■ candid shot 
02 おいしい鴨

 


「ただいま…」
 パスタソースまみれになったままザックスが玄関のドアを開けると、そこには携帯電話を片手になんとも複雑な顔をしたクラウドが立っていた。
「…エヘ。ただいま、クラウド」
「……」
 気まずさから一応笑ってはみたものの、クラウドの反応は薄くザックスは頬を掻く。
「えっとな、クラウド。これは…」
「知ってる…ネットに載ってた」
「…あ、そう…」
 携帯があれな誰でも写真が撮れすぐに情報を流せる時代。
 ソルジャー1stであるザックスはミッドガルでは知らぬ者はいない有名人だ。そのくせ気軽に街を歩き、誰とでも親しく接し、一緒の写真もいつでもフリー。
 幼い頃から神羅に保護されている英雄とは違い、1stになる前からそんなスタンスだったザックスに関しては会社ももはや管理を放棄するほどその写真はいくらでもネット上に流れていた。
 非番のザックスの行動など、ネットを探せば目撃情報で簡単に分かるほどに。
「なんて、流れてた?」
「……」
 クラウドの眉がクシャリと寄り、唇を硬くつむぐとそのまま踵を返し、パタパタと自分の部屋へと走っていってしまう。
「あ、おい!クラ…」
 その後姿にザックスはガックリをうな垂れた。
「…あちゃー…サイテー」
 よからぬ誤解を与えたのは至極明白。勘違いしやすいクラウドはいつも決まって悪い方向に考える。
 一刻でも早くそれを解いてやるためにはまずは事態を把握しようとザックスはポケットの中の携帯を取り出そうとしたが、ベッタリと張り付いたパスタソースにその行動が戸惑われて止まった。
「やれやれ…まずは、シャワーか」
 鬱陶しいほどのソースの匂いに纏わり疲れた自分をなんとかするため、まっすぐに浴室へと向かった。




 コックを捻り、熱いシャワーを浴びながらザックスは長い溜め息を零した。
「くそっ、ツイて無ぇな…」
 今日はザックスの誕生日だった。
 午後まで勤務のクラウドを待ち、夜には2人で外食をしに行こうと楽しみにしていた日。
 大人しく家で留守番をしていれば良かったものを、クラウドが帰ってくるまでと外に遊びに行ったのが後の祭り。
 知り合いの店員の女の子にせがまれて一緒にランチをしたら何故か付き合い始めのような事を言われ、訂正したら罵倒されパスタをかけられるという大惨事。
 クラウドの言う通りならば、おそらくその現場は誰かに写真に撮られ、ネットに乗せられている。間違いなくゴシップ記事。おもしろ可笑しく書かれているのは間違いないだろう。
 本心を言えばどんな写真で、なんとコメントが着いているのかなど見たくもない。
「これでも、気ィつけてたんだけどな」
 浮名を流すとまではいかないが、比較的気軽に女の子とのデートを楽しんできたのがザックスだ。
 過去を穿りだされれば、面目ない事は山ほどある。
 それでもクラウドと付き合うようになってからはやましい事は何ひとつしていない。女の子達に勘違いさせるような思わせぶりな態度も取っていない。
 クラス1stになって人の注目を集めるようになってからは尚のこと、そういったゴシップネタには無縁でいるように勤めてきた。
 それは1stという立場以上に、不安性の可愛い恋人を落ち込ませたくないためがゆえ。
 けれど、そう簡単には思い通りにはいかない。
「はぁ……」
 引きずる重苦しい空気を抱えたまま、ザックスはシャワーを止めると部屋着に着替え、携帯を操作しながらリビングへと向かった。

『激写!ザックスに新恋人!』
『いいムードから一転、突然の修羅場!』
『まさかの展開!1stフラれる!?』
『爆笑新メニュー!ザックス・カルボナーラ』
『私は聞いた!二股発言!』
『二股?!いやいや、五股、十股もありうる!』
『ザックスの過去の彼女リスト一覧を作ってみた』

「……ありえねぇ…」
 1人キッチンに立ち、携帯の画面を見ながらザックスはそのひとつひとつに泣きそうになり頭を抱えた。
 新規更新されている写真はミリナと食事をしているものから、連写でパスタを被るザックスのもの、ソースまみれでトボトボと帰宅する後ろの姿のものまで様々。
 角度的にも、あのレストランで別の席から撮ったものや、レストランの外からのものまで様々だ。
「いったい何人が撮ってんだよ…」
 1stになれば否応なしにも注目される。モテる。とは聞いていたが、同じ1stでもセフィロスやジェネシス、アンジールに向いていたものとは明らかに違うものがそこにはあった。
『カッコイイ』『憧れる』『頼りになる』そんなものとは全く次元が違う『おもしろい』が入る1stはおそらく未来永劫ザックスだけだろう。
「まぁ、そういうポジションよね、俺…」
 半ば諦めて携帯を閉じ、コーヒーを淹れはじめた。
 自分のことは何と言われてもいい、それをかわす術も、笑い飛ばす術も身に着けている。だが、クラウドは違う。
 人前に出るのが苦手で表現下手なクラウドには、この情報量は負担になってしまうだろう。
 それがザックスの一番の危惧だった。
「どう言ったもんかな…」
 クラウドに何と言おうか悩みながら棚からカップを2つ取ると、携帯がなった。
「もしもし?」
『よお、ザックス。お前ミリナにフラれたんだって?』
「カンセルか…何?ネット情報?」
 情報通といわれる親友のからかいかと、溜め息を吐きながら確認する。
『いや。本人情報』
「はぁ?!」
 意外な返事にザックスは素っ頓狂な声をあげると、電話の向こうからカンセルの笑い声が響いた。
『運が無かったな、ザックス』
「なに?どういうこと?!」
『あのミリナって女、有名な”自称アイドル”だぜ?お前、知らなかったろ』
「……なにそれ…全然知らね…」
 呆気に囚われているザックスにカンセルが伝えた主な情報は3つだった。
1.ミリナのように”自称アイドル”として名を売っている女達がいること。
2.中でもミリアナは有名所であること。
3.そして、そういう”自称アイドル”達にとって、ハードルの低いザックスは非常においしい鴨であること。

「…マジかよ…。俺、素人さん相手にいいようにされてたってか…?」
 頭を抱えるザックスにカンセルは電話口でケラケラと笑う。
『「女の敵の1stに一撃をくらわせてやったわ!」って、自慢してたぜ?本人は株をあげたつもりなんだろうよ』
「女って怖ぇなー…」
 仮にあのまま恋人同士になったとしてもミリナには『彼氏は1st』という自慢が出来る。どうころんでも彼女には損の出ないようになっているのだ。
「ちょっとしたハニートラップにかかった気分だ。明日、オッサンに嫌味言われそ」
 ザックスは仮にも1st。いいように情報操作されたのでは示しがつかない。
『英雄はおっかなねーからな』
「ああ。『知らなかった』は言い訳にならねーだろうしなァ……、あ?」
 ザックスがセフィロスのへの言い訳を考えていると、その背後で廊下をバタバタと走り、ドアを閉めて出ていく音がした。
『どうした?』
「…オッサンの嫌味より怖い事が起こった…」
 クラウドが出ていった家にひとりきり。ポツンと残され呆然としたザックスの片手には、空のコーヒーカップが2つ握られていた。




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