■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 09 

  
 右肩に激痛が走り、鮮血が飛び散る。
「あ、ああ…くっ!」
 その頭を外そうとザックスはヘルメットに手をかけたが、ロイはビクともしない。食いついたまま離さず、唸りをあげながらさらに顎に力をかけてくる。
「…うっ、ぐぅ…!!」
 その激痛にザックスの全身に汗が噴出し神経が逆立った。
「抵抗しない方がいい。さらに噛まれるだけだ」
 そんな光景を目の前に、エヴァンは淡々とした口調で口を開く。
「痛いだろう?ザックス…でも、それがロイの『食事』なんだ」
「…食…事…?」
「そう。今のロイには、そうする必要があるらしくてね…。犠牲者を出したくなかったから代用できるものを探したけれど、どうやら他のものでは駄目らしい」
 淡々と告げるエヴァンのその言葉に、ザックスの頭の中にある事件が思い当たった。
 ソルジャー狩り。ソルジャーだけを狙った連続噛殺事件だ。
「まさか…あの事件…」
「ああ、そうだ。全て、ロイの『食事』だ」
 ミシリと骨が軋む音がザックス耳元で響く。
「う…くッ!」
 砕け散る恐怖が走る。が、骨は砕けはしなかった。代わりに、まるで生きるエネルギーが吸い取られていくように全身からスーッと何かが引き始めた。
「…?! な、に…?」
 薄く薄く、細い糸を辿るようにその何かは吸い取られていく。血では無い。血はロイの口から溢れ、まるでいらぬもののように床に垂れ流されザックスの髪を濡らしている。ロイがザックスから得ているのは、血でも肉でもないのだ。
「いったい…何を…」
「俺は、ソルジャーの中に流れる魔晄の力だと思ってる」
「…魔 晄…?」
「ソルジャーにしか無いものと言ったらそんなものしか思いつかないからね。その証拠に、ザックス…今、お前は肉も血も食われていないだろう?」
「……」
 食いつかれている人間にそれを聞くのかと、どこか滑稽で残酷な質問にザックスの中に絶望の色が広がる。エヴァンは自分を助ける気などないのだ。その確信が持てた。
「俺は…このために…?」
「いいや。あの中で大人しくしててくれればロイには我慢させるつもりだったよ…一応はね」
「……」
 ザックスの意識が霞み、息が苦しくなり始めていた。このままでは死ぬ…だが、今動くわけにはいかなかった。約束の時間までまだ達してはいないのだ。
 自分が動けるギリギリの所に至るまでこの状態を忍んだ方が、時間は確実に稼げる。ザックスはそう判断していた。
「どうして…こんなこと…」
「さっきも言っただろう?俺達は神羅には帰らない、自由になるんだとね。その意味が分かるかい?」
「……」
「神羅の生きた機密であるソルジャーは、死体となっても自由にはならない。なら、神羅の手の届かない所で死を迎えるしかない。それが本当に自由だ」
「……まさか…ここで…」
「そうだよ、ザックス」
 エヴァンは寄りかかっていた壁から体を起こすと、コツコツとザックスの元へと歩み寄った。そしてすぐ傍で膝を突くと『食事中』のロイをそっと撫でる。
「ロイは一般兵のcode-"D"だった…。酷いだろう?こんな姿にされたんだ。 なぁ、ザックス…ロイは何故、こんな馬鹿な契約をしたと思う?」
「……」
「調べてみたらね、どうやら一般兵の中にある噂が広がっていたらしい。『スケープゴートから簡単にソルジャーになった奴がいる』ってね」
「…!…それ…」
「そう、お前だよ。ザックス」
 ザックスの顔が苦痛に歪む。衝撃だった。自分がどんな扱いを受けているかはソルジャーには知られている。だが、それを知らぬ一般兵から見ればそんな風に写っているのかと。
 エヴァンはそんなザックスの頬にそっと手で触れると、優しく撫でた。
「…分かってる。お前が悪いんじゃない。そんな噂を真に受けてしまったのはロイの弱さだ。だからこそ、もう二度とこんな前例を作ってはいけない。そう思わないか?」
「……おれ は…」
 ザックスの目が涙で滲む。
「ザックス。code-"D"である以上、お前もいつかは『人』ではなくなる。そうなる前に、自由になった方がいい」
「…エヴァ…」
「大丈夫、一緒に連れて行ってやるよ」
「…っ」
 ザックスの目から涙がボロリを落ちる。その時だった。潜水艦の全電力が突如点灯し、周囲を照らした。
「何だ?!」
 何事かと立ち上がったエヴァンが壁際に戻り艦内の状態を表示するパネルを開く。と、そこには外部と通信交わす信号の波線が表示されていた。
「…まさか!」
 エヴァンの顔色が見る見る変わる。
 そして意識が朦朧とし始める中で、ザックスは小さな安堵の息を吐いた。

 約束の10分が、経とうとしていた。

 

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