■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 04 

  
 
「…ぅ…ん…」
 ザックスは重い瞼を開き、暗くぼやけた視界に数度瞬き頭を振る。
「ぃ…てぇ…」
 そして身体の節々に感じる鈍い痛みに身を捩り身体を起こすと、ジャラリと足元から響いた重い鎖の音に視線を向けた。
「うわ!なんだこれ…」
 ザックスの右の足首には鉄の輪が嵌められており、そこから伸びた鎖は壁にある無数のパイプに堅く括り付けられている。
 辺りを見回すと部屋の中は天井が低く、床と言うよりも通路と言った方がいいほど狭い密閉空間だ。窓も無く、天井と壁にはいくつものパイプとバルブがビッシリと張り巡らされており、そのあらゆる機器はまるで人間の臓器のように複雑に絡み合い稼動している。出入り口にあたる特長のある丸い形状のハッチとバルブは、見るからに艦隊のソレだった。
「何ここ?…船?」
 ザックスがキョロキョロと辺りを見回していると、頭上から飄々とした声が聞こえてきた。
「これは調査用の潜水艦だぞ、と」
「?、潜水艦?」
 声の方向を見上げると、そこには機械と天井の間に野良猫のようにふてぶてしく寝そべってる赤毛の少年がいた。
「…ダレ?…えと…」
「タークスだ。運がいいな最弱ソルジャー。地獄に仏の登場だぞ、と」
「タークス?」
 鎖を揺らしザックスは立ち上がると、機械に飛びつきしがみ付くようにしてなんとか上に顔を出す。かろうじて見えた視線の先には、機械の上で肘を突き頭を支えるように寝そべったままの少年が、面白そうにザックスを見下ろしてした。
 真っ赤な髪に、特徴的な目の下の赤い刺青。着ている漆黒のスーツは確かにタークスの制服だ。
 ザックスは頭の中のデータからその顔と名前を探し出す。
「『タークスのレノ』」
「正解。タークスの”レノ様”だ」
 鼻高々に名乗る少年はタークスの黒スーツを着てはいるが、頭にゴーグルをつけたりネクタイをしていなかったりと、どこか青臭い反抗感がある。タークスという特性上、顔と名前以外の情報は開示されてはいないが、一見した所かなり若く、ザックスと歳も近そうだ。
「なぁ?タークスって神羅の特殊工作員だろ?なんでここにいんの?俺くらいの歳そうに見えるけど、いくつ?」
「……。…お前…自分の立場分かってんのかよ」
 レノは何の屈託もなく尋ねてくるザックスに呆れたようにつぶやいたが、ザックスはそれを別段不快に思うことなく、素直に首を傾げた。
「うーん…この現状だともしかして誘拐か拉致…? おしおき…とかじゃないよな?俺、悪い事してないし」
 ジャラジャラと鎖の付いた足をプラプラさせ、不便さをアピールするザックスにレノは絶句する。
「…おしおきって発想があんのがすげーよ…」
「子供の頃、よく悪戯をしてはかーちゃんに閉じ込められたからさ。でもさすがに鎖は無かったけどな…。…ていうかさ、自主トレに付き合ってくれるっていうから場所を移動してたら、急に薬を嗅がされたんだ。抵抗したんだけど気ィ失っちゃってさ…で、気が付いたらコレ。どういうことだろう?俺の方が聞きたい…」
「…ふぅーん…」
「何か知ってんなら教えてくれよ。やったのは俺の先輩ソルジャーなんだ、でも悪い人じゃない。何かに困ってんなら、俺手伝うし!」
「バカか!お前は!」
 突如ふり回されたレノの足がザックスの鼻先を掠め、ザックスは寸での所で危険を回避する。
「あっぶね!何すんだよ!」
「そんなんだからあっさり騙されんだよ!ちょっとはそのスッカスカな頭を使え!」
「スッカスカってなんだ!俺、記憶力はいい方だぞ!」
「そんな話してんじゃねーよ、バーカ!」
「なにおう!」
 たまりかねたザックスがレノに飛びかかり、狭い室内にジャラジャラと鎖の音を甲高く響かせる。その瞬間、ガチャリとハッチのバルブが回った。
「あ」
 ザックスがそれに振り向いた時、レノは瞬時にどこかにその姿を隠し気配を消す。
 タークスというだけある、プロの身のこなしだった。
 

「気が付いたかい?元気なのはいいけど、少し騒がしいよ。ザックス」
 現れたのは優しげな細い目が印象的な赤茶色の髪をした2ndソルジャー、エヴァン・オレスだった。
「エヴァン…」
「ここは海の底だから、静かにね」
 と、口元に人差し指を立て優しく伝えてくる様子は悪意のカケラもない。ザックスが知っている、見た目のそのままの人畜無害そうなソルジャーだ。
 そのソルジャーが、機械に乗りかかっていたザックスのわき腹に手を添えると、そのまま静かに床へと下ろす。だが、足についた鎖には何も触れない。その事にザックスは首を傾げた。
「鎖は取ってくれないの?」
「この潜水艦は構造が複雑でね、逃げられたら追いかけるのが大変なんだ。だからここで、大人しくしていて欲しい」
 言葉の中に『ザックスが逃げ出してもおかしくない状況』と『それを決して許さない意志』が含まれ、ザックスは自然と身を堅くする。
「…なぁ、エヴァン。なんで潜水艦?どこ行くの?」
「うーん、どこだろうね…」
「俺も行かなきゃいけないの?」
「ああ、その方がいい」
「どうして?」
「そうだな、その方が幸せ…だからかな」
  何か思う事があるように、ザックスの質問に明確な答えを出さず、のらりくらりとかわす。それは曖昧な答えしかもっていないのではなく、答えを言う気がないためだ。ザックスもそれは肌で感じられた。
「俺は、アンジールの所に帰りたい」
「……」
 ザックスが自分の意思をハッキリ伝えると、エヴァンは黙った。
「俺、もっと訓練しなきゃいけないし、覚えなきゃいけない事も沢山ある。まだやらなくちゃいけない事がいっぱいあるんだ。そうやって、早くセフィロスに追いつかなきゃいけない。セフィロスが待ってるんだ、俺、もっと頑張らないと…!」
「そうか……」
 エヴァンは必死に訴えるザックスの頭に手を乗せると、髪を撫でた。丁寧に、何度も何度も。
「可哀想にな…ザックス。だか、もういい。もう、いいんだよ。もう、そんな事しなくていいんだ」
「…え?」
「俺達はもう神羅には帰らない。神羅から開放されて、自由になるんだ…永久にね」
「?、…それって、どういう…」
 一瞬言葉の意味が飲み込めずにいたザックスをエヴァンは優しく撫でると、黙ったまま背を向ける。
「なぁ!エヴァン!永久ってなに!?エヴァン!!」
 そのままザックスの問いには答えず、エヴァンはハッチを潜るとバルブを固く閉ざした。



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