■ candid shot 03 いらないプレゼント |
「兄ちゃん、悪いがこれは買い取れねぇよ」 ミッドガルの一角にある質屋のカウンターから、武骨な髭のオヤジは申し訳なさそうにその箱を差し出した。 「どうしても駄目ですか?金額はいくらでもいいんです。1ギルだって…」 返された箱に視線を落とし、細い眉を困ったように歪めたクラウドは再び顔をあげて店主に頼み込む。 が、店主はその言葉の途中で首を横に振った。 「そういう問題じゃねぇよ。兄ちゃん…、これプレゼントだろ?」 「……」 沈黙は肯定を意味する。クラウドはうな垂れると、力なく首を横に振った。 「もう、いいんです…あげなくて…」 「何があったか知らねぇが、渡す前に売るのは関心しねぇな。用意されたコイツが可哀相だ」 言いながら店主はトントンと箱をノックする。クラウドはそれに答えることができず、唇を噛んだ。 「もう一度よく考えな。もしそれでもどうしてもというのなら、引き取ってやるよ」 店主の精一杯の親切に、クラウドは黙ったまま頷き、箱を上着のポケットに仕舞うことしか出来なかった。 時刻は深夜になっていた。 ミッドガルの冬は故郷のニブルヘイムほどではないが、それでも寒さは肌を刺す。 人々は寒さから逃げるように帰路につき、深夜の街外れは人影をなくしていた。 そんな暗い中をクラウドは1人きり、特にいく宛てもなくトボトボと歩く。 今日はザックスの誕生日だった。 ザックスは任務明けの休暇だったが、クラウドは昼すぎまで任務があった為、夕方からお祝いをする約束をしていた。 プレゼントを用意して、どこに行こうか、何を食べようか、どんなことをしたらザックスを喜ばせられるか、クラウドなりに必死に考えて携帯でいろいろ調べてもいたのだ。 そうした中で見つけてしまったリアルタイムでのザックスのゴシップ情報。 その写真に、クラウドの表情は凍り付いてしまった。 「…別に…気にしてなんかない…」 小さな声で呟いてみても、俯いた顔は上がらず、視線は足元に落ちたままだった。 浮気だと、思っているわけではなかった。 過去はどうあれザックスは誠実にクラウドに向き合ってくれているのを、クラウドはちゃんと知っている。 ザックスに何かある度に周囲からやんややんや言われるのも、ザックスがそれだけ顔が広いせいだ。 そんな環境の中で現恋人のクラウドが炙り出されていないのは、それだけザックスが配慮をしていてくれているおかげだ。 ザックスはクラウドを本当に大切にしてくれている。 クラウドもそれを疑う理由はない。分かっている。分かってはいるのだ。なのに… 「なんかも…最悪…」 いろいろな感情が入り混じって、クラウドの心をザワつかせる。 ザックスに会いたい。会いたくない。 これはヤキモチだ。違うワガママだ。 自分だけのものでいて。今のままでいて。 プレゼントを渡したい。渡したくない。 「…プレゼント…」 引きずるように小さな歩幅で歩いていた足を止め、クラウドは夜空を仰いた。 今日は曇が厚く、天の星は見えない。どこまでもどこまでも暗い空だった。 「……無かったことにしたいな…」 ポケットの中の箱を小さく握って取り出すと、周囲を見回した。 人通りは少ないがここはミッドガル。無かったことに出来るような海は無く、川も近くにはない。 どこかのゴミ箱にや、適当な場所に置いて誰かに持っていかれるのは嫌だった。 「そうだ、列車墓場…」 クラウドの頭の中に『列車墓場』と及ばれる、廃棄列車置き場が浮かんだ。 滅多なことでは人が通らない廃棄置き場は、やがて溶かされる鉄しかない。そこに捨てればいずれは他の廃棄物と一緒に溶けてなくなるだろう。 「あそこにしよう」 そこに捨てることを決めて踵を返し、クラウドが走り出そうとしたその時、 「はーい、そこまでーー」 「?!」 建物の影から突然大きな手が現れたかと思った途端、聞き覚えのある声と共にクラウドの体がしっかりとホールドされる。 「ザックス?!」 「列車墓場にどうしようだって?まさかそのプレゼント、捨てるとか言わねぇだろうな?泣くぞ俺は!」 言葉とは裏腹に真剣な表情で見つめてくるザックスに、クラウドの目が見開く。 「ど、どうしてここに…?」 「顔が広い、ってのは強みなんだぜ?クラウド」 右腕でクラウドを抱きしめたまま、左手で携帯を出すとオフリップを開きくラウドに向ける。クラウドの視線が動いたそこには、誰かからのメールの文章が表示されていた。 『今、お前の金髪のハニーが店に来た。ありゃあ、お前へのプレゼントだろうな。泣かすんじゃねぇゾ、クソ餓鬼』 「だ、誰?」 「質屋のオッサン。今日、質屋に行っただろ?あの店のオッサン、俺の知り合いなんだ」 「そうなの?!」 改めて驚くクラウドに、ザックスが携帯のフリップを閉じながら平然と言ってのける。 「このミッドガルじゃ、俺の知らない場所の方が少ねーぞ?」 「…ホント…に…?」 顔が広いことは知っていたが、まさかそこまでとは。ザックスの驚愕の行動力にクラウドはガックリと肩の力を落とした。 「さて…。クラウド、ちょっとこっち来て」 クラウドに抵抗や逃げ出す気がなくなったと踏んだザックスは、クラウドの手を引くと通りの外れへと進む。 一角にあるビルの非常階段の前まで来ると、その3段目にクラウドを持ち上げて立たせた。 「……っ」 ザックスはクラウドの視線の下。 慣れない位置にクラウドは戸惑い俯くも、ザックスが視線の下にいるせいでなかなか外す事が出来ず、視線を左右に揺らせた。 「クラウド。ちゃんと俺を見て」 ザックスに真面目な声で明確に告げられ、クラウドが恐る恐れ視線とあげる。…と、 「ごめん!クラウド!!」 突然ザックスの頭が地面まで下がり、背の高い身体が丸くなる。 「?!」 「不快にさせて悪かった!知らなかったなんて言い訳はしない。全ては俺の今までの行いの結果だ」 「ザ、ザックス…?!」 地面に向かって反省の弁を述べる突然の土下座に、度肝を抜かれ狼狽たえたのはクラウドの方だった。 「だけど、断じて誓う!俺は浮気はしていないし、しようとも思わない」 「ザックス、ちょ、…ちょっと待って…」 「これからもずっとお前だけだから、クラウド…!」 「ち、違う…ザックス…」 「違くねぇって、俺の命かけていい!」 「違うってば!悪いのは俺の方なんだ!!」 「?」 クラウドの必死に叫びにザックスが頭を上げる。 すると、目の前には階段にしゃがみ込んで、深く俯くクラウドがいた。 「…クラウド…?」 「悪いのは…俺なんだ…」 「クラ?」 「…ごめん、ザックス…、ごめん…」 ザックスがそっと手を伸ばし、金の髪に触れる。 細くて柔らかい金の髪は冷たく冷え、その中に隠れた耳は赤く染まり初めていた。 「どうしたんだ?…泣くなよ、クラウド…」 ザックスの優しい気遣う声に、クラウドの喉が鳴る。が、それを耐えるように息を呑むと、クラウドはしゃがみこんだままポツリポツリと打ち明けだした。 |
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