■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 03 

 

 「ザックスがいなくなったというのは本当か!」
 足早に執務室に戻ってきたアンジールを、カンセルは申し訳なさそうに頷いて迎えた。
「はい。どうやら1時間前に俺が見かけた直後に姿を消したようです。ソルジャーフロアから2ndソルジャーと2人で楽しそうにエレベーターに乗りこんで行った姿を見かけた者はいましたが、一緒にいたのが誰でどこへ向かったかまでは分かっていません。その時間の監視カメラも障害により作動されていませんでした。それからこれを…」
 簡潔に情報を述べた後、カンセルは手にしていた携帯をアンジールへと渡す。それは、2つにへし折られたソルジャー用の携帯だった。
「データを復旧してみた所、どうやらザックスのもので間違いありません」
「これはどこに」
「ソルジャー用の非常通路、G-3d付近で発見されました。おそらくどこかのフロアから移動し、ビルの外へ出た―――と、考えて間違いないでしょう」
「復旧したデータを見せてくれ」
「こちらです」
 カンセルが差し出したデータチップを受け取ると、アンジールはそれをデスクのコンピュータにセットし画面に映す。そこにはザックスの日常の写真と共に、今までセフィロスに送っていたであろういくつものメール、そして、最新のものとして音声データが残っていた。
 アンジールがその音声データを開くと、そこにはどこかの場所で乱闘する音と共に、微かだが数度の篭った声が録音されていた。時刻はザックスが消えたと思われる1時間前。おそらくは非常事態を知らせるためにザックスが急遽録音したものに間違いはない。
「カンセル、この中にある声紋を解析。ザックス以外のものがあれば、連れ出したソルジャーのものに間違いはない」
「了解」
 アンジールがデータをダウンロードしチップを再びカンセルへと手渡す。するとそこに来室を告げる電子音が鳴り、漆黒のスーツに黒髪を結った男が入ってきた。タークスのツォンだ。

「ツォンがここに来るとは珍しいな、どうした」
「ザックスが拉致されたと聞いた。犯人は分かったのか」
 手に書類を持ったままコツコツとアンジールとカンセルのもとへと歩いて来る。その様子は『ただの心配』とは違う様相だ。
「情報が早いな…。まだ確定はしていないが、ソルジャー2ndである事は間違いなさそうだ。ザックスが素直について行ったのなら、おそらく素性が明確でザックスに好意的に接していた誰かだろう」
「つまり彼は“知らない人にはついて行かない”と?」
 まるで幼い子供につけた躾のような理由にツォンは可笑しそうに笑った。だが、アンジールはいとも当然のように真顔で答える。
「当然だろう。その為にザックスには神羅関係者全員のデータを覚えさせた。警戒すべき相手を間違えさせるわけにはいかない」
「神羅の関係者全員を? あなたがか?」
 ツォンは驚き、目を見開く。意外なのはその膨大な量もさることながら、それをアンジールがさせていたという事だ。その反応にアンジールは渋い表情を見せた。
「…なんだ」
「…失敬。意外にスパルタだったんだな…」
 てっきり甘やかしてばかりいると思っていた…という言葉を暗に飲み込みツォンは視線を泳がせる。その様子に堪えきれないとばかりにカンセルは小さく噴出すと、ツォンにアンジールのデスクの上にあった画面を軽く指先で突いて見せた。
「問題ないです。甘やかしているのは本当なんで」
 ツォンがそこに視線を落とすとそこには、沢山のザックスの写真が写っていた。アンジールやジェネシスと一緒に写っているもの、大きなケーキを食べているもの、変な髪形にして遊んでいるもの、泡風呂であひるの人形と遊んでいるもの。その様々な何でもない日常は、どれも楽しそうなものばかりだ。
「…なるほど。噂以上だ」
 これにはツォンも納得したように小さく笑う。そして分が悪くなったアンジールは、あからさまに咳払いをするとカンセルをシッシッと手で追い払った。
「いいから、お前は早く行け」
「了解。解析出来次第すぐに報告します」
 クスクスと笑いながらカンセルが執務室を出て行くと、それを見送ったアンジールは画面からデータを消し、真顔に戻ってツォンへと向いた。

「…タークスが出てきたと言う事は、例の事件と関係があるのか?」
 本題に入った話にツォンの顔も引き締まる。
「…事件当日、毛布で包んだ大きな何かを担いだまま列車墓場に入って行くソルジャーの姿をスラムの者が目撃していた。その列車墓場を調査した所、見つかったのがコレだ」
 そして手にしていた書類をアンジールのデスクへと置く。一番上にあったのは、ドス黒く乾いた血の痕がこびりついた毛布の写真だった。その周囲には水や食料など、何かがいた痕跡が散乱している。
「この血痕を解析した所、この連続事件の被害者のDNAが検知された。そして、同様に毛布やその周囲の残留物から、この2ndソルジャーのDNAが一致した」
 言葉に合わせ、一番上にあった資料を避ける。するとそこには優しげな細い目をした赤茶色の髪のソルジャーのデータがあった。その写真にアンジールは眉を潜める。
「エヴァン・オレス」
「知っているのか?」
「同じソルジャーだからな。だが、奴はどちらかと言えば控えめなタイプだ、これと言った問題行動も起こした事はない」
「だからと言ってこれからも起こさないとは限らない。データは確かだ」
「……」
 ツォンの断言にアンジールは苦渋の色を浮かべる。だが、言っている事はツォンの方が正しい。
「エヴァン・オレスは3ヶ月前のミッションで、当時一般兵だった弟を失っている。以来、歳の若いザックスの事も弟のように親身になっていた。先ほどの条件で言えば『ザックスが素直に付いて行く人間』だな?アンジール」
「……」
 一抹の不安を拭う為に、アンジールは携帯を取るとエヴァン・オレスに電話をかける。だが、その番号は電源停止のため不通となっている事がわかると、すかさずカンセルへとかけ直した。
「カンセル。声紋解析はエヴァン・オレスを最優先。同時に、足取りの調査してくれ…そうだ、頼む」

 そして電話を切ると、アンジールは改めてツォンへと顔を向けた。
「…それで? タークスが自ら情報を開示する以上、何か交換条件があるんだろう?何が望みだ?」
「察しがいいな。実は頼みたい事がある」
「頼み?」
 ツォンは頷くと、1枚の写真を胸ポケットから取り出した。
「我々の所にも手のかかる子供が1人いる。それの行方が分からなくなった。…だが、ザックスの近くにいる事に間違いは無い。一緒に、救出を頼みたい」
 そしてアンジールに差し出された写真には、ザックスと歳の近い赤い髪をした生意気そうな子供の姿が写っていた。
 


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