■ 一年に一度の刹那 
03 一年で一度の刹那 

 



 24日23時30分。


「ただいまー。あー楽しかった~」
 玄関を開けると、そこにはジェネシスが両腕を組んで待っていた。
「ただいま、ジェネシス」
「おかえり、子犬。大した豪遊っぷりだったな」
 そう言ってジェネシスが俺に向けた携帯の画面には、随時決算されたらしい一覧がズラリと並んでいた。
 安居酒屋の《とりあえずビール》から始まり、空港からここまでのリムジンまで。
 ちょっと使いすぎたのかと思い、少しだけ肩をすくめる。
「えっと…もしかして使いすぎた?」
「いや。予想の範疇だ。全く問題ない」
 そう言って携帯を閉じそのままポケットにしまう。
(あれ…?)
 俺はそこで少し首を捻った。
 珍しいこともあるもんだ。ケチな事は言わないが、細かい事を揶揄して遊ぶのが好きなジェネシスが何も言わないなんて。
 俺はてっきりどこで何をしたかを逐一突つかれるかと思っていたのに。
「どこで何をしたとか、ツッコミはしねーの?」
「好きにしろと言ったのは俺だ。その間何をしようと何も言わない」
「あ、そーなんだぁ…」
「なんだ、イビって欲しいのか?」
「あ、やだやだ遠慮します」
 ニヤリと笑いかけたジェネシスの脇をすり抜けてリビングへと逃げ込んだ。

 
 24日23時40分。


 リビングで俺はちょっとだけ首を捻った。
 なんだろう。
 今日のジェネシスはなんだか拍子抜けだ。
 ジェネシスらしくない気がする。
 まぁもっとも、俺が日頃から苛められすぎてて、それが基準になってるのもあるんだけど…
「ま…いっか…」
 あんまり気にしてもまた悩むだけだろうし、ここは良しでいいや。
 それよりも渡したいものがあるんだ。
 俺は後からリビングに入ってきたジェネシスに振り返ると、ポケットから缶コーヒーを取り出して渡した。
「ジェネシス、はい」
「なんだ?」
「おみやげ。ジェネシスに」
「土産?」
 不思議な顔をしつつも受け取ってくれるジェネシスに嬉しくなって、ニカッて笑った。
「こんなにいっぱい奢ってもらっておいて、これっぽっちのお土産ってのもどうかと思ったんだけどさ。俺が買うと何処でも何でも自動清算だろ?俺の金で買えるのって自販機だけだったんだ。だからこれがお土産」
「……」
 ジェネシスはちょっと驚いたみたいに目を見開いた。
 それを見れただけでもこれを買ってきたかいがあったなと思う。
「変わった誕生日のプレゼントだったけどありがとうな。楽しかったよ。それとこれはクラウドから」
 そう言ってもうひとつのポケットからチョコボの羽を出した。
「チョコボレースでクラウドが取ったチョコボの羽。『ご馳走様でした』だって」
 そのままジェネシスの手に握らせる。


 24日23時45分。


「……」
 チョコボの羽と缶コーヒーを握ったまま、ジェネシスは何も言わなかった。
 表情も変えない。
「たががチョコボの羽って言うなよな?俺のお土産が缶コーヒーだったからクラウドはきっと合わせてくれたんだ」
「そうか…『いい奴』なんだな」
 ポツリとした言葉だったけど、ジェネシスからは滅多に出ない誉め言葉に、俺は顔が綻んだ。
「うん。年下だけどさ、凄くいい奴だよ、クラウドは」

 
 24日23時46分。


 ジェネシスはチョコボの羽をクルリと回すとテーブルの上に置き、さらにその上に缶コーヒーを置いた。
 そのまま上がった視線が壁に向かったので、何かと思い後を追うと、時計があった。
 そういえば、ジェネシスは中途半端な時間に帰って来いって言ってたっけ…
「なぁ、ジェネシス。そういえばあのハンパな帰宅時間って、何だったわけ?」
「24日23時47分か?」
「うん、それ」
「何だと思う?」
「分かんねーよ。そんな時間……うわっ!」
 突然腕を引かれたと思ったら顎を取られ上げられる。
「16年前のこの時間にお前が生まれた。この世でもっとも愛しむべき時間だ」
「ぇ…」
 ジェネシスの顔が目の前に近づき、そして…


 24日23時47分。


 唇と唇が重なり、ジェネシスのぬくもりがジワリと広がった。

「…ン、んぅ」
 柔らかくて暖かい感触に鼻から吐息が漏れる。
 なんだか久しぶり…な、気がする。
 そういえば、ジェネシスとキスするのって何日ぶりだったっけ…
 ミッション行って帰って来てからすぐに別れたから…
「意識をこっちに向けろ、子犬」
 考え事をしてるのが分かったのか、唇の隙間からジェネシスが叱咤する。
 分かったか?と言われるみたいに前歯を舌先で突つかれたから、それに答えたくて自分から舌先を伸ばした。
「うん…」
 深く舌を絡めてジェネシスに抱き付くように両腕を回せば、腰を抱いて引き寄せてくれる。
「…ふ…、ん…」
 鼻にかかった甘えた声を漏らすと、背中を撫でて包んでくれた。
 なんだよ…
 今夜のジェネシスは、怖いくらい優しい。
 これが誕生日の特典?
 だとしたら…
 誕生日、毎日あればいいのにな…


 チュッという甘いリップ音が何度も耳をくすぐって、顔が、耳が熱くなる。
 足の力が抜けそうになって、キュッとしがみついた時、キスは止まりしっかりと抱きしめられた。
「はぁ…」
 自分でも分かるくらい熱い吐息が漏れる。
「おめでとう、子犬」
「うん…。な、ジェネシス…」
 ジェネシスの味と、ジェネシスの匂い…もっと…もっと感じたい…。
 そんな事を自覚したらますます顔が熱くなった。
「…あの…あの、さ…」
 でもそれを言ったら、また意地悪されてからかわれるかも。
 そんな思いが一瞬よぎり、言葉が詰まる。
 いつもならそれを察したジェネシスにワザとお預けされて揶揄される所。だけど、今夜は違った。
「昨夜いなかった分まで埋めてもらうからな、子犬」
「ひゃ…」
 綺麗なテノールを耳元で囁かれて、俺は完全に全身の力が抜ける。
 ふにゃんと、まるで軟体動物みたいにジェネシスにもたれかかったら、もう後は自分の身体が自分のものじゃないみたいに力が出ない。
 ああもう、どうにでもして。…つぅか、何かして…そんな気分だった。
「…じぇねしす…」
「うん?」
 ジェネシスがタコみたいにぐにゃぐにゃになった俺を抱き上げる。
 力が抜けすぎて上手く喋れない。だからもっと喋れなくなる前に言っておきたいんだ。
「…だいすき」
 今夜のジェネシスは優しいから、もしかしたら同じ事を言ってくれるんじゃないかって淡い期待も込めて言ってみた。すると
「…ならば俺の匂いを片時も忘れるな」
「…うん」
 ちぇ、「俺もだ」って返してくれないのか…。
 期待したのとはちょっと違う返事でちょっぴり残念だったけど、でも、それがジェネシスなのかもしれない。
 分かりにくくて、意地悪で、いつも俺を悩ませる厄介な存在。
 だけど、だからこそ俺は理解したくて必死に近付く。


 ジェネシスのいい匂いのする腕の中で、そういえば昨夜はこれが無かったな…なんて、今更のことを思っていた。




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