■ After The Battle 
第一章 
第4話 黄泉の密約 02 

  
 
 神羅ビル67階。
 神羅の科学部門の核となる生物開発、その実験サンプルフロアがそこにある。
 重厚な機器と乱立する大小様々なポッドが並び、その中に満たされた発光する緑の液体の中には、生きているのか死んでいるのか分からぬモンスター達が身動きする事無く静かに浮いていた。
 冷たいフロアの中には管理する人の気配は無く、時より上がる液体の中にあがる気泡と、細く長く絶える事の無い機械音が続くだけ。
 天井の明かりは機器に阻まれ、液体から発せられる朦朧とした明かりだけが無情に反射しあう、陰湿で重苦しい空間がそこにはあった。

 その部屋の中央に位置するポッドの前に、アンジールは1人立っていた。
 沈痛な面持ちのまま腕を組み、ただ耐えるように目の前のカプセルを見上げ唇を噛む。
 その視線の先には、ザックスがいた。
 意識が無いまま魔晄の液体の中に身を委ね、時よりコポリとあがる気泡に無力な人形のように揺れる。今にも消えそうな心拍数は微弱、極めて危険な状態だ。
 身体に埋め込まれたいくつものコードによって生命はかろうじて維持されてはいるが、回復の兆しは無く、これ以上なす術もない。
 そんな危機的な状況とは裏腹に、鮮明に浮き上がるのは剥き出しにされた背にビッシリと書き込まれたいくつもの黒い文字と記号。その羅列に、アンジールは苦虫を噛み潰した。
「…外道が…っ」
 アンジールにはその意味が分かっていた。これは、科研による実験コードと化学記号だ。
 通常、ソルジャーに行われる実験は1度につき1種のみ。担当する科学者もメンテナンスを兼任する為、1人に限定される。アンジールとジェネシスにはホランダーが、セフィロスには科学部門の統括である宝条がと言った具合だ。
 そのため、このようにソルジャー身体に実験記録を残されることはない。だが、code-"D"は違う。
『科研』という組織そのものの実験サンプルであるcode-"D"は、全科学者共通のサンプルであり、実験生物でもあるのだ。その為、複数の科学者によって同時にいくつもの生物実験が施されるのが常で、この黒い文字はそれぞれの科学者が自分の実験の為に所有するパーツを主張するものだった。
 つまり、この文字があればあるほど、ザックスは実験を施されている事を意味する。
 ジェネシスから聞いたザックスの最後に現れた現象は、アンデット系モンスターとの合成だった。ザックスの体内にはアンデットモンスターの細胞が存在する。それは今後、ザックスには回復系のマテリアも薬も通じないという事を意味した。
 その事実に、アンジールは苦痛に耐えかねるように頭を振る。
 ザックスがcode-"D"となってからまだ2ヶ月。それだけの間にこれほどまでに過酷な事をされるのかと、そしてこれからも続くのかと思うと、視界が真っ暗になるほどの絶望感すら感じた。
 ジェネシスには「死なせるな」と言われた。アンジール自身も生きるための支えとなる覚悟をした。だが、絶対的な絶望感の前では、それが本当に正しいのかさえ疑問に思えてくる。
 
 今すぐこのポッドから出し、一瞬で殺してやった方がいいのかもしれない…。

 そんな考えすら、瞬時に否定できない自分がいた。
「ダメだ。セフィロスに会うまでは――」
 ザックスの事はセフィロスに頼まれた。それが始まりだった。セフィロスに何も言わぬまま、勝手に決断する事はできない。
 そう自分に言い聞かせ、短絡的な考えを必死に打ち消す。セフィロスと連絡がつかないことが踏みとどまるための枷となる。それは、今のアンジールの支えでもあった。



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