■ 林檎王子と仔犬のハロウィン 03 りんご好き |
バノーラ・ホワイト。 それはバノーラ村でしか育たない、とても珍しい品種のりんごの木だそうだ。 「木がお辞儀してんの?」 「ああ。そして必ずアーチのように路を作る。自然とな」 こんなふうに、と、ジェネシスが片腕を丸く傾ける。それだけで俺はなんだか嬉しくてたまらなくなった。 初めてだ、こんな風にジェネシスが丁寧に話してくれるのって。 「その路が村の入り口につながっている」 「へぇ、まるで木が歓迎してくれてるみたいだ」 「かもな」 「すげー!俺もその路、見てみたい!」 ジッとしてるのが我慢できなくて、ジェネシスの傍らに膝を立てて座り、ジェネシスの膝に上半身を乗せて見上げた。 「もしかしてそこに一面のリンゴが生んの?りんごのトンネルみたいに?」 「ああ。しかも突然にだ。バノーラ・ホワイトはほんの数日で実が実り熟す」 「えっ?たった数日?」 あり得ない速さにギョッとした。 だって普通は花が咲いて、オシベとメシベがどうこうなって、実が付いてといくつかの長い工程があるはずだ。それらを全部吹っ飛ばして実がなるなんてあり得ない。 だけど、ジェネシスはそんな俺の驚いた顔を可笑しそうに覗きこみ、そして自慢げに目を細めて微笑んだ。 「だから、言っただろう?あれは特別の木だ」 「…ほぇ」 理屈なんて関係ない。人間が知る植物の成長の工程など何の役にも立たない。それくらい高貴で崇高なものなんだと、言っているような笑みだった。 悔しいけど、その綺麗な笑みを俺は息を呑んで見惚れずにはいられない。 「……」 「バノーラ・ホワイトが欲しいか?仔犬」 ぼーっと見上げてばかりの俺の耳元に、ジェネシスの声が響く。 「…ぅん」 鼻で啼くような小さな声で答えると、ジェネシスの顔が近づきチュっと小さな音を立てて唇が重なった。 形の良いジェネシスの唇は、どんなに近くで見ても綺麗で柔らかい。 今日のそれには、さらに甘い香りが付いていた。 「…ジェネシス…」 「ん?」 「…もっかい」 その唇が離れるのが嫌で強請ると、再びジェネシスの顔が近づく。 「……ふ、ぅん…」 ゆっくりと繰り返すのは、チュ、チュっと、音を立てては啄ばみ合うような軽いキス。 けれど、その僅かに開いた唇の隙間から流れ込んでくるの吐息には、確かにアップルティーの香りが混じり、その香りが鼻に抜けて俺は再び酔わされる。 酒でもないのにって、我ながら思うけど…でも、気持ちよくなるのはどうしようもない。 「……はふ…」 しだいに膝の力は抜けて、そのままジェネシスの膝の上に頭を乗せた。 唇が離れてもその香りと甘さの余韻に脳が痺れ、うっとりした吐息が漏れる。 あぁ…ヤバイ俺。完全に虜になってる。 「気に入ったか?仔犬」 「ぅん……、…最高」 その上、ジェネシスが本当の動物を撫でるみたいに俺の髪を優しく撫でてくれるから、俺もつい、どストレートな本音をポツリ。 「そうか、最高か」 案の定ジェネシスには可笑しそうに喉の奥で笑われたけど、でも、もういいや。今、すごく気持ちいいし…。 それでも耳が赤くなってるのは自覚したから、一応顔は膝に埋めてみた。どうせ隠せやしないだろうけど。 「もっと最高にしてやりたいが、今はここまでだ。…おやすみ、仔犬」 「…ぇ」 そしていつの間にかかけられたスリプルの魔法で俺はあっさりと夢の中へ急降下。 …あ、待てって、俺まだ聞いてないことが… でも、それも起きたらでいっか… 今は……ホントに、 気持ちい…から…… |
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