■ urge 02 |
「たあああ!」 「遅い!!」 ザックスが振り下ろしたロングソードの刃先にアンジールは手の平を翳す。 アンジールを切る!?その恐怖が瞬時によぎったザックスの瞳孔が開くが、それよりも早い速度でアンジールは手の中に気を溜めるとそれを一気に放出した。 「…ぐっ…ぁ!!」 爆風のような気圧がザックスの身体が吹き飛ばし手にしていたロングソードが真っ二つに折れる。 床に撃沈するザックスに終止符を告げるように、折れた剣は無情にも回転しながら床へと転がった。ザックスはこれで戦闘不能。その予感がトレーニングルームの中に広がって行く。 が、ザックスはよろよろと起き上がると、両の拳を構えアンジールを見上げた。その諦めない姿勢にアンジールの口元が微かに緩む。 「…いい気合だ」 「yes…,sir」 「行くぞ」 ハアハアと小刻みに息を吐きながらコクンと頷くザックスの足元は心許無い。だが、アンジールはそれに気を緩めることなくスッと息を潜めると、容赦なくハードラッシュを繰り出した。 「…が!…ァッ!!」 肩、腹、胸、頭、いつどこがどれだけ殴られているのか分からないほど連続する高速の打撃に身が翻弄され、最後に炎と共に全身が吹き飛ばされる。 それを受けた者は天と地の判断も出来なくなる衝撃をくらい、悲鳴をあげる間も無く闇の中に沈むのだ。 そしてザックスもまた類に漏れる事なく、一声も発せないまま床へと沈んだ。 シン…、と静まりかえったトレーニングルームで誰もが今度こそバトルの終了を確信する。1stの必殺技なのだ、2ndになりたての小僧が耐えられるはずがない。 が、周囲の予想をよそに、ザックスの指はピクリと動いたのである。 「…な、に?」 その様子にアンジールの目が見開く。 カチャ…、カチャと防具が擦れるかすかな音をたてながら重い手足を引き摺り、ボロボロになったザックスがゆうらりと立ち上がる。 「…ザックス」 衝撃で切れた額からポタポタと血が垂れ落ち、床に赤い染みが広がる。 折れたらしき左腕はプランと下がったままだが、右腕は弱弱しくも握り拳を作り、戦闘の意思を示すために構えあげられた。 「まだやる気か」 「…es…,…ir…」 アンジールの問いに切れ切れの声で答えるザックスの身体は瀕死の重症だが、その瞳は強い意思を持って澄み、青い光は真っ直ぐにアンジールに向けられていた。 「……」 アンジールが言葉を失うほど、それは見事な気迫だった。 日頃の気が散りやすく集中力の無いザックスが初めて見せた戦士の表情。あの普段は子犬のように賑やかなザックスがこんな表情も出来るのかと、アンジールは内心で感心した。 だがその言葉はアンジールの胸の内に飲み込まれる。 今日のトレーニングは内密ながらも趣旨が違うのだ。この様子はラザードが選考の目で見ている。ここで誉めて伸ばすような行動をとれば、ザックスの名はたちまち選考に上がってしまうだろう。それだけは避けたかった。 「…よくやった。今日はここまでだ。ザックスを連れて行ってくれ」 強制的に終わらせるためにそう低く呟くと、片手をあげて救護員を呼ぶ。 一刻も早くこの場を終わらせたい。それがアンジールの本心だ。 が、ザックスはそれを拒むように頭を左右に振ると、救護の手を振り払った。 「……まだできる…っ!」 「やめろ、ザックス。もう充分だ。後は体力回復に専念しろ」 「いやだ…アンジ…ル」 「命令だ。ザックスを下がらせろ」 アンジールの命令に従い救護員がザックスの腕を掴む。それに抵抗するように、ザックスは必死に叫んだ。 「アンジール!まだ終わってない!」 「しつこいぞ!いいかげんにしろ!」 必要以上に食い下がってくるザックスにアンジールの一喝が飛ぶ。 が、それに一瞬ビクリと震えるも、臆する事なくザックスは言い返した。 「いったいどうしたんだよアンジール!!」 「!」 「…何があったんだよ…アンジール…!」 切なげに眉を寄せ、それまで強気だったはずのザックスの瞳がグニャリと揺れる。その意図が分からぬアンジールは、黙ったまま小さく眉を潜めた。 「…何のことだ?ザックス」 「今日のアンジールはいつもとちがう…。なにかあったんだろ?」 「……」 それはアンジールにとって図星だった。だが、ここで言うべきことでも無ければ悟られるべきものでもなく、当然肯定できるものでもない。 「…何も無い」 「うそだ。アンジールのトレーニングはいつも厳しいけど、今日のは何か違う。今日のアンジールは、ただ片っ端から倒してるだけだ。そんなの、アンジールらしくない」 「随分と言ってくれるな。だが、お前の気のせいだ」 「気のせいなんかじゃない。俺、アンジールをずっと見てたから分かる。アンジールはきっとまた自分を犠牲にしようとしてる…。そんなのダメだ」 「……」 「おれ何でもするから、何でもやってみせるから、もっと強くにだってなる…だから…頼むから、もっと俺を頼ってよ」 「──」 思いもよらないザックスの言葉にアンジールは完全に言葉を失った。向こう見ずな子供だとばかり思っていたザックスから、こんな言葉が出るとは思ってもみなかったのだ。 が、それ以上の会話を制止するようにトレーニングルームに電子音が響く。 『そこまで。今日のトレーニングはここまでだ』 「ラザードか…」 部屋の中に響くラザードの声にアンジールは上を見上げた。 『皆お疲れ様。ザックスを急いで医務室へ、手当てをしてやってくれ。アンジールはブリーフィングルームへ来るように。以上だ』 穏やかな口調ながらも音声はすぐに切れる。拒否は認めないということだ。 仕方無しにアンジールは救護員に促すと尚も呼び止めてくるザックに背を向け、統括の待つブリーフィングルームへと向かった。 |
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