■ After The Battle 
第一章 
第4話 黄泉の密約 05 

  

 ジェネシスが向かった最奥部は、生物開発の最高峰に当たるサンプルが置かれているフロアにあたる。
 そこに行けば行くほど熱は強くなり、発生源に近づいている事が分かる。その中を躊躇する事なく進み、いくつかの熱で溶解した扉を抜けて行った先、最後に目にしたその光景にジェネシスはいたたまれなさそうに眉間に皺を寄せた。

「…アンジール…」

 炎で熱風が巻き起こる中、そこにはバスターソードを握ったアンジールがただ1人たたずんでいた。
 足元には不自然に身体を捻ったまま白目を向いて倒れるホランダーの姿があり、死んではいないのか部屋の熱に皮膚が焼かれる度に反応し、ビクビクと動いていた。
 それを見下ろすアンジールは凍ったように無表情のまま、ただ、バスターソードを強く握った右手だけが憎しみを堪えきれぬように白く震えていた。
「アンジール…」
 これらの騒ぎが、おそらくはアンジールの暴走だろう事は一目瞭然だった。通常何があっても己を律し、ひたすら耐え忍ぶ男がついにキレたのだ。何があったのかまでは分からないが、ホランダーがそれほどの事をしたのだろう事も察しがつく。
 そんな幼馴染みの痛々しさに、ジェネシスは胸を締め付けられていた。
「アンジール」
 ジェネシスはアンジールに近づくと、その右手に自分の手を重ね言い聞かせるように握り締める。
「止めておけ」
「……」
「その剣でコイツを殺すな。お前の大事な、誇りを汚す気か?」
 ジェネシスの言葉にアンジールはピクリと反応し、苦痛そうに表情を歪める。
「だが…コイツは…」
「俺達がホランダーを殺せばバノーラ村は神羅によって潰される。俺は村も、お前も、失いたくはない」
「……」
 アンジールは黙って目を閉じると、深く息を吐きながら自分を言い聞かすようにうな垂れた。
『耐える』。生きるという事はその繰り返しばかりだ。だが、故郷を人質に取られている以上、それが自分達が置かれている立場なのだ。今はただ、黙って受け入れるしかない。
 ジェネシスはそんなアンジールの頭を引き寄せると、励ますようにポンポンと軽く叩いた。苦難を共にする者の手だった。


 アンジールが落ち着き始めると、やがて周囲の火の勢いも収まり出す。
 それに合わせる様に部屋の隅々にあるいくつものノズルから窒素ガスが噴出し始めた。機器が熱で破壊されているため威力は極端に弱まっているが、これにより酸素濃度は下がりいずれ炎は消えるだろう。
 そんな中ジェネシスは、周囲にあるまだポッドの中に入ったモンスター達を見渡し、何かを思いついたようにニヤリと口角をあげた。
「…殺すのが、俺達でなければどうだ」
「…え?」
 アンジールが疑問に顔をあげるのも束の間、ジェネシスはレイピアを振り上げると次々に周囲のポッドを破壊。中にいたモンスター達を解放して行く。
「さぁ目覚めろ!お前達に復習のチャンスと永遠の安らぎを与えてやる!」
「ジェネシス?!」
 ポッドから開放され、弱弱しく這い上がるモンスター達にジェネシスは次々と回復魔法をかけて行く。
 体力を回復したモンスターは恨みの篭った雄叫びを上げ、目の前に横たわった白衣のマッドサイエンティストに向いヒズメで床を鳴らした。
「行け!形が残らぬほど食いちぎれ!」
「何をする気だ!ジェネシス!!」
「『逃亡したモンスターの数が多く、たまたまその場にいた科学者まで守れなかった』これは『不幸な事故』だ、相棒」
 ジェネシスの悪魔の笑みにアンジールの動きが一瞬止まる。

 これはホランダーを殺すまたとないチャンスだ。

 だが―――、

 たとえ事故だったとしても、ホランダー亡き後、神羅はバノーラ村を開放するだろうか。
「……ッ」
 一瞬浮かんだ希望は瞬く間に消えさり、アンジールは再び暗闇の中へ戻る。何も変わらないのだ。ホランダーの後は誰かがその権利を引き継ぐ。結果は同じだ。
 だがそれでも幼い頃から母を、自分達を苦しめてきたあの鬼がいなくなるならばと、黒い思いがよぎる。そんなアンジールの背後をモンスター達が通り抜けた。

 目を瞑るのはほんの僅かでいい。

 その間に、鬼が消える。

 鬼が、いなくなる。

 ―――が、

 アンジールが瞼を閉じかけた次の瞬間、耳に届いたのは人の血肉を食いちぎる音ではなく、空気を切るように飛んでくる人の気配と、風を切り裂く刃の音だった。



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