■ After The Battle 第一章 第5話 終焉の月 08 |
キィ…。 鼓膜に届いた細く微かな音に、ザックスは足を止めた。 周囲に耳を澄まし、人の気配を探るため意識を集中する。耳の奥がキンと引き攣り耳鳴りのような音がするも、辺りに人の気配はない。だが、それで安心するわけにはいかなかった。相手は自分よりも遥かに格が上の2ndなのだ、気配を消すくらい造作もない。 「…カンセルを敵に回すようなもん?……うぇ、最悪…」 同じ2ndソルジャーのカンセルを想定し、ぐにゃりと眉尻が下がる。 カンセルを始めとしたソルジャー達は皆、ザックスを相手に本気の表情をした事がない。つまり、それだけ格差があると言うことだ。 通常ならばその差がどれほどに大きくとも、それを目標とする限りザックスは負担と捕らえる事はない。だが、いざ本気の対決となると話が変わる。 おそらく、戦闘になればものの数分ともたない。それほどの差なのだ。それでも、何としても10分は引きつけなければならなかった。出来るならばそれ以上…、セフィロスがこの海底まで迎えに来られるまで。 「出来るだけ、奥に誘い込まないと…」 ザックスは先を急いだ。 潜水艦については以前、資料という形でアンジールに見せられた事がある。その時に覚えた構造図と元に、ザックスはコックピットから最も複雑な通路で辿れる先へと向かって行った。 ザックスが閉じ込められていた部屋から出た時、ハッチの外には1本のコードが仕掛けられていた。ハッチが開けられる事で切れるように仕掛けられたそれは、おそらくエヴァンが取り付けておいたものに間違いない。そしてザックスが脱走した事が知られた以上、エヴァンはすぐに追って来る。ザックスの行動は、それを見越しての判断だった。 出来るだけコックピットから遠く。 1秒でも長く、レノに時間を与えるために。 1秒でも早く、セフィロスに知らせるために。 狭い通路を抜け、扉を抜け、奥へと急ぐ。その途中でザックスは、ドアに一輪の造花の花が貼られた少し見栄えの違うドアを見つけた。 「花…?」 ドアを開けてみるとそこには少し広い空間があった。床に取り付けられた細長いテーブルとそれに設置された椅子は全部で8脚。 「食堂?」 部屋の壁際にあるステンレスの台はおそらく簡易キッチンだろう。きちんと整頓された食器類に、壁には地上の風景写真がある。狭いながらも10人程度は入れそうなそこは、この手狭な潜水艦の中では唯一の憩いの場所である事に間違いはなさそうだ。 「そうだ!食堂なら…!」 包丁があるはず。それに気付いたザックスは行き止まりのその部屋の中へと足を踏み込んだ。その時―――。 ダァン!!というけたたましい音をあげてドアが弾かれ、ザックスの身体が背後からの衝撃で飛ばされる。 「ッ?!」 しまった!と思うももう遅い。背後から仕掛けてきたそれはザックスの後頭部を鷲掴みにし、そのまま床へと叩き伏し身体の上に乗り上げる。 「…くそっ…!」 ザックスは手にしていた鉄パイプを握るとその鋭利な先端を逆手に、背後から自分を押さえ込んでいるものに叩きつけた。ガツンとした固い何かに当たり後頭部を抑える力が一瞬弱まると、すかさず力の限りでうつぶせにされた体を反転させる。 「っ?!」 だが、そこで目にしたものにザックスの脳は一瞬停止した。 「…な、に…?」 そこにいたのは、『四足の生き物』だった。 細く長い筋張った四足でザックスの身体に跨り、ガードハウンドのように頭を突き出したまま大きく耳まで裂けた口で牙を剥きザックスを威嚇する。パックリと避けたその口からでる声はまさに獣の唸り…モンスターそのものの唸り声だ。 だが、それはソルジャーの服を着ていた。ザックスと同じ3rdの色の制服に防具とヘルメットを装備しているのだ。 「…まさか…人…?!」 「やれやれ…。大人しくしていろと言ったのに、何故聞かなかったんだい?ザックス」 その四足の生き物の背後から声が届き、ザックスが視線を向けるとそこにはエヴァンがいた。腕を組み、まるで何事も起こっていないかのように壁に寄りかかる。その声質はさっきまでとは違っていた。はぐらかす様子も雰囲気も無い、仕方がないと諦めた…そんな声だった。 「エヴァン…」 「そうすれば、苦しい思いをしなくてすんだのに」 「苦しいって…うわぁ!!」 四足の生き物がけたたましく吼えザックスに大きな口を広げる。ザックスはその口に鉄パイプを銜えさせ、すんでの所で攻撃を止めた。が、パイプを噛みながら迫ってくる力が強い。パイプを支えるザックスの腕は軋み、ギリギリとかみ締められている鉄は音を立てて歪み、今にも破壊されそうな悲鳴をあげる。 「…エヴァンッ…これは…なに…?」 「紹介しよう、ザックス。その子はロイ。俺の弟だ」 「弟?!」 バギッと音を立てて鉄が砕け、破片がザックスの視界の中に飛び散る。そして再び開かれた大きな赤い口はザックスの視界に広がり、そのまま右の肩に深く食い込んだ。 「うッああああああああ!!」 |
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