■ Flavor Of L*** 
01 神羅の影

 

『残念。 お前の居場所、ここには無いってよ』

『もう、大丈夫、だね』


 最後に見たのは、柔らかな光に包まれながら消えていく2人の後ろ姿。
 うん、大丈夫…俺は1人じゃない。
 2人が幸せそうだから、何だか安心した。

 でも、

 もう、これで、 本当にサヨナラなんだろう…?


 去ってゆく優しい笑顔に、とうとう…本格的に置いていかれるんだなと思った。
 でも、別れを受け入れるのに傷付きすぎた心は、すっかり疲れ果てて…もう、あんな風に誰も好きにはなれそうにない。
 自分を痛める事も、アンタを引き止める事も出来ないから、心に蓋をして閉じ込めてしまおう。


 もう何にも、乱されない。


 痛みにも、アンタにも。












                『 Flavor Of L*** 』











 
 再興されつつあるエッジの街を、セフィロスの思念体が襲った事件も無事に終息を迎えた。
 クラウドは再びセブンスヘブンに戻り、運び屋の仕事を再開させている。子供達は学校に通い、平和という日常が訪れていた。

 今日もクラウドは、目覚めるといつものように今日一日の配達の伝票を確認する。今日はエッジ近隣の配達が中心で、数はあるがどちらかといえば楽な方だ。
 コンコンと部屋のドアがノックされると、元気な笑顔の少年が覗きこんでくる。
「おはよう、クラウド。今日は早く帰ってくる?」
「おはよう、デンゼル。今日はそんなに遅くならないと思う」
「やった!じゃあ剣の稽古してよ!」
 栗色の髪の少年のデンゼルはクラウドが大好きだ。
 クラウドに助けられ、クラウドに憧れて、クラウドのようになりたいと、最近は特に剣の稽古に励むようになった。どうやら、先の事件の時にモンスターに挑んだのがきっかけらしい。
 自分のように戦う戦士は、これからの時代には必要ないと思いつつも、護身や自信には良いだろうと、クラウドも時より付き合うようにしていた。
 瞳をキラキラとさせ、夢にまっすぐに向かう子供の姿は誰が見ても悪い気はしない。

 デンゼルを先に階段を降り、階下のセブンスヘブンへと降りて行く。下では、朝食の準備をするティファと、マリンの楽しそうな話し声が聞こえてきた。
「それでね、ティファは真っ白なドレスを着てたの。凄く綺麗だったの」
「マリンの夢の中なら私もドレスが似合うかもね」
 どうやら、昨夜マリンが見た夢の話をしているらしい。
「夢じゃなくても絶対に似合うよ!ねぇ、ティファとクラウドは、いつ結婚するの?」
 子供の純粋な疑問にクラウドの足が止まった。その様子に、クラウドの前にいたデンゼルが心配そうに振り返る。ティファも言葉を無くしたのだろう、会話が途切れていた。
 何かを察したデンゼルが急いで階下を降りると、空気を変えるように勤めて明るい声をあげた。
「おはよう!ティファ!マリン!俺、お腹空いちゃった!朝ご飯何?」
「おはようデンゼル、今朝はリゾットよ」
「やった!好物!マリン、早く食べないと取っちゃうよ」
「デンゼルの方が後から起きてきたくせにズルーい!」
 デンゼルに助けられ、ティファはホッとしたように食器を並べていく。視線をずらせば、階段で動けなくなっているクラウドに気づき、今の会話を聞かれたことに苦笑いをこぼした。
「おはよう、クラウド。席について」
「おはよー、クラウド」
「…おはようマリン、ティファ」
 子供達が中心になれば、会話も空気も穏やかに流れる。学校や友達の話を楽しそうにする家族を、クラウドは大切にしていた。
 このまま穏やかに、健やかにいてくれればとも、それを守ってやりたいとも思う。けれど、してやれない事も同時にあった。それは、クラウド自身もよく分かっている。




 子供達を学校に送り出すと、クラウドも仕事に出る為にフェンリルに跨った。
 見送る為に傍らに立つティファが何かを言おうとした時、クラウドの携帯がなる。画面を見れば、相手はリーブだ。
 共に星を守る戦いをした仲間のリーブは、今、WRO(世界再生機構)で局長をしている。
「…何だ?」
『おはようございます、クラウドさん。早速で申し訳ないのですが、こちらへ来て頂く事は出来ますか?』
「仕事か?」
『そう思って頂いて構いません』
 口調は丁寧だが、拒否権はあまりない。
 WROはモンスターと対峙するために、軍隊はもとより科学設備まで有している。志は違えど、神羅を追う勢いの組織だ。だが、その組織をもっても解決が困難な時には、こうしてクラウドに声をかけてきていた。場合によっては、ヴィンセントやユフィに声をかける事もあると聞いている。
 今日中に行く、と短く答えると携帯を切った。
「ティファ、WROに行ってくる。デンゼルの稽古に付き合う約束をしていたんだ。伝えておいてくれるか?」
「分かった、任せて。…それとね、クラウド。 マリンが言ったこと、気にしないでね…」
 先程言いかけた事を言う決心が出来たのか、申し訳なさそうにティファが言う。
「デンゼルは何となく分かっていると思う…でも、マリンはまだ小さいのよ」
 クラウドとティファの関係は複雑だ。仲間としても、家族としても、絆は深い。今でも互いにとって特別な存在でもある。
 だが、そこから未来へは繋がらない。
 クラウドが繋げたいと思えないのだ、相手がティファだからではく、誰であっても。
「…悪いのは俺だからな。 必要なら、近くに越すことも考えるよ」
 血の繋がりもない男女が同じ屋根の下で暮らしていれば、自ずと周囲の認識は変わる。
 それはティファには決して良い環境ではない。何処かでケジメを付けるべきなのだろうと頭の隅に留めながら、クラウドはフェンリルを発進させた。




 リーブから聞いた仕事の概要は、クラウドをうんざりさせるものだった。

 手付かずの太古の樹海の中で、謎の大爆発が起こったのは10日前。その爆発は衝撃だけに留まらず、周囲のモンスターや森を巻き込み、大きな渦を巻いて今も尚、尊大な力を保持しているという。
 しかも、その渦は少しずつ巨大化しているというのだ。
 自然に発生しているものでない、何らかの合成されたマテリアによるものだ。
 このままでは樹海を破壊しかねない。樹海が破壊されればモンスター達が居場所を失い、人里を襲う危険性が大いに高まる。そして万が一、その渦が樹海以上に巨大化したとしたら…。
 それは過程というにはあまりにも根拠はなかったが、過去の戦いで人知を超える様々な現象を目の当たりにしてきた者達には、机上の空論で済む事とは思えなかった。
 真剣な表情で話を聞くクラウドに、リーブはクラウドに協力を依頼した核心を告げる。
「…そしてこれは昨日得たばかりの情報なんですが…。あの密林の地下には、神羅の実験室がありました。何が行われていたかは不明ですが、あの渦がマテリアによるものであることからも、その実験室 で行われていた何かが原因である事は間違いありません。…それともう一点」
 リーブは淡々と話を聞いていたクラウドの表情を心配気に伺うと、意を決した様に静かに、だが明確に告げる。
「渦の中にひとつ、生体反応がありました。あの状態の中、これほどの期間を生きられる生命は、私にはひとつしか考えられません」

 ソルジャー、もしくはそれに帰した者。

 いつまでも切れぬ神羅の影に、クラウドは繭を顰めるしかなかった。






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