、18時間で衰弱開始。 劣化兆候確認。 実験失敗。 NJ1Z03破棄処分』 「まるで夢ん中みたいでさ、本体の記憶の方がよっぽど鮮明なんだけどな。でも、『処分』って言われて、夢中で足掻いてたのは覚えてる。…俺、この液体の中じゃないと生きられないんだ、そこが『致命的な失敗作』なんだってさ」 ざまあねぇよな、と、小さく笑う。 クラウドの表情が辛さに歪んだ。 神羅の科学者達による試験体への扱いは尋常ではない。『失敗作』と位置づけられた者への罵倒がいかほどのものか、クラウドには身をもって知っている。 縋っても懇願しても必要性がないと切り捨てられる。神羅にとって、それは廃棄物でしかない。命の尊厳などどこにもない。 それでも、この目の前の男は笑うのだ。相手に悲しみを悟らせない為に。悲しみに囚われず、前向いて歩かせる為に自分自身を切り捨てる。 「…俺を見つけてくれてありがとうな。クラウドを助けたくて必死だったから、きっとクラウドじゃなきゃ暴走は止まらなかった。ここに来れたおかげで、その後の事も聞けて安心した」 「……」 「…だから、もう行けよ…クラウド。今の自分を、家族を大切にしてくれ。仕事、頑張れよな」 そう言ってザックスが穏やかに笑う。その笑顔はあの丘でみた彼の最期の時のように優しくて、ライフストリームに消えて行った時のように迷いがない。クラウドは引き裂かれるような重くなる心を自覚する。 …また……アンタも 俺から離れて行くのか… クラウドの頭の中では警告音がなっている。 これ以上聞いてはいけないと、関わってはいけないと。 「…分かった…エッジへ帰る…。でも、ひとつだけ約束してくれ」 押し殺したような声で言うと、俯いていた顔をあげてザックスを見た。 「アンタも…自分を大切にしてくれ。手を貸せる事があったら言ってくれて構わないから」 心を向けることが出来なくても、せめて幸せを祈らせて欲しいと、ありきたりのような大人の言葉を告げる。 ザックスは優しさの中に寂しさを秘めた笑顔で俯いた。 「…ありがとう」 出会いと言うには知りすぎた仲、再会というには遅すぎた時間。 離れた距離を縮める痛みを避けるのであれば、それは別れと大差ない。 「シャルア…ザックスを頼む」 「…承知した」 クラウドは一歩だけ心残りのように足をゆっくりと引くと、そっとガラスから手を離し重い足取りで振り返ることなく研究室を出て行った。 「…これで良かったのか?」 静まりかえった研究室の中で、シャルアがザックスに問う。 「…いいんだ。クラウドは言わなかったけど、多分、…本物の俺の方は死んでんだろ? どんな死に方かは分かんねぇけど、それが過去の話で、クラウドがそれを乗り越えてるなら、今更…俺に出る幕はねぇよ…。それにさ、臓器の一部から自分を再生したなんて…やっぱ、化け物だよ、俺」 ザックスは膝を丸め、しゃがみ込んで顔を伏せた。 「…クラウドを…放っておいていいのか?」 「駄目だろうな…でも、分んね…。俺は不完全で…代わりにもなってやれない…。遅すぎ、足りなすぎ…何の役にも立たない。俺の事はもういいから、クラウドを支えてやってくれよ。仲間なんだろ?」 頼む、と、顔を歪ませ唇を噛む。淡い緑の液体に僅かに血の赤が混じる。自棄とは違う、諦めの境地の中、それでもザックスは顔をあげると悲しそうな笑顔を作った。 「俺の事はさ、廃棄するもよし、液体抜いて放置するもよし、好きにしちゃってくれよ。クラウドの顔も見れたし、シャルアの顔も見れたし、俺、もう思い残すことないから」 「…私?」 「うん、世話になったからさ。どんな人かなーってちょっと思ってた」 「驚いただろう、こんな成りで」 カシャリと金属音を立てて義手の左腕をあげる。 「いや…機械的な音はしてたから何となくそれは分かってた。それより、思ってた以上に綺麗でビックリしたよ」 「…そんな事を言われたのは初めてだ」 「そうなのか?信念を貫き通す戦いの女神みたいだぜ?」 「……」 「今までありがとう、シャルア…俺の処分、任せちゃってごめんな…」 ずっと笑顔でいた彼も、最後の一言だけは辛そうに俯いた。 |
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