■ Flavor Of L*** 
02 記憶の中の声





 どこまでも広大に広がる青い空の中を、数十隻もの飛空艇がある地点を目的に疾走する。
「艦長!目標物補足!距離300!!」
 その船団を率いる艦長のシドは、愛艇シエラ号の操縦桿を握りながら眉をしかめた。
「…あれか。でけぇな…」
 深く生い茂った樹海の中からは、幼い子供ですら本能的に危険と感じるであろうほどに魔物の邪気が溢れている。そしてその中心には、樹海の邪気を弾き飛ばすかの勢いで風の渦が巨大なドームを作っていた。
 樹海から溢れ出した数多の飛行系モンスター達が、その渦の周りを取り囲み怒号をあげている。だか、飛行系モンスター達の攻撃は渦に呑まれ、激しい風圧に巻き込まれたものはその身を瞬時に引き裂かれ姿を消していた。
「ミサイル発射準備!風穴ブチ空けるぞ!行けるな!クラウド!!」
 スピーカーを通して艦艇中にシドの撃が飛ぶ。甲板の上、強風をものともせずに船首に立つクラウドは、一点を見つめたままコクリと頷く。
「全艦一斉砲撃!行け!クラウド!!」
 渦に向かって全艦から数多のミサイルが撃ち込まれ爆風が入り乱れる。その中を怯みもせずにシエラ号が轟音をあげて渦を目掛けて突っ込んでゆく。渦の上空に差し掛かると、迷いもせずにクラウドは爆風で入り乱れる渦に向かって飛び降りた。
 襲い来る爆風と怒号に荒れ狂うモンスターの雄叫び。艦隊からはクラウドを援護するべく、モンスター達に向かって次々とミサイルが放たれてゆく。
 クラウドは正面から急接近するグリフォンを視界に納めると、腰の剣を取り、すれ違い様に一振りで真っ二つに切り裂く。
「悪いな、先を急いでる」
 乱れる気流の流れを読み、どこを抜ければいいかを瞬時に判断をしながら急速に下降をし渦の中を突き進んで行く。飛空艇からの攻撃音とモンスターの怒声は次第に後方へと遠ざかっていった。



 強風の風の中を抜けると、暗闇の空間がクラウドを包み込む。
「…?底、か?」
 落下して行く先に風の流れがない事を感じると、くるりと身を回転させ地面に片膝をついて着地する。どれくらい下降したのか、辺りは暗く静かでひんやりとしていた。
 明かりはなかったが、ソルジャーの目は闇の中でもそこにある物が見える。
 クラウドが周囲を見渡すと、そこには人工の壁と床があった。爆発のせいだろう、そのほどんどは破壊しつくされていたが、分厚いガラスの破片や、ねじ曲がったパイプらしきものの一部。溶けたコードや、捻じ曲がった鉄の板が、あのニブルヘイムの地下室を思い出させ、クラウドは顔をしかめた。

 忘れられるわけがない。そこは狂気の舞台、全ての尊厳を蝕む場所でしかないのだから。

 クラウドは崩れた床の縁からさらに下に続く空間を確認すると、その中に降りていった。
 生体反応はひとつ。微かにキャッチできたそれは地上からは遠く、最下部だと思われる。
 もしも、この生命が悪しきものならば消滅させなければならない。
 それが何であろうと。

「…まるで、ミッションだな」
 フト呟き、小さく苦笑いをした。
「カンセルさんが言ってたよ。アンタ、こんな風に探索ミッションをひとりでした事もあったんだろ?」
 今はいない人に語りかける。
 メテオの一件以降、生き残った人々が歯を食いしばり生きていく時代の中で、クラウドは何人かの人々と再会した。その中に、ザックスの親友だったカンセルがいた。
 兵士時代にザックスに紹介され、その後は何度か相談に乗ってもらった事がある人だった。
 ほどんどは自由奔放なザックスの愚痴だった気がするが、口下手でポツリポツリとしか言えないクラウドの言葉を、カンセルは辛抱強く拾いとってくれていた。
 カンセルもソルジャーだったから一般兵士であるクラウドには言えない機密が沢山あり、当時はクラウドの寂しさを拭えるようなことはないままだったが、メテオ後の彼はその機密から解放され、ザックスに関しての事もいくつか教えてくれた。


 1stだったザックスがソルジャー仲間にさえも言えない仕事を数多くしていたこと。
 その度に1人黙って背負うものが多くなっていったこと。
 だからこそ、ザックスは人一倍周囲を大切にしていたこと。
「分かっていながら何もしてやれなかった」と、悔やむカンセルに、クラウドはかける言葉がみつからなかった。

 クラスは違えど、同じソルジャーの立場でそうなら、一般兵であった自分はどれほど遠いものだったのか。
 本当はザックスのことなど何も知らなかったのかもしれない。それなのに、想いを抱くなんて、おこがましい事だったのかもしれない…。
「……」
 クラウドはもたげ始めた考えを振り払うようににふるりと頭を振る。
 考えてはいけない。考えても先には痛みしかない。もう考えてもどうにもならない事なのだから。


 最下層まであと少しかと思われた場所で、クラウドはその僅かな気配に気づき足を止める。最下層のその奥に、何かいる。
 剣を握り直し、一度目を閉じるとゆっくりと開いた。戦いに迷いをもたない眼孔。ソルジャーのものだ。

 最下層まで音もなく飛び降りると、気配を消しその目的に向かって歩きだした。
 そこは、何かのホールだった所だろうか、瓦礫だけが残る広い空間があった。その中、足元の床には何かの液体が浅い湖を作り、点々と光る珠が何個も転がっていた。
(マテリア、か…?)
 クラウドが足元にあったそれを拾うとした時、ピチャリ…ピチャリ…と小さな音が聞こえてきた。
 ピチャリ…。
 ゆっくりと小さく、それはまるで瀕死の小動物が最後の水を飲むようなか弱い音。
 目的のものが、何かしてるのだろか?気配を辿ると、それは瓦礫の中に身を潜めうずくまっているようだった。
 黒い毛髪から覗くのは、人のような手。
(人間…なのか?)
 怪しんだクラウドが一歩前に進むと、小さく水面が揺れた。その途端、
「……ヒッ…!!」
 ビクリと体を震わせ、その何かが声にもならない悲鳴をあげて顔を上げた。その顔を見たクラウドの目が大きく見開く。
「…ッ?!」
 が、途端に轟音をあげて外部から吹き込んでくる膨大な風と渦。まるで、樹海にあった渦が守りの場所を変えたかのように、この空間へと流れ込んできたのだ。
「…くっ!」
 剣を地面に突き刺し渦に耐えながらクラウドが目を見開く。渦は刃となってクラウドの皮膚を炸き、目の前の者を包む。そう、この渦はその者の身を守るもの。全てのものから身を守る砦。何人たりとも近寄る事を拒む壁なのだ。
 だが、クラウドもここで下がる訳にはいかない。今はもう強風で見えない先にあるものを、ほんの一瞬だか確かに見たのだ。
「…まっ…て!」
 風が足を切り、腕を切る。気圧が体を圧迫し、息も出来ず、自分が立っているのか押しつぶされているのかも分からない。
「……ァ…ッ…!」
 轟音で自分の声さえ分からないが、それでも引けない、引くわけにいかない。
「…クス!……ザックス!!」

 どれだけの声を出せたかは分からない。
 体が喉が心が悲鳴をあげた。
 何の想いかも分からぬまま、ただ、全身でその名を呼んだ。



「………クラウド?」



 薄れていく意識の中で、記憶の中の声が小さく響いた気がした。





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