■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 08 

  
 

 笑顔を収めるとジェネシスは血を流すザックスに近づき、片膝をついて怪我の状態を確認した。
 肋骨の一部損壊と筋肉の損傷、出血も多い。切られたというよりも叩き潰されたと言った方が近いだろう。
 ザックスの息も荒く顔色も悪い。なんとか笑ってはいるが、内心は相当キツいはずだ。
 防具のおかげで致命傷とまでいかずとも戦闘の継続は不可能な状態。当然、このまま手当てをしなければ死は免れない。
「…こんなものだな」
 ジェネシスは小さな声で呟くと、ザックスから手を離した。
「…子犬、ケアルは持っていたな」
「ある、けど…?」
「ならば自力で回復し、帰還しろ」
「え…?」
 ザックスの残った魔力でケアルを数回かければ、ギリギリ生存が可能になるまで回復する。と、踏んだジェネシスは冷たく言い放つと、そのまま見捨てるように立ち上がった。
 ザックスはそれを信じられないとばかりに大きな目を見開いて見上げる。
 ついさっきまで軽口を交えながらも笑顔を零し、出会った時よりもはるかに距離が近づいたと感じた人物から出るとは思えない言葉だった。
「…それ…、命令…?」
「これが俺の『仕事』だ」
「……『仕事』…って…?」
「お前に言う必要はない」
「……」
 ザックスは理解が出来ず、不安気に瞳を揺らす。だが、ジェネシスからはそれに答える気配は感じられない。それが感じられない以上、頼る事はできない。
 ザックスは漠然とそう理解すると、戸惑いながらも血まみれの手をなんとか動かし、ケアルをかけるために傷口へと震える手を翳した。
 はふ、はふ…と、小さな深呼吸を数回ついた後、ザックスは自らの手からケアルの光が発し始める。
 その光を確認すると、ジェネシスは踵を返した。


 背を向けながらも、ジェネシスは背後に倒れるザックスに意識を向ける。
 いったい何か起こる?
 科研は何をテストしようとしている?
 たとえ何があるとしても、もし本当にラザードが言うように俺たちに大きく関わる存在であるならば、その本質を見せてみろ。
 と、ジェネシスは半ば挑むように、そして半ば祈るように死の危機にいる子供に祈った。が、
「…ぐっ…かふ…っ!」
 ジェネシスが遅い歩みでザックスから数本離れた時、背後から聞こえたのは小さくくぐもる声と、そして、新たな血の匂いだった。
「?」
 ジェネシスがその匂いに振り返ると、そこには身を丸めて血を吐くザックスがいた。
 胴を裂いた傷口はさらに大きく広がり、ソルジャーの制服が真っ赤に染まる。それでも尚、血は絶え間なく流れ、ザックスが肩で息をする度にドクリドクリと鈍い音を立てながら塊が溢れだしていた。
「子犬…?」
 事態が飲み込めず、ジェネシスは眉をしかめ周囲を見渡す。
 この空洞内ははおろか、周辺にも危害を加えてくるモンスターの気配はない。ザックスに負担となるような危険物もなければ、障害も無い。
 今さっき、ザックス自身がかけた魔法も確かにケアルだった。回復はすれど、悪化する理由は何ひとつ無いはずだ。
 にも関わらず、ザックスの身はさらに危険な状態に陥っている。何故か?
 ジェネシスは再びザックスの元へ戻ると、膝をつき青ざめた顔を覗き込んだ。
「子犬、何があった?」
「…、…っ…」
 ザックスは何かを言おうと血にまみれた唇を動かしたが声にはならず、痛みを訴えるように身を丸くすると、自分の肩当てのその先を掴もうと指を伸ばしあがく。
「…肩…いや、背か?」
 コクコクと必死に頷くザックスの防具を、ジェネシスは急いで取り外していく。
「…ぐ…ッ、あ、…ア゛ア゛」
 防具が外れ、軽くなっていく身体でもがきながら、ザックスはくぐもった声をあげた。悲鳴をあげたくてもあげられない、肺が圧迫された時の声だ。
「いったいどうし…」
 背中がどうしたのかと、ジェネシスがニットをまくり上げる。するとそこには、うなじから背中にかけていくつもの黒い文字がビッシリと書かれていた。
「なんだ…これは…」
 その異様な文字列にジェネシスの青い瞳が見開く。だが、その衝撃が収まる間もなく、突然、その背は大きくボコリと膨れた。
「?!」
 ジェネシスの目の前でそのコブはボコリボコリと波のように激しくうねりを増す。
 その強さに翻弄されるようにザックスの身体はガクガクと揺れ、やがて、その背中には内部から裂かれたような裂け目がプツリと入った。
「…ッ…ア゛…ッ!」
 ザックスの引きつった悲鳴と同時にジェネシスの顔面に血じぶきが飛ぶ。
 ザックスの背を引き裂きながら現れたそれは、上空へと伸びる腐りかけたモンスターの腕だった。



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