■ After The Battle 第一章 第4話 黄泉の密約 10 |
「良かったのか?」 「…ああ」 「少しくらい会ってやっても良かっただろう。まさかそれも禁止されているのか?」 2人だけが残ったフロアでジェネシスは、自分の両目を片手で覆い隠すセフィロスの後ろ姿に話かけた。 先ほどまで被っていた黒いマントはザックスを包むのに渡してしまった。今、セフィロスの視界を遮るものはない。 「禁止はされていない…が、一度でも触れれば、二度と離せなくなりそうだ…」 「――……ッ」 「俺はどうしてもザックスの全てを手に入れたい…。…あと1年くらい、堪えるさ…」 「そ…、そぅ、か…」 感情の抑揚が少ないセフィロスからとは思えない情熱的な発言に、ジェネシスはなんとも言えないムズ痒さを覚え顔を逸らした。 全くこの男は熱の篭った声で何を言い出すのか…。だがそんな浮わついた空気も、セフィロスから出た続きの言葉に掻き消える。 「それに、今の俺には何も見えない」 「?、見えない?」 ジェネシスはセフィロスの前に回ると覆い隠した手を僅かに避け、その中の瞳を覗き込んだ。 開いた瞼は固められたように細かく痙攣し、小さく萎縮した瞳孔は焦点を定めない。寄せられた眉は、確かに辛そうに歪んでいた。 「…閉じられないのか?」 「ああ。僅かな明かりが眩しすぎる…光の中というのはなかなかキツいな…暗闇にいる方がマシだ」 「まったくアンタは…」 ジェネシスは呆れたようにため息をついた。 アンジールによって破壊されたこの部屋には非常灯が微かに残るほどの明るさしかない。普通の人間ならば足元を見失う暗さだ。 にも関わらず、この灯りさえ眩しく感じる程の視細胞の異常に加え、瞼を閉じられない多大なストレスをかけられた中、あれほどの刀捌きを見せたのだ。この男の強さは計り知れない。 「待ってろ」 ジェネシスはそう言うと、レイピアを己のコートに突き刺し、そのまま一直線に切り裂く。そしてそれをもう一度繰り返すと、細長い布を切り取った。それをセフィロスの目に当てる。 「この方がいくらか楽だろう」 そうして結ばれていく目隠しに、セフィロスはホッとしたように安堵の息をついた。 「すまない、助かる…」 「アンタといい子犬といい、あまり俺に世話をやかすな。こういった事はアンジールの役目だ。俺は柄じゃない」 文句を言いながらも動かす手は丁寧だ。ジェネシスはやる事の善意さに反比例するように言葉にトゲを持つ。そんなジェネシスの悪癖にセフィロスは微かに口元を緩めた。 「そうでもない、2人はよく似ている」 「?俺とアンジールが?どこがだ。似ても似つかないだろう」 「外見ではなく、もっと奥深い所だ。2人は同じ場所にいる…」 「同じ場所?」 目隠しを結び終えたジェネシスは、セフィロスの比喩に首を傾げた。 感覚的な表現は受け取り側によって意味が変わる。ジェネシスが感じるそれと、セフィロスが言うそれが同じとは限らない。が、不思議と否定する気にはなれなかった。 「…分かるような…気はするが…」 「俺もザックスとそうなる」 「あの子犬と?」 「そうだ」 そう言ってセフィロスは自慢気に口角をあげる。その潔いほどの確信にジェネシスは折れ、仕方なさそうに眉尻を下げた。 「…分かった。楽しみにしておいてやる」 セフィロスはそれに満足したように頷くと、「これをザックスに渡してくれ」と、ジェネシスに小さな粒を差し出した。先ほど使ったマテリアの核だ。 「これは、唯一ザックスを治癒できるマテリアだ。科研に取り上げられれば、今度こそザックスは終わる。誰にも気付かれないよう、使い方を教えてやってくれ」 マテリアで回復できないことが知れ渡っている以上、不自然な回復は出来ない。誰にも怪しまれない為には、最低限の使用とコントロールが必要になる。その実力をザックスに叩き込まなくてはならない。 ジェネシスはそれを受けとるとニヤリと口角をあげた。 「いいのか?俺はスパルタだぞ?」 「構わない。俺はザックスを甘やかしたいわけじゃない。早く俺に追いつけるよう、鍛えてやってくれ」 それだけ言い残すと、セフィロスは再び踵を返す。宝条のラボへ帰る為だ。その背にジェネイスは名前を呼びかけた。 「セフィロス。……死ぬなよ」 セフィロスはそれに黙って頷くと、闇の通路を歩いて行った。 ・ ・ ・ セフィロスが向かう先、多くの特殊な機器に囲まれたラボには、厚いレンズのメガネをかけた小柄な男が、携帯を通し誰かと話をしていた。 「クックック…ホランダーのサンプルのせいで施設が壊滅か。滑稽…、実に滑稽」 耳障りな引き笑いと、他人を蔑む言葉。丸まった背とだらしなく伸びた長い髪の合間から覗く陰湿な上目使いは、科研の統括、宝条だ。 「…構わん、全てをホランダーの失態にすればいい。あの男には別にやらせる事がある、更迭するには良い口実だ…」 『 』 「ほぅ…乱心したサンプルを見逃してやるだけでも有難いというのに、さらにセフィロスを貸せ、と? ずいぶん、図太くなったものだ…私と対等だとも思っているのかね。それとも…、そこはセフィロスがいないと任務もままならん程、能無しの集まりか」 『 』 「まぁ、いい…。譲歩してやろう。ただし…、これからも有益な情報は提供したまえ。セフィロスがまた何かに執着した時は、必ず連絡をすることだ…、 分かっているな……ラザード」 宝条は相手の返事を聞くと携帯を切り、警備カメラを見上げた。そこには、目隠しをしたまま迷う事無く通路を歩くセフィロスが写っている。 「クックック…お前の動向は常に監視下にある。好きなように動くがいい…そして完成体となるのだ、私のかわいいサンプルよ……クク…」 セフィロスの視界は今、闇に閉ざされている。 その闇の先には、深い黄泉の世界が広がっていた。 ・ ・ ・ |
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