■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 12 

  

 深海に浮かび上がった魔方陣の中から、激流のうねりを纏ったリヴァイアサンが飛び立って行く。
 そのとぐろを巻いた懐には1本のカプセルが守られていた。レノとザックスを載せた脱出用カプセルだ。
「…おい、生きてるか?」
 発射の衝撃で全身を打ったレノが頭を抑えながら足元を見る。太腿の辺りにはザックスの頭あった。自分の足が衝撃のクッションになっているはずだが、激しい揺れの中では逆に悪影響にもなりかねない。
「おい!返事しろって!」
 気圧の調整ができてない状態で深海にいる以上、2人の命を守っているのはザックスが召喚したリヴァイアサンだ。ザックスが意識を失うのは2人の死に繋がる。
 レノは何とかそれを防ごうと声をかけザックスの頭に手を伸ばす。が、そこで指先に感じた熱くヌルッとした感触に顔を顰めた。
「傷が開いたのか」
 元より塞げている傷ではない。エヴァンに言われるまでもなく、ザックスが地上までもたない事はレノ自身も重々承知の上だった。
 だがそれでも、万に一つの可能性にかけるしかなかったのだ、だがこのままでは…。
「これ以上なす術なしかよ、クソ…!」
 狭く何の設備も無い脱出用カプセルの中では、ただ祈り、救助を待つ事しか出来ない。レノは唇を噛み、両足でザックスの体を支え、ザックスの傷口付近をやっと届く指先で圧迫した。
 ほんの数滴でもいい。僅かでも血が流れ出ないようにと。

 その時だ、ザックスの弱弱しい声がレノに耳に届いた。
「……レノ……ごめ ん…目…瞑って て……」
「ぇ?」
 何の事かとレノが思った瞬間、ザックスの耳元からその淡い緑の輝きは放たれ、レノの指先がピクッと揺れた。
「?!」
 何事かとレノが目を見開く中、光の元であるピアスから放たれ始めたその小さな輝きは、まるで水のようにザックスの全身に添いながら流れ落ち足元から上へとたまりだす。それはすぐにザックスを飲み込み、そのままレノをも飲み込もうとする。
「ぉ、おい…っ、これ…」
「…ごめん…秘密にして…」
「……」
 やがてその光はレノの全身をも包み込むと、小さな光の粒は緩やかなうねりとなって、狭いカプセルの中をクルクルと泳ぐように旋回し始める。その流れは2人を優しく暖かく包み込み、そっと撫でるように全身の傷を消し痛みを遠ざけて行った。
「なんだ…これ」
 神羅が作ったケアルとは違う、たが、確かな癒しの光だった。神羅が作った回復マテリアが効かないザックスを治癒する、唯一のもの。
 レノはその光の流れを、どこか懐かしさを秘めたような不思議な感覚で見つめていた。
「…ターゲットが…生き続けられる理由はこれか…」
 ――任務完了。レノは、その言葉を飲み込んだ。
「……」
 レノが頭を捻ると、そこには小さな小窓があった。外は音すら無い闇の中だが、そこから熱を発しながら落ちてくる炎の球体の姿が見える。
「フレア…?」
 水の闇の中を、その炎の球体は消滅する事なく海底の魔方陣に向かって真っ直ぐに真っ直ぐに落ちて行く。
 それは、セフィロスが敵を殲滅する時に使う最期の月と同じ光景だった。
「…終焉の月だ…」
 その月はやがてその場所にたどり着くと、音も無くそこにあったものを一瞬で無に返す。
 その光景を、レノは静かに見届けていた。






 沈みかけの太陽が、空を朱色に染めていた。
 風が海面を撫で、不時着した飛空挺の外壁に寄せては小さな波音を立てる。
 たとえ世界が夜に向かったとしても、その夜は決して闇ではない。
 そこには音が有り、光があり、そして生きようとする命で溢れている。レノとザックスはそんな世界へと帰って来た。
「…おかえり、小僧共」
 カプセルの扉が開かれレノが最初に見たのは、うっすらと口角をあげる不気味なジェネシスの笑顔だった。心配と怒りと呆れ、そんなものが入り混じったような複雑な顔だ。
 そんなジェネシスにレノはゴクリと唾を飲む。
 傍らに目をむければ、そこにはセフィロスが立っていた。薄い表情のまま切なそうに見つめる視線の先が自分の腕の中で気を失っているザックスである事に気がつくと、レノは渡したくないとばかりにザックスを抱え治す。
「?」
 その仕草に何かを察したジェネシスはレノからザックスへと視線を滑らせ、大量の血痕に怪しむように目を細めると、力づくでレノの腕を引き剥がしザックスに巻かれた上着を剥ぎ取る。
 そして、出血元と思われる肩口に傷口ひとつない事を確かめると、スゥっと形の良い薄い唇を真横に結び再びレノを見た。
「…なるほど…」
 不穏は声でそう呟くと、ジェネシスは有無を言わさずレノに胸倉を掴みカプセルから引きあげ立ち上がらせる。
「ッ!!なんだよ!離…ッ!!」
「セフィロス。俺はこっちに用事がある。子犬の面倒はお前が見ておけ」
「俺が? しかし…」
「俺は忙しい。そのままにしておけば子犬は死ぬ、お前が何とかしろ。じゃあな」
 ジェネシスは肩越しにそれだけを言うと、抵抗するレノを引き摺り飛空挺の中へと消えて行く。
 それを戸惑いながら見送ったセフィロスは周囲を見渡し、辺りに誰もいないことを悟ると、再びカプセルの中で意識を失っているザックスを見下ろしそっとその傍らに膝をついた。

「……」
 久々に見る姿だった。
 いつもは携帯に送られてくる写真越し、良くても遠く離れている距離だ。これほどに近く、手が届く距離にいるのは実に出会いの日以来かもしれない。
「…痩せたな…」
 セフィロスはそっと手を上げると、ザックスへと静かに延ばす。
 その黒髪が風に揺れ指先に触れた瞬間、反射的に手を引くが、やがてゆっくりとザックスの髪に触れるとそのまま頬を包み、そして惹かれるようにザックスの体を両腕で包み込んだ。
 トクン、トクンと小さな心臓の音を感じる。
 体はすっかり冷え切り血の気も失っているが、小さな細い体から息吹の鼓動や、上下する胸、吐かれる息が感じられる。写真や仮想データではない、生きている生身の人間の証だ。
「…ザックス…」
 セフィロスは細い声でその名を呟くと、そっと頬を摺り寄せザックスを抱き上げた。そのまま輸血の為に医務室へと向う。
 また暫く触れられなくなるだろうその体の感触を自分の中に刻みながら、一歩一歩あるいて行った。



11 ←back ◇ next→ 13





inserted by FC2 system