■ 優しい部屋 
05 

 

その日から、クラウドの目覚めは意味のあるものに変わった。


目を覚ませば、いつもと変わらない白い部屋。
だが、クラウドが起きれば必ずドアが開き、彼がやってきてくれる。

コツ、コツ、コツ…
と、規則的な音を立ててクラウドに近づき、顔を覗きこんでは『おはよ』と唇が動きニコリと笑う。
声が聞こえないのはなぜが分からない。
けれど、クラウドにはそんな事はどうでも良かった。
ザックスがいる。
ザックスに会える。
ザックスが笑いかけてくれる。
それだけで充分で、溢れるほどに満たされた。
もっと大事な事が、知らなければならない事があったはずなのに、それすらもどうでもよくなってしまうほどに幸福だと思えた。


ザックスがまたコツコツと足音を立てて動く。
近くのテーブルの上には変わらずに花があり、その傍には薬と水の入ったコップがあった。
ザックスはその薬とコップを取り、花に目を細めると再びクラウドの元へと戻ってくる。

『起きれるか?』

片腕をクラウドの背に回し、ゆっくりと上体を起こさせる。
その馴れた手付きに、クラウドの体は難なくあがった。
久しぶりだった。
視界の角度が変わるのも、こうしてザックスに起こしてもらうのも。




……、





クラウドが心もとない視線をあげれば、そこにはザックスの端正な横顔がある。
何も変わっていない。
迷いの無い瞳も、意思の強そうな真っ直ぐな眉も、綺麗な鼻筋もみんなあの頃のままだ。
そして、クラウドの視線に気がついて振り向くと嬉しそうに笑う、この人懐こい笑顔も。


『はい、あーん』


ザックスは自らの口を開けながらクラウドの下唇を押し、口を開くように促す。
クラウドがそれに釣られるように唇を僅かに開くと、ザックスはそこに小さな錠剤を入れた。


『飲めるか?』


クラウドの顎を僅かに上げてそこにグラスの水を傾ける。


『ゆっくりでいいからな。そう、上手だ』


久しく感じた口の中の液体にクラウドが喉を動かし、体の中にそれを取り込んだ。


『よくできました。さすが、クラウド』


ザックスがクラウドの頭を撫でて何度も褒める。


『えらいぞ。えらいえらい』


水で薬を飲む。
かつては何でも無いほど簡単なこの行動が、今はまるで命に関わる大きな出来事のように、ザックスは嬉しそうに何度も褒めてくれた。


『俺がいるから、安心して寝ていいからな』


ザックスはそうしてクラウドを自分の胸に凭れかけさせ、背中をトントンと優しくさする。

トン、トン…
トン、トン…

ザックスの胸は安心できるが、この角度からではクラウドは彼の顔を見る事ができない。





もっと、顔が見たいのに…





トン、トン…
トン、トン…

そう文句のひとつも言ってやりたくても、その安心する定期的な振動にクラウドはゆっくりと瞼を閉じた。


『おやすみ、クラウド。また明日』



また明日。



その言葉が嬉しくて、クラウドの唇は微かに弧を描いた。








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