■ 三日月の島 
03 

 

「……ワケを…話してくれよ」
「ワケ?」
「ずっと動かなかったワケだよ。自分からそうしてたんだろ?いったい何してたんだ?」
 浜の上で仰向けに寝そべるセフィロスの上に覆いかぶさるように転がったまま、セフィロスを見上げた。
 砂で覆う作戦は失敗したけど、代わりに俺自身で覆うことになったって事かな。
 まぁ、俺もそのほうが本当はいい…だなんて、今はまだ言いたくもないけれど。
「そうだな…」
 俺の質問になんて答えたらいいのか困るようにセフィロスは少し間をおいた。
「…何も、していなかった」
「うん、だからそれをなんで…」
「何もしないという事を、していた」
「…は?」
「何もしないという事が実現できるのか、試していた」
「?なに…、言ってんの…?」
 セフィロスのワケの分からない答えに、俺は頭を上げて首を捻る。セフィロスは、そんな俺を見て可笑しそうに薄く笑った。
「『何もせずにいる』。それは俺には無縁なものだと、ずっと思っていた」
「……」
「無縁では、無かったな」
 そう言ってセフィロスは少しだけ満足そうに目を閉じる。それを見て、俺はやっとセフィロスの言いたい事が分かった気がした。
「…ああ、そうか…アンタ…」
 何もしないでいる時間。
 セフィロスにとってそれは、今までずっと実現不可能な事だったんだ。



 俺の生まれ育ったゴンガガは田舎の小さな村で、便利なものは何ひとつ無かったけれど、代わりに自由だけはいくらでもあった。
 そんな自由の中では何をするのもしないのも全部自分で決められて、いろんな事をする反面、何もしない事も飽きる程過ごしてきた。それが俺のあたり前だった。
 けれど、生まれてからずっと神羅の監視下にあったセフィロスにはそんな自由なんてもんは全く無くて、いつもいつも何かのスケジュールの中にいて、それがあたり前で。
 そしてそのあたり前は今も変わらない。
 セフィロスには、『何もしない自由』なんて今までずっと無かったんだ。

「…そういえば、アンタから「暇だ」とか「することが無い」とか…聞いた事、なかったな…」
 『恋人』だなんて甘いだけのもんじゃないけれど、俺達がそういう関係になってからは尚更わずかな時間でも一緒にいるようになった。
 俺達のその時間を神羅の拘束なんかと一緒にするのは嫌だけど、でも、セフィロスの時間をますます使うことにもなっているという点では変わりは無い。
 だったら、俺自身もセフィロスの時間を拘束しているものの1つになるんだと思うと、胸が痛んだ。
「………ごめん」
 いつからセフィロスは『何もしない時間』を望んでいたのだろう…。
 そんな事も知らずに「起きろ」だの「何か言え」だの騒いでいた俺は酷く自分本位だった気がして、なんだか申し訳なくなってくる。
「どうした?突然」
「え?」
 今度はセフィロスの方が分からなそうに俺を見ながら首を捻った。
「何を謝っている?」
「え、だって…」
「お前は怒っていたのだろう?」
「そう…だけど…」
「何故謝る?」
「…ぇ、えっと…」
 説明しようにも考えると何から話せばいいのか分からなくなって、俺もシドロモドロになる。
 だって冷静に考えてみれば、セフィロスが最初からそう言ってくれりゃ良かったんだ。そうすれば俺だってこんなに心配しなかったし、やろうと思えば一緒にやっても良かったんだし。
 もっともピクリとも動かないのは俺にはちょっと難易度高すぎだけども…。
 いや、そもそもそれ以前に、それが『何もしない事』だって事自体がちょっと違うと思うぞ?
 でもそれをこのオッサンにどう説明すりゃいいんだ…ええと…、えっと…
「ふ、変な奴だな」
「変なのは、アンタの方だ」
 焦り半分でウダウダと考える俺を見て、セフィロスは面白そうに笑う。
「これだからお前は面白い」
「俺は真剣だっての」
 ちぇ、好きなこと言ってら。
 でも、その笑顔が綺麗だから、俺の考えはますますまとまらなくなるんだ。
 ああ~…、なんかもういいや。怒んのも心配すんのももう過ぎた。理由も分かったんだから、ウン、それでもういいや。


 ひとつ吹っ切れた所で、俺は改めてセフィロスの顔を覗き込む。
「それで?もう気は済んだのか?何もしないでいた感想はどうよ?」
 これも一応、初体験ってやつになんのかな。それならそれで面白いし、セフィロスのその貴重な体験の感想はぜひとも聞いておきたい。
 けれど、期待で目を輝かせる俺にセフィロスは苦笑した。
「何も無いな」
「あ?」
「何もしなかったんだ。何も思わない」
「あぁ!?何だよそれ!」
「何もしないとは、そういう事じゃないのか?」
「…バ…ッ!」
 行動だけじゃなく、心まで何もしないってありえないぞ普通!畜生、ガッカリだ。
「バッカじゃねぇの!それって『何もしない』じゃねぇよ!冬眠ってんだ、『冬眠』!」
「俺は熊か」
「グッスリ寝る分、熊の方がマシだ!アンタは起きながら冬眠してんの!どこまで起用なんだよ!」
「熊に負けたのか?俺が?」
「勝ち負けじゃねぇだろッ、そもそも熊に引っかかるなよ!」
「お前が熊の方がマシだと言うから」
「熊を先に出したのアンタだろ!」
 ポンポンと漫才みたいに飛び交う会話。会話と言うほど中身ねーけど、でも、楽しいんだ。うん、これが楽しい。
 やっぱさ、セフィロス。
 アンタは何かしてる方がいいや。
 どんな事でもいい。生きて動いて、俺の隣にしてくれたらそれでいい。


「だが、もう二度と御免だな」
「もう、起きたままの冬眠しねぇの?」
「ああ。そんなものより、お前とこうしている方がいい」
 そう言ってセフィロスは意味ありげに俺の頬や耳を弄る。間近で見下ろす翡翠の瞳には俺だけが映ってて、その中にある熱に一瞬息が止まった。
「……」
 あー…そうなるよね。
 …てかさ、そうなりたいよね。俺もさ…。
「…冬眠してた分のツケ、払ってもらうからな」
「いいだろう。山に行ったり海に潜ったりとチョロチョロ無駄に体力を使っていたお前とは違うからな」
「無駄とか言うな」
「体力の温存は救助を待つ基本のはずだが?」
「あ、ずりぃ!今それ言うのってコジツケだぞ!」
 クックッと喉を鳴らして笑うセフィロスの顔にグイと引き寄せられれば、軽口もそこまで。
 いったん唇に熱が触れてしまえば、もう後はブレーキなんて利かない。
 でもいいんだ。
 ここ、無人島だし、救助来ないし…。

 ただ2人で触れ合ってる方が俺もいい。

 
 そんな風に何もかも投げ出して、俺はセフィロスの腕の中に埋もれていった。



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