■ After The Battle 第一章 第4話 黄泉の密約 03 |
「何がダメだと言うんだ?」 アンジールが苦悩する中、フロアのドアが突然開くとドシドシとした足音を立て、白衣をだらしなく着崩した男が入ってきた。 科学者らしさのカケラもない黄色いTシャツにだらしなく履いたズボンとサンダル。横暴な態度は初めてあった時から変わらない。アンジールが最も毛嫌いをする人物、ホランダーだ。 その存在にアンジールは顔を顰め、あからさまに不快感を露にする。 「…何のことだ」 が、アンジールのそんな態度などどうとも思わないとばかりに、ホランダーは鼻を鳴らし口元をゆがめた。 「惚けるな。たがが蘇生処理に四六時中付き合うとは、このサンプルには随分とご執心じゃないか」 そう言いながらホランダーは満悦そうに顎の髭を撫でる。 「アンジール。理由は何だ?お前はこのサンプルに何を感じる」 「アンタには関係ない」 だがアンジールはその声を聞くのも煩わしいとばかりに視線を逸らした。 「俺の質問に答えろ。村がどうなってもいいのか?」 「……」 三流の脅し文句だが、アンジールは眉を顰め沈黙した。 ホランダーはアンジールの故郷であるバノーラ村に対し多大な権利を持つ。ホランダーの言葉ひとつでそこに住む住人の命もろとも村は消滅するのだ。常識では考えられない愚弄な行為だが、それが神羅の支配下にあるという村の現実だった。 そんな男に故郷を人質に取られている以上、アンジールには常に『耐える』という選択肢しかない。 「…ザックスは、まだ子供だ…」 「子供?それだけか?」 「それだけで充分だ!これが子供相手にする事か!」 ポッドの中のザックスを見上げ、そのあまりの痛々しさにアンジールは怒りの声をあげる。 が、ホランダーは期待した回答と違ったのか、不満そうに眉を寄せるとブツブツと呟き始めた。 「ふむ…やはりタイプGは不可逆反応という事か……、いや、しかしRGKD配列によれば可逆反応の可能性も……」 ブツブツを呟く内容は常に生物実験の内容事だ。科学の狂気の中に落ちたマッドサイエンティストには話しは通じず、倫理も道理も通らない。常識など論外だ。 アンジールは今更ながらのその理不尽さに、舌を打った。 「用が済んだのなら出て行ってくれ。ザックスの意識が戻り次第、連れて帰る」 「よし。次の実験が決まったぞ、アンジール」 「…ッ!」 アンジールの言葉には全く耳を向けず、ホランダーは思い立ったように端末の前に立つと、ザックスの状態を確認するパネルを操作し始めた。 「このサンプルの細胞をお前に移植してやろう。それでお前にもセフィロスと同じ反応が現ればより完成形に近づいた事になる。追い越すのも夢ではない」 「…何を言っている?セフィロスがどうしたと…」 突然出たセフィロスの名前にアンジールは頭が混乱する。が、当のホランダーはそれに目もくれず己の話だけを続けた。昔からアンジールの意思など、視界に入ってはいないのだ、この男には。 「俺はこのサンプルとアンデッドと合成させるのに成功した!他の三流共にはもう利用することは出来まい!これで独占したも同然だ!はっはっはっ!ざまあみろ!」 ホランダーは自己顕示欲を誇示し、上機嫌に笑う。 「まさか貴様!そんな事のために…!」 「邪魔なんだよ!他の三流共が!!俺が何よりも誰よりも優秀だというのに、揃いも揃って邪魔をする。許さん、許さんぞ!神を作るのは俺だ!俺の邪魔は許さん!!」 見る見るうちに瞳孔が開き、目つきが異変して行くホランダーに、アンジールの心はドス黒く冷えていくのを感じた。 昔からそうだ。この底知れぬ狂人さと傲慢さに何度も苦汁を飲まされてきた。それを全て耐えてきたのは自分自身が幼かっただけではない、守るものがあるがゆえだ。 だが、こうしてこの男の奇行を見る度に、その理由さえいつまで保つのかと疑問に思えてくる。幼かった自分はもういない。今はもう、簡単に人間一人殺せる力を持っている。そう、人間の身体など鉄の剣を砕くより容易い…。 「……っ」 アンジールは寡黙のまま、自分を戒めるように強く拳を握った。衝動のままに人を殺してはいけない。それは人としてあるためのルールだ。 だが… 「くそッ、生命反応が鈍すぎる。これでは細胞を採取してもすぐに壊死する。チッ、ジェネシスめ…!『殺せ』と言ったものを、中途半端な生かし方をしおって…!」 忌々しそうに舌を打ったホランダーにアンジールの瞳孔が開いた。 「…だと…?」 「ああ?」 「ジェネシスに…何を言った」 「フン、ただの『ミッション』だ。ソルジャーにはお手の物だろう。宝条がこのサンプルを殺してみると言い出したのでな、俺はそれをジェネシスにやらせるよう指名したまでだ。ついでに奴に反応があるが試したが、平気で切り裂いたあたりどうやら奴にはカケラも無いらしい。所詮お前の付属品、ゴミ以下だ」 「……」 ホランダーのジェネシスへの冒涜がアンジールの聴覚に耳鳴りを起こさせる。 これ以上聞いてはいけない。それは本能からの警告だ。だが、本能ではそう思っても、言葉は物理的にアンジールの耳に届いてくる。 「そうだ、いい方法を思いついた。一度このサンプルをジェネシスに着床させよう。そこから使える細胞を抽出する。そうだ、それがいい」 聞いてはいけない。 自我を見失ってはいけない。 憎しみで人を殺めてはいけない。 だが、そう思えば思うほどアンジールの心は分離する。 そして――― 「そうと決まればこのサンプルの生死など構うものか、臓器がいくつかあればいい。そうだな、もっとも利用できるのは心臓の―――」 ホランダーの言葉を遮るように、人間の骨肉がを砕く音がフロアに響いた。 |
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