■ After The Battle 第一章 第5話 終焉の月 07 |
―― 心配しないで… これで 兄さんに追いつけるから ―― 脳裏に焼き付いた声が耳の中でこだまし、操縦席に座っていたエヴァンは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。 シン…と静まりかえった操縦室には人のぬくもりを感じる気配も音もない。 冷え切った空間にあるものは、薄いライトの中に浮かぶ冷たい鉄の壁と、そこに取り付けられた無数の無機質な計器だけだ。それらが何の目的もなく、何の感情もなく、ただ冷たい沈黙を続けている。 「…まるで、棺だな」 エヴァンは小さく呟き、そして何を今更…と力無く自嘲の笑みを浮かべた。 潜水艦を強引に奪い、世界との消息を絶ったまま光も届かぬこの場所へと逃げ込んだ。ここは冷たく暗いだけの場所ではない、酸素すら無く、人間の生存を許さない世界だ。 そう、ここは人が生きる場所ではないのだ。 だからこそここに来た。ここならば、二度と… 「…神羅も、来ない…」 重い言葉と一緒に深い息を虚無の空間に吐く。潜水艦により守られているはずの水圧が、ミシミシと音を立てて潰しに来るような気分だった。 そんなエヴァンの背後でコトンと微かな音がし、小さく丸くなった毛布が揺れた。 「起きたのか?…おいで」 エヴァンがその音に声をかけると、丸くなった毛布はゆっくり起き上がる。 1メートル程度まで起き上がったそれは、毛布をすっぽりと被ったままゆらりゆらりと四足歩行の動きで操縦席に座るエヴァンの元へと寄り、その膝に頭を乗せるような仕草をした。 エヴァンはそれを、大切そうに毛布の上から何度も撫でていく。 「お腹が空いたのか? だがもう、ここにお前の食べものは無いんだ…分かるか?」 エヴァンの言葉が分かっているのか、毛布の中の生き物は悲しげにクゥ…と小さく鼻をならした。その声に、エヴァンは心苦しそうに眉を寄せる。 「……ああ、いい子だ……ロ…」 だがエヴァンが言葉を続けようと口を開きかけたその時、それまで無機質な沈黙を続けていた計器の一部が突如赤く点等し、エヴァンは顔を上げた。 それは、艦の奥のあるエンジンルームのドアが開いたサイン。ザックスがそこから逃げ出した証だった。 「…ザックス…! 大人しくしてろと言ったのに…」 面倒事が起こったようにエヴァンか顔をしかめ、その言葉に反応したように毛布の中の生き物は身を翻すと操縦室の出口へ走る。 「待て! お前は行くな!」 だがそれはエヴァンの静止を聞くことなくハッチを開くと、艦の奥へと飛び出して行った。 「だめだ!…ロイ!!」 エヴァンが慌ててその後を追って行く。引き止める呼んだのは、亡き弟の名前だった。 そうして操縦室から人の気配が消えると、やがてそこには猫のように音もなくひっそりと足を踏み入れる黒い影が現れる。 「…お邪魔しますよ、と」 レノは全神経を研ぎ澄ましながら、操縦室の中を一瞥した。 約束した時間は10分。だが、その時間の中にザックスの安全は考慮されていない。ザックスの身を守るには、それよりも早く目的を達成する事が不可欠だ。 「ここでターゲットを見殺しにするわけにはいかねーんだぞ、と」 レノはそう呟きながら小刻みに瞳を動かす。 「これか」 そして一連の機器を把握すると、迷う事無く計器のスイッチを動かし始めた。 |
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