■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 11 

  
 
「だから、連れて行こうとしている」
「ふざけんなっ!」
 淡々としたエヴァンの返事にレノの一喝が飛んだ。
「てめぇはただ、自分の不幸に他人を引きずりこみたいだけだ! そんなもん、仲間意識でも何でも無ぇ!!」
「……」
 その言葉にエヴァンは一瞬だけ呼吸を止めた。が、これ以上の話は無意味だとばかりに視線を外す。
 レノはそんなエヴァンに軽く顔を顰めるとこれ以上関わることを止め、意識を切り替えると自らの上着を脱ぎザックスの傷口を縛りあげた。そう、いま自分がやらなければならない事はただひとつ。何としてもそれをやり遂げなければならない。
「おい、しっかりしろ!」
「ぅ…ッ」
 縛りあげられる痛みとかけられた声に反応したザックスが、眉を寄せ苦しそうに細い声をあげる。その瞼がうっすらと開き瞳孔が自分へ向くのを確認すると、レノは小さく頷いた。
「行くぞ」
 短くそれだけをハッキリと告げ、ザックスの腕を自分の肩に回し立ち上がらせる。それに応えるようにザックスもまた、自ら引きずるように足をハッチに向け踏み出した。
 互いの意志を確認する必要はない。2人でここから出るのだ、何としてでも。
 
「…神羅の実験体は、死体になっても利用される」
 ゆっくりとすれ違って行く2人に、エヴァンにはもう何かしようとする意志はない。ただ無気力なまま力の無い声だけをかけた。
「ザックスにはポーションもマテリアも効かない。回復する術が無い以上、その出血量では海面にあがるまでに死体になる…。なぁ、タークス。お前の任務がターゲットの死体回収でないのなら、…情けでいい、ここに置いていってやってくれ」
「まだ死んでねぇ」
「……そう、か」
 重苦しい空気を纏い、視線を合わせないままエヴァンとレノはすれ違う。その傍らで、ザックスは重い頭をあげて振り返りエヴァンとロイを見上げた。
「……ェ…」
「お別れだ、ザックス。いつか…自由になれるといいな」
「…っ」
 それが、ザックスにかけたエヴァンの最後の言葉だった。
 ザックスは表情を歪ませ唇を噛み、眉を寄せる。思う事も伝えたい事も山ほどあるというのに、言葉は何も出てこない。ただ別れの時の中、ザックスは最後になるであろう兄弟の後ろ姿を見た。
 異形の生き物となってもなお兄に寄り添う弟と、そんな弟を大切そうに撫でる兄の後ろ姿を、しっかりと記憶に焼き付けていた。

  
 音も光も無い闇の海に一筋の赤い閃光が真っ直ぐに落ちて行く。その光はやがて目的である潜水艦に到達すると、それを捕らえるように巨大な魔法陣を描いた。海底に浮かぶ赤い啓示だ。
 その鮮烈な赤い天啓に、目の見えないはずの深海魚達までもが一斉にその場から去って行く。啓示の中心が示す場所はただひとつ、エヴァンと、ロイだ。
「…こんな所に魔法陣…?」
 エヴァンは全身に受ける赤い光を驚いたように見つめ天を仰ぐ。
「まさか…こんな事が出来るのは…」
 そしてそれにハッと気がつくと、エヴァンは敬意を示すように赤い光の中に自らのソードを掲げ、高揚してくる思いに口元を緩ませた。
「ロイ、よく見ておけ。これがソルジャー・クラス1stの力、俺達ソルジャーが目指す頂点の力だ」
 そして剣に祈るように額に翳すと、そのまま床へとつき立てた。
「感謝します、サー」


「急げ!! 来るぞ!」
 赤い光は狭い通路を行くレノとザックスの元へも届く。魔方陣は明らかにジェネシスのものだ。捕らえられた以上、もう時間は無い。
「走れ! ザックス!!」
 レノはザックスの服を掴み、無理矢理走らせ先を急ぐ。傷や出血などに構っている暇などないのだ、もう一刻の猶予もない。
 途中で潜り抜けるハッチに足が取られ機器に体がぶつかり傷を負う。だがそれでも尚、2人は艦の深部へと走った。目指す場所はただひとつ、魚雷区画だ。
「例のマテリアは持ってるな!使え!」
 レノは魚雷区画に入るなり非常スイッチを拳で叩き、底に括り付けられていた脱出用のカプセルをロックから外す。発射室の出入口は閉じられ気圧の調整が開始されるがそれを待っている暇は無い。
「2台も用意している暇は無ぇ、2人で入るぞ。奥に行け」
 レノはカプセルの扉を開けるとザックスの胸倉を掴みザックスを中へと押し込んだ。
「いいか!気を失ってリヴァイアサンを消すんじゃねぇぞ!!」
 大人1人分ほどしかないそれを非常口にセットし、自動発射タイマーをセットする。時間は5秒。それをスタートするとレノはすかさずザックスのいるカプセルに滑り込み、カプセルのハッチを閉めた。
 光が遮断されたカプセルの中でリヴァイアサンのマテリアが輝きを放つ。と、同時にカプセルは一度ガクンと大きく揺れ、そのまま有無を言わさぬ勢いで潜水艦の外へと弾き出されて行った。


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