■ 林檎王子と仔犬のハロウィン 
02 仔犬のヤキモチ 

 

「お前に悩み事など10年早いぞ、仔犬」
「え?」
 ガシリ!と、突然左右から拳骨でこめかみを挟まれたかと思ったその直後、そのままツイストをかけられギリギリと一気に締め上げられる。
「いででででででででで!!!」
「まずはその前に、このすぐに相棒に所に逃げ込む癖を直せ!駄犬!」
「いだい!いだだ!!ごべん!ごべんばさい!!」
「改める気もないくせに謝るな!」
「いだーーーーっ!!」
「犬語で答えろ!」
「わんっ!!」
「何を言っているか分からん!」
「ぎゃああああああ!!いだいーーーーッ!!」
 理不尽!!
 ありえないくらい理不尽!!
 必死に足をばたつかせ、右に左に身を捩ってグリグリ攻撃から離脱しようとしても、俺の動きなど熟知したようにジェネシスの手は離れない。
 痛い!とにかく痛い!痛いっての!
「アンジール!アンジール!!」
 必死になって最後に頼みの綱を呼ぶも、肝心の常識人はやっぱりピントがずれてしまったらしく
「ははは、相変わらず仲がいいな、お前達は」
 と、呑気な笑い声がキッチンから響いてくただけだった。
 見えるわけ?!ねぇ!これが仲良しに見えるわけ!?うわーん!痛いよぉ!


「~~~ッ、!」
 いいかげん辛くなり涙が滲み始めた頃、ようやくキッチンから戻ってきてくれたアンジールを見てジェネシスの手が緩んだ。
「ジェネシス。新作の紅茶だ、飲んで見てくれ」
「ん?その香りは…」
「ああ、その通りだ」
「それは楽しみだな」
 そしてジェネシスは嬉しそうに声を弾ませると、やっと俺を解放…というか、俺なんかどうでも良くなったようにポイして、さっさと俺の向かいの席に座る。
「この間のを改良したのか?」
「ああ。結構工夫をした。飲んでみてくれ」
 そしてその隣にアンジールが座り、俺には分からない会話を交わし始めてしまった。
 ……。
 …なにこれ、ねぇ、なんかちょっと寂しいんだけど。
「ザックスはアイスだったな」
「…う、うん」
 アンジールが俺の前においてくれたのは、パンプキンパイと氷の入ったアイスティー。ジェネシスとアンジールの前には同じティーカップに入ったホットティー。
 そのカップを優雅に手に持ち、ジェネシスは香りを楽しむように目を瞑りゆっくりと口に含む、アンジールは微笑ながらその様子を伺っていた。
 その雰囲気に俺は何も言えなくなる。
 ……。
 ………なにこれ。
 ねぇ、なにこの図!俺なんかモヤモヤするんですけど!!
「上出来だ。相棒」
「そうか、よかった。少し持っていくか?」
 ジェネシスが満足そうに綺麗に微笑み、それを当たり前のようにアンジールが受け止める。
「いや、俺が飲みに来よう。また淹れてくれ」
「ああ、いつでも来い」
 !?カッチーン!
 頭にきた。なんか頭にきたぞ、今!

「いただきます!!」
 グサリとパイにフォークを差して、大口で思いきりパンプキンパイをほうばった。うん、これは美味い!だけど腹の中のモヤモヤは全然消えない。
 このモヤモヤの正体がヤキモチだなんて分かってる。
 だって仕方ないだろ?ジェネシスは俺にあんな風に綺麗に微笑んではくれない。何かあっても絶対に自分から俺のとこに来てなんかくれない。そもそも今も隣に座ってくれてない!
 それってどうよ?!
 ジェネシスとアンジールは生まれた時からの付き合いだから当然仲良しというのは分かる。だけど、ジェネシスと付き合ってんのは俺なんだから、少しは俺を優先してくれてもバチは当たらないと思う。いや、そうするのが普通だ!そうすべきだ!
 なんだい!ジェネシスのバカヤロウ!思っているだけばらバレないから言ってやる!
 オタクヤロウ!
 ラブレス馬鹿!
 冷徹!
 女神萌え!……んぐっ!
「ゲホッ!ゴホ!ゴホ!」
 悪口を思いながらバクバク食べていたら、薄いパイの生地が器官に入りむせ返った。
「何をやっているんだ、お前は。そら飲め」
「どうせ俺の悪口を夢中で考えていたんだろう、駄犬のやりそうな事だ」
 アンジールに渡されたアイスティーを受け取り、ジェネシスの視線は避けて飲む。畜生、なんでバレてるんだ。
「べ、別に、ゴホッ!、そんな事………、ん?」
 アイスティーを一気に喉に流し込むと、さわやかなリンゴの香りがスーと鼻の中を抜けて体の中に広がった。
「あれ…?」
 名前で言うなら普通にアップルティー、だと思う。でも、なんだかこれはそれだけじゃないくらい凄く美味しい。
「……」
 ゴクゴクと喉に流し込む度に、後から後から溢れてくるりんごの香りと甘み。ソレが喉から胃に入って全身に広がるみたいに、気持ちまでさわやかになってくる。なんだろう、なんだこれ?
 結局、口からストローが外せず、そのままグビグビと一気に飲みきってしまった。
「…アンジール…、これ凄く美味しい」
「だろう?おかわりはいるか?」
「うん、欲しい」
「パイは?」
「こっちがいい」
 いつもなら飲み物よりも食い物が優先。このパイだって充分美味しいけど、今はもっとこの紅茶が飲みたい。そう思うくらい美味しかった。
「だそうだ、ジェネシス。良かったな」
 俺のグラスを受け取ったアンジールが、何故かジェネシスの肩をポンと叩いてからキッチンに行く。
「?」
 それが何の事か分からなくて、首を捻りながらジェネシスを見る。と、そこには…
「犬の口でも味は分かるようだな、仔犬」
 綺麗に口角をあげて目を穏やかに細めるジェネシス。さっきアンジールに向けていた以上に綺麗笑みが俺に向けられていた。
「それはバノーラ・ホワイト。俺の村だけにある世界で最も美味い実をつけるりんごの木の果実だ」
「…ジェネシスの?」
「ああ」
 懐かしそうに、そして大切そうな微笑みを見せられて、俺の中にある今飲んだばかりの紅茶がポッと暖まった気がした。



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