■ Flavor Of L*** 
05 出せない答え

 


「ザックスが生きていたの?!本当なの?!」
「ああ。…だが、まだ。WROで拘束状態だ」

 数日後、クラウドは久々にセブンスヘブンに戻っていた。自室で途中で放り出したままの仕事を確認し、手早く荷物をまとめて行く。
「ティファ、俺は暫くザックスの所に行く。デリバリーの仕事は休業にするから、後を頼む」
「それは構わないけど…ねぇ、クラウド」
 伺うように真っ直ぐにクラウドを見つめてくる。
「それだけなの?何を隠しているの?これからどうしようとしてるの?ちゃんと話して」
 クラウドが思い悩む姿を信じて見守ってきたこの幼なじみは聡明だ。
「クラウド、言わなければ誰にも何も伝わらないのよ?」
 クラウドはどう答えたらいいか分からず、俯き、黙って頭を横に振った。クラウド自身にも、どうしたらいいのか分からないのだ。
「…言えるようになったら、必ず言う…」
 それだけを残すと、セブンスヘブンを出て行った。

『言えるようになったら、必ず言うよ』

 それはいつか、自分が兵士だった頃にザックスから言われた言葉でもあった。
 機密ばかりのソルジャーの仕事と理解はしても、感情はそれに追いつかない。
 不安と寂しさに堪えきれず、何度も彼を泣いて困らせ事もある。その度にザックスは嫌な顔ひとつせず、強く抱きしめその言葉をかけてくれた。
 でも、その『いつか』はきっと来ない。ソルジャーの適性が無いと判断され、同じ目線には立てないと分かってから、それははっきりとしていた。
 それでも、その約束を救いに必死に胸の内に納めてきたのだ。その痛みは今でも鮮明に思い出される。
 自分は決して、そんな痛みを人に与えないようにしようと同時に決心してきたが、結局は、大切な家族に痛みを与えてしまった。
(ごめん…ティファ)
 心の中で懺悔をしながら、クラウドは残っていた仕事を片付け、その足で再びWROへと向かっていった。




 
「…おはよう、ザックス。気分はどうだ?」
「…おはよ。…クラウドは?」
 シャルアがザックスを目覚めさせる。クラウドの話が余程堪えたのか、ザックスはあれから元気が無い。
「一旦エッジに帰っている。仕事を片付けたら、また此処へ戻ってくる」
「…そっか。仕事…あるもんな…」
 力無くうなだれ、拘束されたまま溶液に抗うことなくただ浮いている。その覇気の無い姿は、見ているだけでも辛く痛々しいものだった。
「…なぁ、シャルア…頼みがあるんだけど」
「何だ?」
「この目隠しさ、一回でいいから取れねぇ? …他はそのままでもいいからさ」
「何が見たいんだ?」
「…クラウドが、見たい」
 それはザックスの小さな願いだった。
「アイツ…大人になってるんだろ? 見たいんだ…一度でいいから」
 切なそうに呟くその声に、シャルアの方が泣きたくなる。
「…分かった。何とかしてやる」 
「ありがとう…」
 ザックスの脳波が揺れ、急速に下がる数値にコンピューターは強制的な眠りの指令を出した。
「…望みは叶えてやる。だから諦めるな、ザックス」
 疲れて眠る男にそっと呟いた。






 一面に岩山がひしめく夕暮れの高野をフェンリルがひた走る。
 そこは、陽は沈み夜がふければ危険なモンスター達が溢れる地帯。だが、このまま飛ばせばその前に安全な地帯へ抜ける。急げば日を跨ぐ前にWROに付くかもしれない。
 ここ数日、ザックスに会えていない。
 昼間シャルアに電話をした所、日に日に元気を無くしていると聞いた。ずっと重い話の連続だったから、今度は少しは関係のない雑談でもしてみようかとクラウドは考える。
 現在と未来の話は重くても、2人には楽しかった過去がある。思い出話なんて柄でもない気もしたが、クラウドにも少し気持ちを和らげる時間は必要だった。
 それが、彼と共有出来るのなら良いかもしれない。


 何の話をしようかとクラウドが思いを巡らせていると、その爆音は突如後方から急速に近付いてきた。
 何事かと振り返れば、限界ギリギリまで加速したヘリが一台。殺気立つのを隠しもしないでクラウド目掛けて追ってくる。その背面には大きく書かれた『神羅』の文字。
「…チッ!」
 忌々しく舌打ちをしてバイクのスピードを上げる。が、それば予想の範疇だったようにヘリの操縦桿を握る赤髪の男、レノはニヤリと笑った。
「逃がすかよ、と」
 独特の語尾を付け、迷わずにヘリのミサイルを発射する。
 クラウドの目前に着弾したそれは爆音を上げ大地を粉砕。一瞬、バランスを崩しバイクのスピードが僅かに落ちるのを確認すると、さらに機関銃を打ちまくりながら、クラウドの上空を併走した。
「やってやれ! ルード!」
 レノのかけ声と共にヘリのドアが開き、レノの相棒のルードがバズーカ砲を構え至近距離のクラウド目掛けて迷わずに砲撃する。
 連続する爆風を交わしながらもクラウドは決して止まろうとはしなかった。砲撃と回避の埒があかない攻防にルードはムッと眉をひそめる。
「相棒、このままでは、弾が切れる」
「…ったく。とんでもねぇじゃじゃ馬になったもんだぞ、と」
 レノは操縦桿を倒すと一気に蹴りをつける為に勝負にでた。ヘリごとバイクに体当たりをしかけたのだ。
 クラウドの目前まで急接近し、ルードが最後の一発を放つ。その砂埃の中、クラウドはバイクのホルダーから一本剣を抜くと、ヘリを引き裂く勢いで剣を投げつけた。
「なっ…!」
 ヘリのエンジン部分に突き刺さり、操縦不能となったヘリは方向感覚を失い激しく回転する。
「ヤバいぞ! ルード!」
 ヘリを諦めレノとルードは同時に飛び降り、大地へと身を転がす。その後方ではヘリが岩山へと激突し黒煙をあげ、その爆発で吹き飛ばされた剣が回転しながら、レノの傍らにに突き刺さった。

 
「…ってぇ、無事か?相棒?」
「…おぅ」
 頭を降りながら立ち上がると、フェンリルのタイヤがすぐ傍で音を立てて止まり。大地に突き刺さった剣をクラウドは抜き取った。
「…何の用だ」
 訝しむ青い眼光が、レノとルードを見下ろす。だが、2人はそれに怯むことなくニヤリと笑うと、立ち上がり、スーツの埃を叩く。
「…それは、身に覚えがあるんじゃないですかね、と」
「……」
 答えないクラウドに真っ直ぐに視線を向けると、いつになく低い声でレノははっきりと言った。

「アイツを返せ」
「……」

 誰の事を指しているかは聞くまでもなかった。WROは裏で神羅と繋がっている。例えそれが協力ではなく、互いを利用するものだとしても、結果的にある程度の情報は開示している事に変わりはない。ましてや、タークスはそのプロだ。
「…ザックスは神羅を抜けた」
「アイツは神羅から離れられない。俺達と同じだ。そういう生き方しか出来ないんだ…ぞ、と」
 レノも神羅の中枢で機密と共に生きてきた。タークスとソルジャー、レノとザックス。個人的な性格からいっても2人はどこか似ている。クラウドの知らない、分かり合える何かがあるのだ。
「…ザックスは、自由を求めたはずだ」
「それはお前がいたからだろ、と」
 レノはスーツの胸ポケットから煙草を出すと、火をつけた。深く吸い込むと、空に向かって紫煙をあがる。
「…もう傍にいる気がないのなら、返せ。それとも、身動きが取れないほどの拘束が、ヤツの望んだ自由かよ」
 レノの目が怒っている。神羅もタークスも関係なく、人として、友人の痛みを訴えている。それはクラウドにも通じた。
 レノから視線を逸らし、手にしていた剣をホルダーへと仕舞う。
「…神羅には、渡さない…」
 それだけを言い残すと、再びフェンリルを発進させた。クラウドの背がみるみる内に小さくなっていく。
「…『どちらでもない』はいつまでも続かないんだぞ、クラウド」
 遠のくフェンリルの音に、レノは小さく呟いた。





 

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