■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 06 

  

「非常時においてしなければならないのは、現状の把握と分析。それから、安全と武器の確保…――」
 教わった訓示を暗唱しなから壁面にある目的の一点を見据え、ザックスは深く息を吐き精神を集中する。
「ヤァッ!!」
 そして渾身の力でそれを蹴り上げると、機器だらけの壁面を縫うように取り付けられた手すりの接合部が鈍い音を立てて外れた。
「やった!軸足でも何とかなるもんだな!」
 ピンポイント攻撃の成功に得意気に笑うと壁面に左足をかけ、全身に力を込めて外れかけた手すりを強引に引きはがす。
「んんーーッ…しょ!!」
 鈍い音を立てて引き剥がされたそれは、両端が無駄に曲がっただけの鉄の棒だ。だが、それが今のザックスが手に入れた最初の武器だった。
「まずは1個目。こんなんでも無いよりはいいだろ。えっと…武器になりそうなもん、他になんかないかなー…」
 現段階におけるザックスの最大の弱点は体格と力。それを補うためには武器が必要となる。相手はソルジャー、しかも自分よりもはるか上の2ndなのだ。いくら武器があっても足りない。
 だが周囲をキョロキョロと見渡しても武器と呼べるものは何ひとつ無かった。調査船だとレノが言った通り、そこには計器類ばかりが多く存在する。それらを解体して何か作る事は可能だが、船の運行に対しどう影響しているか分からない以上、むやみに破壊する事は出来なかった。
「困ったなぁ。最低でもあともう2~3個は束ねたいんだけど…」
 武器と呼ぶにはあまりに頼りない細い鉄を握り、周囲に壊しても良さそうなパーツを探す。たとえあったとしてもソルジャー相手では気休めにもならないが、それでも何もしないでいるよりはいい。

 ザックスがさらなる何かを探して漁っていると、頭上からまたあの声がした。
「そんなんじゃチャンバラにもならないぞ、と」
「!」
 ザックスが振り向くと、そこには前回と同じように機械と天井の間の空間に寝転んだレノが面白そうに見下ろしていた。
「レノ!どこ行ってたんだよ!」
 パッと華を咲かせるような笑顔で機械にしがみつき、再びレノの前に顔を出す。レノが何故、何の目的でここにいるかはまだ不明だが、自由の利かない今のザックスにとってレノは最大の頼りの綱だ。
「色々とな。この潜水艦の構造と脱出ルートを確認してきた。ピンチの時の状況把握は鉄則だぞ、と」
 同じ判断をしていた事にザックスは確信し強く頷いた。さすがはタークス、この味方は心強い。
「この潜水艦にいるのは何人?」
「俺達以外にはエヴァンとあと1人。艦を動かしているのはエヴァン1人だぞ、と」
「少ないんだな…。現在位置は?」
「正確な緯度は分からねぇ。陸を離れてから移動したのは3時間、その後2時間以上その場で停止してる状態だ」
「停止?…身を隠してるってこと?」
「だろうな。動く気配も無ぇ、どうやらこれ以上逃亡する気はないらしい」
「…エヴァンは海底なんかで何をする気だろう…」
「さぁーな。それが何でも付きあう気はねーぞ、と。さっさと外に連絡つけて脱出するぞ、と」
「ぅん…」
 エヴァンに関しハッキリと関心を示さないレノに反し、ザックスはまだどこか気がかり面が抜けない。だが、今はそれを思案している場合では無いと頭を振って切り替えると、レノに視線を戻した。とにかく、この状況を打破する策を講じなければならない。
「方法は?」
「コックピットを使うしか無ぇな」
「なら俺がエヴァンを引き止めるよ。その間に頼む」
「…それ、出来るのか?」
「え?」
 順調に進むと思われていた話を突然停止され、ザックスは困惑の目を向けた。
「味方の位置が分から無ぇ以上、闇雲に信号を出すしかない。その為にはより多くの時間がかかる。敵はエヴァンだけじゃねぇ、もう1人いる。今のお前にその2人を相手に足止めする実力があるのかって聞いてんだ」
「……」
 痛い所を突かれザックスは沈黙した。この作戦を決行すればレノの存在は確実に明らかとなる。唯一の自由な足を失う事になるのだ。『出来るだけ頑張る』ではすまされない。

「時間、か…」
 ザックスは少し思案すると、天に向かいある一点の方向を指差した。
「こっち」
「あん?」
 つられてレノもその方角に視線を向けるが、当然そこは潜水艦の内部だ、計器以外のものはない。顔を戻すと、ザックスは変わらずに真顔のまま指を向けていた。
「この方角」
「方角?」
「この先、直線距離で400前後。そこにセフィロスがいてこっちに移動してる。速さから見ても、飛空挺で間違いない」
「あ?何言ってんだ、お前」
 突拍子もないザックスの発言にレノは目を丸くするが、ザックスは真剣な眼差しで話を続けた。
「俺がエヴァンを引き止められるのはほんの数分だ、戦闘になったらきっと何分ももたない。だから、発信時間を縮める事で稼ぐしかない。方角と距離が分かる事で何とかならない?」
「…本当に英雄の居場所が分かるのか?」
「昔から分かるよ。距離感まで感じられるようになったのはソルジャーになってからだけど」
「マジかよ…」
 レノは信じがたいように息を飲むが、やがて何かを思案をするように腕を組むと指先でトントンと自分の腕をを叩く。そしてしばらくすると、何かを決めたように頷いた。
「…おし、やってみるか」
「ホントか?!レノ!」
「ただし!」
 希望を繋げたようにパッと笑うザックスの笑顔を手の平で制すると、レノは床へと降りて胸から電磁ロッドを取り出しその先にピリッと電気を走らせた。
「何が何でも10分はもて。チャンスは1度。失敗は許さない」
 そしてそのロッドをザックスに足枷にあてると、電磁の力を加え鎖を破壊する。
「やれるか?”最弱ソルジャー”」
 自分の肩にトントンとロッドをあて、レノはザックスの力量を測るように見上げた。ザックスはその視線を真正面から受け止めると、表情を引き締めて頷く。
「やる。どんな状況でも戦うのがソルジャーだ」
「ふぅん…。ま、今回は買っといてやるぞ、と」
 レノは口端をあげて笑うと、そのまま機械を昇り天井のパイプの隙間にスルリと滑り込んで行く。そして腕だけをヒョッコリと出すと、ザックスに何かを投げてよこした。
「これ、やる」
 ザックスが反射的に受け取ったものを確認すると、それは召喚マテリアだった。
「すげぇ!リヴァイアサンの召喚マテリアだ!どうしたんだこれ?」
「この手の潜水艦には守り神的に必ず格納してあるんだ、使えるか?」
「もちろん!」
「なら、やる。棒よりは役に立つだろ。じゃ、後でな」
「あとで!絶対に帰ろうな、レノ!」
 返事をするように親指を立て、やがてパイプの影に消えて行くレノをザックスは手を振りながら見送った。


「絶対に帰る…」
 ザックスはマテリアをズボンの中に仕舞うと、細い鉄の武器をギュッと握る。
 一番の目的はエヴァンともう1人いるという仲間の気を引き、コックピットから離すこと。最低でも10分。
 だが、それと同時にこの行動の目的が何かを聞きたい。そして、全員でミッドガルへ帰るのだ。
「よし、行くか!」
 ザックスはそう気合を入れると、自分が閉じ込められた部屋のハッチに手をかけた。


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