■ urge 2 
02 

 

「お疲れ様です。サー・アンジール」
 神羅ビルの屋上で輸送機から降りて来たアンジールをカンセルは敬礼で出迎え、アンジールはそれに答えるように軽く手をあげる。
「今戻った。俺がいない間、何か変わった事は?」
「いえ、直ぐに知らせなければならないような大きな問題はありません。詳細は報告書にまとめてあります。提出書類なども合わせて全てデスクの方に揃えておきました」
「うむ」
 そつの無いカンセルの仕事ぶりにアンジールは頷くと、周囲を見渡し首を捻った。てっきりカンセルと一緒に迎えに来るとばかりに思っていた人物がいない。
「ザックスはどうした?確か今日はお前と訓練プログラムだったろう。まだクリア出来ていないのか?」
「いえ、プログラムはクリア出来ています。…ですがザックスは今、医務室です」
「医務室?」
 意外な場所にアンジールは眉をあげた。
「訓練で怪我でもしたのか?」
「いえ、その…」
 説明を求められ、カンセルは困ったように頬を掻く。
「訓練ではなく、ある意味の実戦でしょうか。相手は2ndソルジャー達です」
「は?喧嘩か?」
「一応は説教から始まっていますが、最後は見事なフルボッコでした。実はサー、そのきっかけというのが………」
 そして始まったカンセルの話を、アンジールは黙って聞いていた。
   
 
 
 帰還後の庶務を終えたアンジールはザックスがいるという医務室へと向かう。
 その病室のドアを開けた時、アンジールはデシャ・ヴュを見た。
「…いつぞやと同じだな…」
 病室のベッドの上で上掛けの中に丸み込み、こんもりとした小さな白い山を作る。それはつい先日の1st候補の選考の日に見た光景と全く一緒だった。
 アンジールと手合わせをした際のザックスの言動がアンジールに対して失礼だと、先輩ソルジャーにこっぴどく𠮟られて、耳も尻尾も再起不能なのかと思うくらいシュンとなってしまった小さな仔犬。
 こうしてベッドの中に潜り込んだまま『こっちきてなぐさめて』と全身で泣きついているように見えるのは、きっとアンジールの気のせいではない。
 だがアンジールは一息つくと慰めるでもなく、ただ、ベッドサイドに座り両腕を組んだ。
「…ザックス、顔を出せ」
「……」
「ザックスッ」
 少しキツイ口調になったアンジールに、ザックスは恐々と上掛けからチラリを顔を出した。まだほとんど隠れているが、とりあえず視線を合わせる事は出来る。
 そこから見えたザックスの目元は真っ赤に晴れ上がり、顔には複数のすり傷があった。
「酷い顔だな」
「…俺…からかってなんかいねーもん」
「あ?」
「遊びや、おふざけでアンジールに告ったりしたんじゃない。ましてや、恋人になって訓練を楽にしてもらおうだなんて下心もない」
「……」
「アンジールがそんな事で訓練を楽になんかするもんか。そんな事を言うアイツラの方が、アンジールに失礼だ…」
 思い出して悔しさがぶり返したのか、ザックスは歯を食いしばってシーツに顔を埋める。その様子に、説教からフルボッコになったのはこのせいかと、アンジールは納得のため息をついた。

『お前はどこまでアンジールさんにずうずうしいんだ!』と、プログラムをクリアしたばかりのザックスは2ndソルジャー達に囲まれたのだとカンセルは言っていた。
『選ばれたからって勘違いするな』『『頼って欲しい』だの『告った』だの誰に向かって言ってるんだ』と最初は説教から始まったことが、ザックスがそれに反抗した事で売り言葉に買い言葉で事態はエスカレートし、カンセルが止めるも間もないほどあっという間にバトルになったのだという。
 新人のザックスが周囲を差し置いて候補になったのだ。内心でそれを面白く思わない者も多いだろう。その上、元は素直で有名なザックスが反抗してきたのだから、事は尚更荒立ったに違いない。
 突然の1st候補生設立が始まってから1ヶ月。事態はまだ安定してはいなかった。
「オレ…アンジールのこと本気で…」
「ああ、分かってる」
 アンジールの真面目な声に、ザックスは涙で潤んだ瞳をあげた。
「……ほんと?」
「当たり前だ。お前にそんなふざけた下心があるのなら、俺がとっくにボコボコにしている」
「……」
「だがその事についてはあの時も言った通り、今回のバディの件とは話が全く別だ。俺は好きかどうのとは全く関係なく、お前を1stにする為にバディを組んだ。それ以上でも以下でもない」
 アンジールの突き放すでも、引き寄せるでもない言葉にザックスは悲しそうに眉を寄せた。
「…嫌いじゃないなら、諦めたくない…」
 だがその悲しそうな声にもアンジールは心苦しそうに視線を反らす。
「…だから…好きも嫌いも、そういうもの自体が俺には無縁だと言っただろう。そういった存在を俺は作らない、1stになる時にそう覚悟を決めた。いつ死んでもいいように悔いが残る存在は作らないとな。だが、ザックス…この考えは俺独自のものだ、他の誰かに押し付けようとは思わない。だからお前はお前で、大切なものを見つけていい」
 アンジールの言葉を聞きながらザックスの目からはボロリと涙が落ちた。
 いつ死んでもいいようにだなんて、なんて悲しい覚悟をするんだろう。自分のその大切なものがアンジールな場合は、どうしたらいいんだろう。どうしたら、アンジールと同じ目の高さになれるのだろう。そう思うと今の自分が酷く小さく、無力な存在に感じられた。
「…ぅ、…っ…」
 たまりかねてしゃくりをあげたザックスに、アンジールは耐えかねたように席を立つ。
「動けるようになったら帰ってこい」
「アンジール!俺…!」
 そして病室から出ようとドアに手をかけたアンジールを、ザックスの切ない声が止めた。
「1stになるから…っ。絶対に1stになるから!絶対に1stになって…、アンジールに追いついてみせるから……!!」
「……、…」
 振り向かず何も答える事が出来ないままないまま、アンジールは静かに病室を出ていった。



 
 静かな廊下を歩くアンジールの脳裏にあの日のザックスが甦る。

『…アンジール…。…あの、さ…』
 
 あの日、あの席でザックスが言い出したのは告白の言葉だった。

『…アンジールのこと…好きになってもいい?』
『……え?』

 一瞬何のことか理解出来ずに言葉を失ったアンジールに、ザックスはいたたまれなさそうに俯き、ますます顔を赤らめた。

『………もう、好きになったもん…』

 ザックスが拗ねるようにポツリとこぼした声は本当に微かで…、その姿はやたらはっきりとアンジールの脳裏に焼きついていた。

 

 
 
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