■ After The Battle 
第一章 
第4話 黄泉の密約 08 

  

「セフィロス、教えろ。この子犬は何者で、お前がそうまでして拘る理由は何だ」
 改めて聞かれたジェネシスの問いにセフィロスはわずかに顔を上げ、そしてゆっくりとポッドに近づきその中に浮かぶザックスを見上げた。
「ザックスが何者かは分からない…。記録上はどこにでもいるただの子供だ。だが初めて会った時、ザックスは魔晄の中で泳いでいた…本人に自覚は無いようだったが、何かが違うのは確かだな」
「泳ぐ?魔晄の中を?」
 ジェネシスは首を傾げ、怪訝そうに眉を寄せる。
「ああ…。楽しそうに、泳いでいた」
「バカを言うな。普通の人間にそんなマネが出来るものか。何かの見間違いだろう」
「俺も始めはそう思ったが…、ザックスが潜っていたのは俺達が6年前に調査に向かったゴンガガエリアの魔晄の泉だ。…あそこは極めて純度の高い高濃度な魔晄だった。2人共覚えているだろう」
 アンジールとジェネシスは互いに目を合わせた。
 確かに覚えてはいる。もとより完全記憶能力をもつ身なのだ、忘れるはずもない。
 なによりも、アンジールにとってはセフィロスの嬉しそうな笑みを見た唯一の場所だ。印象は強い。だが…
「やはり、あの時のお前はザックスに会った後だったんだな。しかし、あの魔晄の中をザックスが…?」
 普通の人間ならば泳ぐことはおろか、直接触れることすら出来ない天然の高濃度な魔晄。神羅のソルジャーですらそこまで高濃度のものには触れない。それほど人体には危険なものなのだ。
 にもかかわらず幼い子供が楽しそうに泳ぐなど、到底ありえる事ではない。
「どういう事だ?異常なまでの魔晄耐性を持った突然変異とでもいうのか…?おい相棒、子犬から何か聞いていないのか」
「いや、それに関しては何も…。どうやら確認する必要がありそうだ」
 顎に手を当て考える2人の傍らでセフィロスはザックスを見つめる。
『綺麗な歌が聞こえる』と、ザックスが嬉しそうに話していた泉も今は炉の中に閉じ込められ、神羅のエネルギー源となっている。ザックスが二度とそこに行ける事はない。

「そうしてくれ。セフィロス、お前がこの子犬に拘る理由がそれか?」
 ジェネシスに再び話をふられ、セフィロスは遠見から意識を戻すように頭を振った。
「違う…これはあくまでも付随した力だ。神羅はこの耐性の高さを大きく評価していたが、俺にとってはどうでもいい。そんなものより、俺は……」
 しかし続く言葉がすぐには出ず、セフィロスは自分の中に言葉を捜した。
 セフィロスの脳裏に常に浮かぶのは、あの幼かった頃のザックスの姿だ。
『一緒にあそぼ』と強請り、無邪気な笑顔で柔らかく小さなキスをくれた。巨大な空洞のように抜け殻だった自分の中に、一縷の水が流れたような気がしたのだ。
 あの心地良さが何という名なのか、セフィロスは知らない。
「何を、どう言えばいいのかは分からない…これは俺の知らない衝動だ。ただ、どうしても…ザックスが欲しい。その為に6年も待った、惜しむものは何も無い」
「…ザックスと似たような事を言うんだな」
 アンジールはいつかザックスから聞いた言葉を思い出していた。
 金や権力も関係ない。セフィロスが英雄であるという認識でさえ、ザックスには二の次だ。
 間にある障害の高さに惑わされる事もなく、まるで何か強力な運命でもあるかのように引き寄せあう。同じなのだ、この2人は。
「…ふぅ」
 一息をつくと肩の力を抜く。
 どうしてそこまで、と思う気持ちもまだどこかにはある。だが、人の心は理詰めでは語れない。そして、そんな人間臭さをセフィロスが持つ事は、アンジールには喜ばしいことでもあった。



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