■ Flavor Of L*** 
03 生存者

 


 クラウドが意識を取り戻すと、そこは白い清潔感のあるベッドの上だった。側にはヴィンセントが立ち、静かにクラウドを見下ろしている。
「…気がついたか?」
「ここは…?」
 まだ明確にならない意識に、頭を僅かに動かす。
「WRO本部の医療局だ。お前はあの樹海の地下から救出された」
 ヴィンセントの明朗簡潔な答えに目を見開くと、一気に浮上した意識にベッドから起きあがる。傷ついたはずの体はケアルで治されたのだろう、皮膚には何の跡も残っていない。
「ヴィンセント、あれからどうなった?……ザックスは?」
「樹海の渦は突然消えた。暫く待機をしたが、お前からの連絡が途絶えたので私が迎えに降りた。最下層に倒れていたのを助けたが…ザックスとは?」
 ヴィンセントの言葉に、一瞬、目を見開いて息を飲む。クラウドは戸惑うように俯くと、言葉を絞り出すようにポツリと零した。
「…以前、話した…俺の…親友だ…あの最下層にいた。…見なかったか?」
 ザックスは死んだ。それはもう受け入れた。では、あそこで見たのは幻なのだろうか、見間違えなのか、クラウドの中で不安が交錯する。
「……」
 ヴィンセントは黙ってクラウドの様子を見る。
 クラウドが不安や迷いに捕らわれやすいのは誰もが周知の事実だ。そんな時、優しく諭す者、黙って見守る者、皆、自分に合った様々な対応を取る。ヴィンセントの場合は明確な事実を告げる事が多かった。
「お前の近くに、もう一人倒れている者がいた。黒髪の男だ」
「…!今どこに?」
「シャルアの研究室だ。あの渦の原因として、拘束されている」
 クラウドは跳ねるようにベッドから飛び降りると、そのまま飛び出して行った。




 シャルアはWROきっての研究者だ。
 神羅を憎み、神羅を否定する反面、それに対峙するだけの知識と技術力を身に付けた。
 勝気な性格で、敵に銃を向ける闘争心は頼もしいものだが、本来、戦闘員ではない彼女自身への負荷は大きく、それにより左腕と左目を失った。今はしなやかな女性の体つきに似合わぬほどの武骨な義手を持つ。
 WROは、彼女にその実力を発揮出来るだけの設備を提供している。神羅が崩壊した今、神羅が残した研究の代償を担えるのは彼女だけだったからだ。
 
 今、シャルアの前には新たなポッドが用意され、その中には1人の男がいた。その男を見上げながらコツンとハイヒールを鳴らし、深くため息をつく。
 男はポッドの中で淡い緑の液に浸かり、深い眠りに落ちている。いや、落としていると言った方が正しい。
 男には自分自身を抱きしめるように両腕を背に回した拘束着が着せられ、目には視界を遮る黒い布、頭には数値を図るためのコードが何本も伸び、素足には鉄の枷が嵌められ、そこから伸びる太い鎖は ポッドの底に固定され、液体の中をフワフワと浮く体を繋ぎ止めていた。
「…まるで罪を罰せられる奴隷だな…」
 アルトの声でポツリと零す。その呟きに、隣にいたケット・シーが長い尾をポスンと動かした。

 実際の所、今、この男について何も分かっている事はない。あの樹海の地下研究所で回収したデータも復元中だ。よって、クラウドと共に倒れていた者という以外は何も分からない。救うべき者なのか、裁くべき者なのかさえもだ。
 ポッドの中でコポリと泡が立つ以外は音のない静かな研究室、シャルアの白衣の中の携帯が振動音をあげ、彼女はそれを取った。
「はい…。そうか、気がついたのか。分かった。此処に来るんだな?…ウン」
 電話の相手と軽く言葉を交わし、電話を切る。
「クラウドが気がついたらしい」
 隣のケット・シーに言うやいなや、研究室のドアが開く電子音がし、立ちつくしたクラウドが姿を現す。
「ザックスは?俺といた黒髪の男はどこだ?!」
「…ここだ」
 いつもは沈着冷静なクラウドの、普段とは違う様子をさして気に止めるでもなく、シャルアは目の前のポッドを指差した。クラウドが急ぎ足で中に駆け込むと、その後に付いてきたヴィンセントが黙って部屋へと入ってくる。

 クラウドはザックスのポッドに両手をついて見上げると、その扱いに両目を見開いた。
「…何だ…これ…」
 顔も表情も分からないが、でも見間違えるはずがない。間違いなくその人はザックスだ。だが、この扱いは…
「どういう事だケット・シー!今すぐこの拘束を解け!こいつは危険な奴じゃない…!」
「それは、クラウドさんが決める事やおまへん」
 軽い声ながらも、ケット・シーがクラウドの言葉をはっきりと否定する。
「あの神羅の研究施設を吹き飛ばし、危険な渦を巻き起こした。その張本人の証拠はまだおまへん。けど、生き残りである以上、疑いも晴れまへん。それがはっきりしない内は拘束は我慢してもらいましょか?この本部を吹き飛ばすわけにはいきまへんのや」
 クラウドが言葉を呑む。ケット・シーはリーブが動かす分身だ。普段は陽気にハメを外すような猫だが、言動の責任はリーブなのだ。確かにあの生体反応は危険因子しとして位置付けていた。そしてそれがこのザックスである以上、この扱いは当然の処置と言える。
 苦虫を噛むように歯を食いしばると、クラウドは出来るだけ落ち着いた声でケット・シーに尋ねる。
「…どうすれば、いい?」
「さいでんな。ほな、まずは話が出来るようにしましょか」
 大きく息を吐き、ケット・シーがいつもの調子で明るく答えた。
 予想外の答えに驚くようにクラウドが顔をあげると、ヴィンセントが僅かに微笑んで声をかける。
「此処は敵地じゃない。私達は仲間だろう?クラウド。危険がないと言うのなら、お前がそれを証明して見せればいい」
 それにウンウンと頷くケット・シーにクラウドは僅かに肩の力を抜く。
「ありがとう…」

 そう、ここは敵地ではない。クラウドが望まない結果を有無を言わさず押し通す存在はいないのだ。とはいえ、踏まなければいけないステップはある。それが現実というものなのだから。
「だが、その話をするのが一苦労なんだ」
 ため息まじりにシャルアが愚痴ると、コンピューターの前に座り、パネルを操作し始めた。
「実は、クラウドさんが眠っている間にわてらも何度か試みてますねん。けど…はぁ。どうしたらいいやら、なぁ、シャルアさん」
 ケット・シーもシャルアと同様に、ほとほと困っているというように頭を降り、シャルアに話を繋ぐ。
「意識を戻すと、途端に攻撃を仕掛けてくる。話どころか、その隙間もないくらいだ。だが、攻撃に殺意はない」
「殺意が、ない?…自衛か?」


 地下で遭遇した時の様子を思い出し、呟く。あの時も確かに会話の隙もなかった。
「多分な。今、彼の脳波をこちらに繋いでいる。彼の感情が危険数値を超えると、強制的に意識を落とすようにした。意識をもどさせては落とす、ずっとこの繰り返しだ、話にならない」
「クラウドさん、あんさんが声をかけてくれまへんか?知ってる声なら、彼に届くかもしまへん」
「…、分かった」
 課せられた役目にクラウドが声を震わせて頷く。
 あの時確かに自分は名前を呼んだ、それに声を返してくれた気がした。もし、あれが現実だったのなら、自分の声は必ず届く。
「…意識を戻す…クラウド、声をかけてくれ」
 シャルアが操作をするとパネルに表示された複数の波がゆっくりと変動する。
 クラウドは目の前の、ポッドの中に浮かぶザックスの頭がコクンと右に傾いたのを見た。それを見つめ、何かを思い出したようにそっと目を細める。
 そうだ…時よりソファでうたた寝をする彼は、こうやってうつらうつらと頭を揺らし、甘えるように右に体重を預けてきた。その右はいつも自分の指定席で、眠りそうな彼にそっと起こすのが役目だった。
「…ザックス…」
 ポッドの中でコポリと泡が浮き上がり、黒髪を揺らした。
「ザックス…俺の声、聞こえる?」
 相手がザックスだからだろうか、自然と口調が甘く柔らかになる。
 優しく優しく、眠りから救いあげるように、クラウドが声をかける。
「聞こえてるだろ?…起きてよ…俺…」
 ゆらゆらと、揺れる髪。
「ザックスの声が聞きたいんだ…」
 クラウドの強請る言葉にザックスの口角が僅かにあがる。夢現のまどろみの中にいるようにザックスの声が囁いた。

「…クラウド」

「……」
 優しく包みこむようなザックスの声、その声を聞くとクラウドはポッドに縋るように額をつけ、肩を震わせた。何か言わなければならないのに、喉が焼き付いたように熱くて声が出ない。
「…クラ…?」
 意識がはっきりしてきたのか、先ほどより鮮明に、けれど不安げな声がクラウドを呼ぶ。


「クラウド?!クラウド!」
 意識が覚醒したザックスが、突然張り詰めた声をあげた。
「居るんだろ?!返事をしろクラウド!無事なのか?!畜生!何だこれ!!」
 拘束された体を解くように左右に揺らせば、足に課せられた鎖が大きく音を立てる。思いもしなかった反応にクラウドが目を見開き硬直する。
 返事が無いことに焦れたザックスは拘束された足を利用して身をかがめ、全身から闘気を発し出す。無差別に周囲に攻撃をかける気だ。
 パネルの波が急激に変化した事にシャルアが叫ぶ。
「止めさせろ!クラウド!」
「ザックス!止めろ!俺は無事だ!ここに居るから!」
「……クラウド?」
 シャルアに促され、慌てたように叫ぶクラウドの声を聞き、ザックスの闘気が止んだ。
「無事…なのか?本当に?」
「ああ、大丈夫だ。何も問題ない…」
 ザックスが何を思って叫んだのかは不明だが、自分を心配している事は間違いと踏んだクラウドは、まずは落ち着かせようとそう答えた。
 が、体の力を抜き立ち上がるザックスは、クラウドのその答えにさらに訝しむように首を傾げる。
「…どういう事だ?」
「え…?」
 そこにいる誰もが言葉を失った。互いが互いの状況を掴めないように話が噛み合わない。



「私が話をしよう」
 パネルの波が安定したのを見届けると、シャルアが席を立ちポッドの前に歩を進める。
 ザックスはその声に思い出したように僅かにイラ立ったように顔をしかめた。
「…アンタ…さっきもいたよな」
「あぁ、何度も声をかけたが、拒否をされた。聞こえていないのかと思っていたが、聞こえていたんだな」
 クラウドが来るまで繰り返された攻防を思い出しため息をつくと、シャルアは改めてポッドの中の男を見上げた。
「そう警戒をしないでくれ。私は敵じゃない」
「なら、これは何だ」
 警戒を解かないままザックスは拘束された体を揺すってみせた。最もな主張だが、今はその詳細を言うべきではない。そう判断したシャルアは今も変わらずポッドに張り付いたままのクラウドに目で合図を送る。
 察したクラウドが頷くと、再びザックスを見上げ、宥めるように声をかけた。
「…ごめん、ザックス…今すぐには納得が出来ないと思うけど、もう少しだけ我慢してくれないか?…本当に敵じゃないんだ。ここには俺の仲間がいる。」
「…仲間?」
 クラウドの仲間と言う言葉に、さらに訝しんで伺うように声を低くする。
「仲間って誰だ?ニブルヘイムに助かった人がいたのか?」
 その言葉にハッと顔をあげたクラウドの脳裏に、ある仮定が生まれる。もしかしてザックスは…

「話を割ってすまない。私は初見なので名乗らせてくれ。私はシャルア・ルーイ。科学者だ。お前は?」
 再び声の詰まったクラウドから気を反らさせるようにシャルアが声をかければ、『科学者』という響きに歯を食いしばりながらもザックスは素直に名乗った。
「…ザックス・フェア…元ソルジャーだ…」
「歳は?」
「…18」



 時間の止まったザックスが、そこにいた。





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