■ candid shot 
01 波乱のカルボナーラ

 

「ねぇ、ザックス。あたしザックスのカノジョになってあげてもイーヨ」
「は?」
 その唐突な言葉をザックスは瞬時に理解することが出来ず、口に運びかけたパスタのフォークをそのままに、あんぐりと口を開けた。

 場所はミッドガルの繁華街にある若者向けのお洒落なイタリアンレストラン。
 時間はランチ時。
 メンバーはザックスと女の子の2人きり。

 以上の条件だけを見れば初々しいカップルのデートと言ってもさしつかえはなく、そんな言葉があってもいいかもしれない。
 が、そこには絶対的に必要な条件が欠けていた。

「…えと、ごめん…なんの話?」
 ザックスと一緒にいるのは仲間に誘われて最近行くようになったアクセサリー屋の店員の女の子だった。
 白いレースのワンピースに長い栗色の髪の毛先をくるんと巻いて、黒く丸い瞳を輝かせるルックスは実に可愛らしい。
 誰にでも人懐っこいザックスと話上手な店員の組み合わせとなれば話が弾むのは当然で、この女の子の場合もそれで何回か会話をした。
 その中でしきりに何処かへ連れて行ってくれとせがむので、ザックスはとりあえずランチを一緒にと誘った。それだけの関係だった。
 少なくともザックスはそう思っていたのだが…

「あたし考えたの。ザックスならいいかなって。だって、どのソルジャーよりかわいいしカッコイイもん。だから、あたしのこと一番に大切にしてね!」
「……」
 ザックスの質問を華麗にスルーし、潤んだ瞳で小悪魔のように微笑む彼女は明らかに温度が違う。
 脳天気なザックスにも分かった。明らかにこれは『ザックスが彼女に告白した』のが前提の会話だ。
(…俺、何か思わせぶりな事したっけ…)
 ザックスはパスタを絡めたフォークを置き、肘をついたまま口に手を当てて考える。
(…無いよな)
 所詮は客と店員の立ち話、交わした会話の内容は全て思い出せるほど少なく、中身も浅い。
 いったい彼女が何をもってそう解釈したのかザックスには全く検討がつかなかった。
 が、心当たりが無いからと言って安心できるものではなく、ザックスがチラリと視線を送ればそこには益々期待に目を輝かせて見つめてくる女の子の姿がある。
(…さて、どうすっかな…)
 男として女の子に恥をかかせるべきじゃないと思いつつも、かと言って誤りに話を合わせるわけにもいかない。ザックスは否応なしの決断に迫られていた。

「あの、ね…ミリナちゃん?」
「ウンウン」
「ごめん。俺、今、付き合ってる金髪美人がいるから君とは付き合えないんだ」
 そう言いながら両手を合わせ、頭を下げた。
 謝らなければならない心当たりは無いが、ここは全てを甘受して明確に引くのが打倒。そう判断した。
 もしここで泣かれたら誠心誠意誤解を解こう、そう腹に決めてのことだったが、ザックスの予想を裏切るように彼女の目は瞬く間につり上がり…
「あなたって最低!!」
 ヒステリックな声と同時に彼女の手がパスタ皿にかかったのをスローモーションのように視線の端に留めた後、ザックスの左側頭部に衝撃が走った。




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