■ urge 2 
03 

 

 
 どこかに気まずい関係を抱えたまま、月日は確実に過ぎていく。
 アンジールはザックスに訓練プログラムだけを与え、自分のミッションに連れて行く事はしなかった。
 たとえザックスがどんなに「一緒に行きたい!」と訴えても、「お前の実力ではまだ無理だ」の一言で切り捨てる。ザックスはその度に『実力の差』という苦汁を飲み込んだ。
 ザックスがアンジールにアピールしようとすればするほど、アンジールはザックスに背を向ける。ザックスに出来ることといえばアンジールのデスクワークの手伝いと訓練プログラムだけ。その繰り返しだった。
 その繰り返しだけで、月日は確実に過ぎていった。
 

「アンジール、データの集計が出来た。今から送信する」 
 ザックスはデスクの端末を操作すると、この執務室の主に顔をあげた。
「ああ」
「じゃあ俺、ご飯に行ってくんね」
 アンジールの了解にザックスは急いでデスクの周囲を片付け始める。ガタガタとやたら音がするわりには効率が悪く、片付けは雑だ。アンジールはそれに眉を寄せたが、今はあえて口を噤んだ。
 時間は正午。最近はこの時間がなると、ザックスは急いで執務室から出て行く。アンジールはそれを待っているのだ。
 バディという関係上この部屋にいる事が多くなったザックスも、この時間は昼食に行き時間ギリギリまで帰っては来ない。この1人きりになれる時間はアンジールにとって、緊張から開放される貴重な時間となっていた。
「行ってきまーす」
 バタバタと小さな仔犬が目の前を過ぎる。あと少し…アンジールがそう思った矢先、ザックスは突然、ドアの前で足を止めた。
「…な、アンジール」
 突然、思いつめたような声をかけられ、油断し始めていたアンジールは微かに動揺する。
「な、なんだ?」
「……。…ううん、いいや。行ってきます」
 僅かな沈黙の後、アンジールの内心に気づいたのか何も言わずにザックスは部屋を出た。途端に執務室の中は水を打ったようにシンと静まりかえる。
「ふぅ…」
 そして、それが合図であるかのようにアンジールは椅子の背もたれに深く沈むと、大きく息を吐いた。
 
 何をザックス相手に緊張をしているんだと、アンジール自身も思う。
 だがザックスから告白されてからというもの、ザックスに対しどうしてもどこか気を張ってしまうのは事実だった。
 何かのきっかけでまたあの表情をされるのではないか。またあの声を聞かされるのではないか。そんな事が気がかりで無意識にその隙を作らせないように行動してしまう。
 それほどに嫌なのかと聞かれればそうではない。ただ…、困るのだ。
 ザックスのあの切ない表情を、あの頼りない声を聞くとどうしも無視が出来ない自分がいる。
 それはアンジールにとって都合が悪い予感がした。自分の奥底に沈めた何かがザワつきだし、抑えられなくなる。そんな予感だ。
「…何をやっているんだろうな、俺は…」
 日頃からそれを意識して神経を張り詰めるなど公私混合もいい所だと、アンジールは自分に失笑する。

 今はひたむきなザックスも、成長をすればいづれ色々な事が分かり、やがて気持ちも変わって来る。そうすれば、あの表情を見る事もなくなり、自分の胸も騒ぐことは無くなるだろう。
 それをどこかで寂しく感じながらも、自分はそれを望むべきなのだと言い聞かせ、アンジールはゆっくりと瞼を閉じた。
 もう深くは考えまい。そう決めた時、執務室に来客のブザーが鳴り、ドアが開いた。


 
「相棒、いるか?」
「ジェネシスか。どうしたんだ?」
「ふん、やはりいたか」
 遠慮なくズカズカと入り、アンジールの姿を確認すると嘲笑するように鼻先で笑う。大した暴君ぶりだが、ジェネシスに関してはいちいち引っかかってはいられないと、アンジールは軽く受け流した。
「ここは俺の執務室だからな。何か用か?」
「この歳になって引きこもりを決めている誰かの顔を見に」
 口元に指先を添え、ニヤリと楽しそうに笑うのは、ジェネシスが人をからかおうとしている時に出る子供の頃からの癖だ。分かり易いと言ってしまえばそれまでだが、分かっている分、この悪魔の笑みに自分から付き合いに行かなければならない苦痛もある。毎度の事だが。
「どういう意味だ」
「言葉のままだ。ストイックなのもいいが、過去の決断に義理立てして何の得があるんだ?」
「…何の話だ、ジェネシス」
 アンジールはゆっくりと視線をあげた。ジェネシスの言っている事は、確かに今、自分が頭を抱えていた問題と一致する。だが、自分はそれを誰にも話してはいない。当然、ジェネシスも知るはずがないのだ。
 ここで認める事は自白する事にも繋がってしまう。アンジールはそうするわけにはいかなかった。
「見えない話は止めてくれ。俺は少し休みたい」
「見えるかどうかはお前次第だ」
「……」
「知りたければ、来い」
 ジェネシスは近くにあったバスターソードを手に取ると、グリップをアンジールへと向ける。アンジールはそれを見て仕方無さそうにため息をついた。
 こうなってしまってはアンジールはバスターソードを受けるしかなく、結果、ジェネシスに続いて執務室を後にした。



 
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