■ After The Battle 
第一章 
第4話 黄泉の密約 06 

  
 その、思いも寄らなかった旋風に、アンジールとジェネシスはその起点に目を向ける。そこにはホランダーを庇うように黒いマントの男が立っていた。
 放物線状に拡散された赤い血肉の中心に立ち、慣れた手付きで長刀の血のりを振り払う。長い手足に黒い皮のコート。深くフードを被っているため表情は分からないが、そのマントから覗く長い銀髪は間違えようもない。セフィロスだ。
「セフィロス!お前、今までどこに…!」
「……」
 アンジールはすぐに問いかけたがセフィロスはそれにはすぐに答えず、視線を足元へと落とすとそこに倒れている瀕死の科学者に手の平を向けた。
 やがてその手からあふれる緑色の光に、ホランダーの傷は見る見るうちに治癒していく。その様子にジェネシスはおもしろく無さそうにした舌打ちをした。
「チッ、余計なことを」
「…この男にはまだやらせる事がある。殺さずにおけ――との、命令だ」
 やっと開いたセフィロスの口は、淡々とした口調だ。
「命令?誰からのだ」
「…宝条だ」
 その名にジェネシスは皮肉気に笑い、アンジールは目を見開いた。
「どういうことだ、セフィロス。何故、お前が宝条の命令をきいている」
 アンジールに再び問われ、セフィロスは戸惑うように俯く。
「セフィロス!」
 しかしアンジールに一喝されると、ついに観念をしたようにゆっくりと口を開いた。
「俺が、…宝条占有のサンプルだからだ」
「何…」
「俺はずっと宝条のラボにいた。今の俺は、宝条を楽しませるただのサンプルでしかない」
「…っ…」
 自傷する言葉すら淡々と告げるセフィロスに、アンジールは驚きのあまり一瞬言葉を失った。


「何故だ…」
 アンジールは、振り絞るような声を出す。
「もう昔のお前じゃない。今頃になって宝条の言いなりになる理由は何だ」
 アンジール自身がホランダーに対しそうであるように、セフィロスもまた実の父である宝条を嫌悪している。宝条もまた、セフィロスを己の作品とし執着するためだ。その異常さは、ホランダー以上と言っていい。
 その宝条の元、神羅で生まれ育ったセフィロスは心を閉ざしたまま生きてきた。アンジールとジェネシスに出会う事によって、ようやく自我が芽生えたのだ。科研のやみくもな実験を拒否する事で、セフィロスはようやく『自由』を手に入れた。
 そんなセフィロスが何故今頃になって再び宝条に占有されるのか…。苦難を見てきたアンジールには容易に信じられることではなかった。
「……他に、無かった」
「何?」
「ザックスを奪われない方法が、他に無かったからだ」
 だがその理由に、アンジールは尚も困惑する。
「いったい、どういう事だ。ちゃんと話せ」
「……」
 何故ザックスの事でセフィロスが囚われる事になるのか。理解に苦しむアンジールの前に、セフィロスもまた次に出す言葉に詰まる。
 するとそれに助け舟を出すように、ジェネシスが口を開いた。
「宝条との、密約か?」
「ジェネシス?何の話だ、何か知っているのか」
「落ち着け、相棒。俺が知っているのは調べて分かった分だけだ。後は憶測でしかない」
 ジェネシスはそう切り出すと、手の甲を見せ指を2本立てながら順を追って話し始めた。
「神羅はこの子犬に2つの特例処置を認可している。1つは科研のcode-"D"、そしてもうひとつはソルジャー部門の年齢処置。1人の人間に2つの特例が発生するだけでも異例だが、最も不自然なのはその順番だ。
 この子犬には、code-"D"の契約成立後にソルジャー手術が行われている。一見、科研に目を付けられた哀れな子供をソルジャー部門が引き取ったようにも見えるが、そもそもそれ自体がありえない。神羅にとってcode-"D"とはいわば、科研を手懐けるための『特別な餌』だ。一度与えたそれに対し、後から権利を二分化させ取り上げるなど、科研の機嫌を損ねるようなマネを神羅がするはずがない」
 ジェネシスの指摘にアンジールは小さく唸った。それは、言われてみれば確かな話だ。code-"D"となり『死の宣告』を受けたも同然の子供を助けたいと思うのはあくまでも一個人であり、神羅という組織にとっては何の得もない。
 ジェネシスはそんなアンジールに一瞥すると、話を続けた。
「にも関わらず、その処置は行われた。だとすればそれ相応の理由と利益が神羅にあったと考えるのが妥当だ。…だが、どこをどう調べてもそんなものは存在せず、それらしい痕跡すら無かった。
――とすれば、考えられることはただひとつ」
 ジェネシスは腕を組み一呼吸おくと、セフィロスに視線を向けた。
「『科研を牛耳る宝条がそれを了承した』という事だ。そして宝条がその対価として要求するカードは…セフィロス、アンタ以外には無い」
「……」
「どこか間違っているか?」



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