■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 02 

  

 ザックスがソルジャーになってから半年が過ぎようとしていた。

 科研のフロアが全壊した事件は『ホランダー博士による一時的な奇行が招いたサンプル達の暴動』として片付けられ、その結果、宝条に更迭されたホランダーはミッドガルから姿を消しどこかの研究施設へと送られた。
 実際の破壊の主犯であるアンジールはそれに複雑な表情を浮かべたが、ホランダーの姿が消えたことにいちるの安堵を覚えたのも、また事実だった。
 だが、フロアが全壊したとて現状がが打破される事はない。
 破壊されたフロアは神羅により瞬く間に修復され、ザックスへの実験もすぐに再開された。ホランダーがいない今、あれほどえげつない実験を行う科学者はいないが、だか変わりにその穴を埋めるように繰り返し細かく行われるようになった数多くの実験はザックスの身体を確実に蝕み続けている。

「いっただきまーす」
 食卓に並んだ朝食に目を輝かせると、ザックスはトーストの上にハムとスクランブルエッグを乗せ頬張りつく。それを咀嚼しながら大きなソーセージにフォークを刺し、さらに頬張る。
「もう少しよく噛んで食べろ」
「はっへ、おははすいはひ、うはいもん(だってお腹空いたし、美味いもん)」
 そう言いながら早くもオレンジジュースで飲み込むザックスにをアンジールは目を細めて見た。
 元気な時のザックスは本当によく食べ、よく動き、よく眠る。通常、これだけの事をすればソルジャーの身体はどんどん大きくなるのだが、ザックスの身体は出会った頃よりも細く小さくなった。
 月の半分以上を科研で過ごしているのだ、成長のしようがない。ギリギリで生きている。そう言っても過言では無いほどだ。
 半年が経った今では通常のソルジャー訓練にもついていけない程大きく出遅れ、ザックスは現在『最年少、最小、最弱』の汚名を被っている。もっとも本人はそれに潰される事なく、逆にバネにしようとしている所が唯一の救いではあった。
 
「あんひーる、おうはふんれんへひる?(アンジール、今日は訓練できる?)」
 モグモグと口を動かしながらザックスが質問する。同じ3rd達の訓練について行けなくなったザックスは、単独のプログラムをこなさなければならない。アンジールはその指導にあたっているためだ。
「話す時は飲み込んでからしゃべれ。 それが緊急の会議が入った…今日も難しいかもしれないな」
 そうして渋い顔をするアンジールに、ザックスは口の中のものを飲み込むと首を傾げた。
「また会議?最近連続だね、例の『ソルジャー狩り』の件?」
「まぁ、そうだな」
 頭の痛い問題だとばかりにアンジールはため息をつく。
 通称『ソルジャー狩り』と呼ばれるその事件は、ここ最近ミッドガルで連続発生しているソルジャー噛殺事件の事だ。事件発生はほぼ深夜。目撃者はおらず、どうやら1人になった所を襲われたと見られているが、遺体に残った歯型や現場の痕跡からは過去のモンスターデータに該当するものはおらず、まだ犯人の特定には至っていない。
 新種のモンスターか、あるいはそれに似せた何かなのか…。まだ事件は何も突破口を見出せずにいた。
「だが、何があっても何とかしなくては。せっかく外に出られたセフィロスを早々に引き戻すわけにはいかない」
「俺、手伝うよ!」
「そうだな、その時は頼む。それまでは自主トレをしなから待機をしててくれ。くれぐれもひと気の無い所で1人にはなるなよ?」
「りょーかいっ!」
 ザックスは左手で敬礼をすると、右手に持った残りのトーストをパクンと口に入れた。




「やっ!はっ!たぁ!」
 人もまばらなソルジャーフロアにまだ声変わり前のザックスのかけ声が響く。その高い声に、書類を見ながらフロアを歩いていたカンセルは顔を上げた。
「ザックス?お前そんなとこで何やってんだ?」
 カンセルの声に、ソルジャーフロアの片隅で拳を構えながら体術の型を練習をしていたザックスは嬉しそうにパッと表情を輝かせた。
「カンセル!」
「おぅ。で、何やってんだ?」
「トレーニングしながらアンジール待ってんの。まだ、会議中なんだ。やぁ!」
 言いながらカンセル目掛けて拳を突く。それをカンセルは手の平で軽く受け止めた。
「それは分かるが、なんでこんな所でやってんだ?トレーニングルームはどうした」
「今、他の皆が使ってるんだ。俺が入ると邪魔になるからさ。たぁ!」
 そして蹴りあげた足を、カンセルはまたもや軽く受け止める。続いて、さらに上に蹴り上げろと言わんばかりにザックスの目の頭上に手を上げた。ザックスはそれを見て腰を落とす。
「なるほど。お前も気を使うな」
「仕方ないよ。俺、まだ弱いもん。ヤァッ!!」
 ザックスは勢いをつけて飛び上がると、回し蹴りでカンセルの手にヒットさせた。そして、勝気な笑顔でニッと笑う。
「でも絶対に追いついてみせる!」
 そんな負けん気の強いザックスにカンセルは口元を緩ませた。
「ついでに抜かしてこい。3rdなままじゃ英雄の手伝いも出来ないぞ」
「りょーかーい! な、カンセル、時間ある?アンジールの会議、なかなか終んないんだ。トレーニング付き合って!」
 雑談をしながらも付き合ってくれたカンセルに気を良くしたザックスが顔の前に手を合わせて強請る。が、カンセルは申し訳なさそうに首を横に振った。
「そうしてやりたいのは山々だが、サー・アンジ-ルに頼まれた仕事がまだ残ってる。悪いな、付き合ってやれなくて」
「アンジールの手伝い?例の事件?」
「ああ、色々とな。サーはまだ暫く忙しくなると思う。ザックスはその間、大人しくしているんだぞ?」
「うん、分かった。他を探すよ。それまでは1人でトレーニングしてる」
「そうだな。お前、友達が増えたもんな」
「へへ、まぁね」
 人懐こく、素直で明るいザックスは妬まれる事も多いが、それ以上に友達が出来るのも早い。それは、まさしく一種の才能だ。
「でも今は厄介な事件も起きてるからな。いい子にしてろ?」
「はーい」
 ザックスはニコリと笑うとそのまま仕事に向かったカンセルに手を振って見送った。
 ソルジャーフロアには再びザックスの声が響き始める。
「やっ!はっ!たぁっ!」


 だがしかしその数分後、ザックスの姿はソルジャーフロアから忽然と消えていた。



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