■ After The Battle 
第一章 
第5話 終焉の月 01 

  
 
 朝日が昇り夜の闇が消え始めた頃、神羅の発着場には一台の飛空挺が待機音を響かせ、これからミッションに出立する主の到着を待っていた。

 カツンと靴音を鳴らし、その発着場へとセフィロスが立つ。
 久々の風が銀の髪を梳き、まだ柔らかな朝日を反射する。彫刻のような胸を動かし外気を取り込めば、キンと冷えた空気が体内に広がるのを感じた。
 生きている。
 素直にそう感じるこの感覚は、まだ自分が人である証だ。それを感じられる内はまだ大丈夫だと、心の隅で自分に語りかけた。
 まだ待たなくてはならない。ザックスを、あの約束を―――。それまでは決して宝条の道楽などに負けるわけにはいかない。
 セフィロスは気を引き締めゆっくりと瞼を開く。と、そこへ、セフィロスに応じるようにコートの中の携帯の振動音が鳴る。黙ってフリップを開くと、そこにあったメールの内容に僅かに口角を上げた。
「どうした?」
 後から続いて来たジェネシスが声をかけると、セフィロスは携帯の画面をジェネシスへと向ける。そこには、ボサボサ頭と寝ぼけ眼なままベッドの中から手を振るザックスの、少しピンボケな自撮り写真が映しだされていた。
「子犬か…なんだこれは」
「慌てて撮って送って寄越したんだろう。『行ってらっしゃい』という意味らしい」
 呆れるジェネシスにセフィロスは、クク…と小さく笑いながら答える。
「どうやら、ザックスには常に俺がいる方角が分かるようだ。科研から移動したのに気がつき、急いで撮ったのだろうな」
「そういえばアンジールがそんな事を言っていたな…。"分かる"とはどういう事だ?子犬にはレーダーのような勘でもあるのか?」
「さぁな。科研も興味を示したが正確な所は不明なままだ。臭覚や地磁気、方向細胞…様々な仮説は出来るが、そのどれもまだ証明には至っていない」
「なるほど、つまりは犬の帰巣本能と一緒というわけか…。ならば証明はされた。"コイツは本物の犬だった"という事だ」
 携帯の画面を指差しピシャリと言い切ったジェネシスに、セフィロスはフリップを閉じ喉を鳴らしながら笑った。
「犬でもいいさ。ザックスがザックスなら」
「…もの好きめ」
 そうして2人が向かった先、待機していた飛空挺は発進準備のエンジン音へと切り替わっていった。



「いってらっしゃーい」
 ベッドの中から天井の遥か先の上空に向かって手を振っていたザックスは、全身を伸ばすと「ん~ッ!」と思いっきり伸びをする。
 するとコンコンと軽くドアを叩く音がし、そこからアンジールが顔を出した。
「起きたのか?ザックス」
「うん。はよー、アンジール。セフィロスが移動したから目が覚めた。どっか行くの?ミッション?」
「ああ、ミッションだ。今回はジェネシスが付いている」
 コツコツと近寄ってくるアンジールにザックスはニッコリと笑った。
「そっかー。また、少しのんびりして来れるかな」
「そうだな、そのつもりだろう」
 そしてアンジールはサイドチェストから体温計を取り出すと、ザックスの脇の下に当てた。
「少し動くなよ」
「はーい」
 現在、宝条に囚われているセフィロスだが、ラザードの働きかけにより時にはミッションへと赴くようになった。そしてそのミッションには必ずジェネシス、もしくはアンジールが同行し、あえてミッションの期間を引き伸ばしてこなす。
 毎回期間が延長される結果に会社からは『アンジールとジェネシスはセフィロスの足を引っ張る役立たずの1st』と汚名を着せられはしたが、2人はそんな事を意に介しもしない。
 全ては、少しでも宝条の元からセフィロスを離し、精神の安定を図らせる為。そのためならば会社からのマイナス評価など痛くも痒くも無い。それが、セフィロスとザックスを守ると決めた2人の覚悟でもあった。

「なぁ、アンジール。セフィロスは無事?元気にしてる?」
「ああ、なんとかな。いつもお前からのメールを楽しみにしているそうだ。見ると元気が出ると言っていたぞ」
「マジで?!やった!」
 ピピッと小さな電子音が鳴り、アンジールは体温計を取り出す。
「よし、熱も無し」
 アンジールが大きな手をザックスの額に乗せ、最後に顔色を確認する。
「顔色も大丈夫だな。よし、飯にしよう」
「おなかすいた!」
 毎朝の日課を終え、ようやくお許しの出たザックスは勢いよくブランケットを剥ぐと共に、離れて行こうとするアンジールに腕に捕まり「エヘヘ」と悪戯っぽく笑う。その意味を察したアンジールはニンマリと笑うとザックスを腕に付けたまま勢いよく振り上げた。
「1人で起きろっ!」
「うひゃぁーー!」
 アンジールの腕を軸に小柄なザックスの身体は簡単に宙に飛びあがる。そのままぶら下がるようにベッドに着地すると、ザックスは満面の笑顔で笑った。
「おもしろい!もっかいやって!」
「また明日な。スープを温めておくから早く着替えて来い」
「はーい」
 キャッキャと喜ぶザックスの頭をひと撫ですると、アンジールは先に部屋を出る。そしてそのドアを閉め際、着替える為にシャツを脱いだザックスの背中に書かれた文字を視界に捕らえると、それまでの穏やかな表情に一瞬の陰りを見せ、そのまま黙ってドアを閉めた。



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