■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 09 

  
 

「…な、に…?」
 顔面に飛び散った大量の赤い血しぶきには目もくれず、一瞬何が起こったのか分かぬままジェネシスはその腕を直視する。
 人間の型と類似はしているが、異形と言えるほど長い指骨と前腕骨、そして、ザックスの背から生える上腕骨。腐った皮膚。
 間違いない。
 アンデッドモンスターの一部だ。
 その腕が悪意を持ってジェネシスへと襲いかかる。咄嗟の判断でジェネシスはそれを避け、ケアルで反撃をした。
 が、ダメージを受けたのはモンスターだけではなかった。寄生されているザックスの身体からも血しぶきがあがる。
「チッ!」
 ザックスが己のケアルで傷ついた理由はこれかと、ジェネシスは舌を打つ。
 ジェネシスは再び襲いかかってきた腕にわざと自分の肩を掴ませると、そのままモンスターの上腕を掴み返し、地面に叩きつけると同時にレイピアでその根元を切断、引きちぎるように切り落とす。
 ザックスの身体から剥がれた腕を宙へと振り払うと、それ目掛けてファイガを唱え、轟音と共に紅蓮の渦に巻きこんだモンスターを跡形も残すことなく焼き尽くした。


「子犬…!」
 ジェネシスが視線を戻すとそこには、幾重にも引き裂かれ赤く染まったザックスの身体が力なく横たわっていた。
「子犬!」
 ジェネシスが抱き起こし強く呼びかけると、ザックスは力ないか細い声で答える。
「…、…俺…も…ケアルは……効かなぃ…」
 ゴブリとザックスの口から血が噴出し、大地を汚す。
「…キメラ…って、言ってた…」
「!まさか、モンスターを移植されたのか!?」
「……の、『卵』だ…って…」
 ヒクリを顎を痙攣させながら、自虐的な笑みをザックスは零す。
「…では、これは…ッ」
 ザックスの命が危機に陥る時に孵化するモンスターの『卵』、その時限式のテストだ。
 それを察したジェネシスは絶望を超えた怒りに奥歯を噛んだ。
 人間にモンスターを移植する。その非人道的な発想はどこからくるのか。
 ましてや、常に死の危険と背中合わせのソルジャーにとって最大の要である回復魔法を攻撃型に変換するモンスターであるアンデッドを選ぶとは、いったいどこにメリットがあるというのか。
 まさにそれは、マッドサイエンティストならではの奇行としか言いようがなかった。

「アンジールは、この事を知っているのか?!」
 ジェネシスはザックスのニットを切って脱がせると、それを止血のために背中とわき腹の傷口に押し当てた。もう一刻の猶予もならない。
「…心配して…めいわく、かけるから」
「それがなんだ!アイツの心配性などイチイチ構ってられるか!」
 そして自分のコートを脱ぐと止血用に切り裂く。
「アンジールはお前を守ろうとしている。守る者に隠し事は不要だ。同じ迷惑ならば、とことんかけろ!」
「…それ…ひどく ね…?」
 ジェネシスの軽口にザックスは眉尻をさげて小さく笑う。
「生憎だが、それがアンジールとの上手い付き合い方だ。よく覚えておけ」
 だが、ジェネシスは自信満々に口角をあげると、ザックスの身体にコートを巻きつけ強く締めあげた。
「…つっ…!」
「耐えろ」
「…ぅ、…くっ…」
 締め付けられる圧迫にザックスの呼吸が細くなる。だが、締め付けるジェネシスに手加減は無い。
「このままでは神羅までもたない。生命体の活動を一旦停止させる。いいか、子犬。お前がこれから行くのは生死の狭間だ。だが、決して帰る場所を見失うな。出来るな?」
「……」
 ジェネシスのその言葉に、ザックスは綺麗に優しく微笑むと、ハッキリとコクリと頷く。
「…必ず帰って来い」
 ザックスを残ったコートで包み込み、ジェネシスはその傷付いた身体に手をあてると、氷系魔法を唱え始めた。







 ソルジャークラス1st・ジェネシスのその帰還は、神羅の中で一大事件だった。

 どんな任務でも涼しい顔で埃ひとつ付けずに帰って来る男が、血まみれになりながらコートの中に仮死状態の新米ソルジャーを包んで帰ってきたのだ。
 誰もがその帰還した姿に息を呑み、言葉をなくしたまま呆然を見送る。
 そんな人々の間をジェネシスは沈黙のまま抜けると、迎えにきた来たアンジールにザックスを静かに手渡した。

「死なせるな」
「…ああ」

 短く交わされた言葉は幼なじみの2人だけが分かるもの。
 アンジールは踵を返すと科研へと走って行った。






【第3話・完】




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