■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 07 

  
 

 モンスターの怒号が飛ぶ中、ザックスはその小さな体を生かして足の間をすり抜け、デュアルホーンの腹の下に潜り込む。
 最も装甲の薄いその場所にサンダーを放ち同じ場所に素早く剣を立てた。だが、剣先はその堅い皮膚に刺さりもしない。
「…ッくそ!」
 悔しさに眉を寄せ、デュアルホーンが腹を地に付ける前に再びその場から離れる。
「ちくしょ、全然効かない」
 体力値が高く、魔法攻撃をも半減させるモンスターだ、魔法で削り剣でトドメを指す正攻法では通じない。ましてや、今のザックスの微力な魔力では刃がたつはずもない。
「と、なれば…」
 ザックスは頭を別の作戦に切り替えると洞窟全体をすばやく見渡す。
「よし、あれだ!」
 その一角に狙いを定めると、壁面を利用して一気に駆け上がりながらモンスターの上空にあるいくつもの鍾乳石をサンダーで打ち落とし、デュアルホーンの上に落下させた。それに続いて自分も滑空する。
 落ちてくる鍾乳石にデュアルホーンがイラ立ち、一瞬ザックスから気が逸れる。その隙にザックスはすばやく剣を回し、渾身の力を込めてデュアルホーンの眼球へと剣先を突き立てた。
「いっけぇぇぇ!!」
 ズシリとした確かな手応えがザックスの腕に痺れを起こす。会心の一撃だ。
「よし!やった!」
 雄叫びを上げたデュアルホーンは激しく頭を振り、ザックスをなぎ払う。その動きを予測していたザックスは体を回転し、受身を取って鮮やかに地面に着地した。
「まだまだぁ!」
 そして再び身を返すと、剣を構え突進して行った。

「ほぅ…。これは面白い」
 ジェネシスは口角を上げながらザックスの戦い様を面白そうに見ていた。
 ひとつの戦法を試し、それが適わないとなると早々に次へと切り替える。例え効果があったとしてもそれ1つこだわらず、敵が対策を取る前に次から次へと切り替えて行く。
 まだ自分の戦闘スタイルも定まらない時期とはいえ、その切り替えの速さと、戦術の多彩さは一見の価値があると評価はできた。
 デュアルホーンを相手にではどれも効果のある攻撃とは言えなかったが、一撃を与えるというジェネシスからの課題は早々にクリアしている。3rdの戦績としては申し分がない。
「アンジールの教育も無駄ではないという事か。…が、」
 だが、モンスターに致命的なダメージが与えられない以上、勝利は無い。
「そろそろ限界だな」
「…う、あッ!」
 言った矢先、モンスターに弾き飛ばされザックスの体が岩盤へと叩きつけられる。ザックスはその衝撃から立て直すことなく、地面へと落下した。
「いっ…てぇ…」
 ジェネシスの読み通り、ザックスの体力の方が先に尽きようとしていたのだ。
 だが、小さなソルジャーはそれでも頭を振りながら剣を支えに立ち上がり、フラつく体を無理やり起こす。
「ち、くしょ…」
 剣を構えようとするも焦点が合わず足元がフラつく。敵の位置はすでに見失っていた。
「どこだ」
 その把握の為に顔をあげたが、時すでに遅く、視界いっぱいに広がっていたのは頭上から落ちてくるモンスターの足だった。
「…ぐっ!!」
 咄嗟に剣でガードはしたものの、固い爪は大剣となって剣をへし折り、ザックスの身を裂きながら軽い身体を吹き飛ばす。ザックスの左わき腹には熱く重い痛みが走り、そこから血しぶきが飛び散った。
 だが、殺られる!と、瞬時に固く目を瞑った瞬間、鋭い旋風がザックスの上空を走りぬけた。
「?!」
 デュアルホーンの最期の断末魔が洞窟内に響きわたる。
 いったい何が起きたのかとザックスが目を開くと、そこには引き裂かれたモンスターが音を立てて地上に崩れ落ちて行くその先で、涼しい顔でレイピアを一振りし血を拭うジェネシスがいた。


「まあまあ、だったな」
「…ぇ…」
 血ひとつ被らない紅蓮のソルジャーの笑みに、ザックスは血に染まったわき腹を押さえながらへたりと地面に倒れこむ。
「…うそ…一撃かよ…。頑張ってた俺、バカみたいだ…」
「実際バカだろう。勝ち目のない相手に挑んだんだ」
「…行けって行ったのそっちじゃん」
「俺は『一撃』と言ったはずだが?分相応の撤退判断も実力の内だ」
「ひでぇ~…。でも…」
 皮肉めいたジェネシスの口調にザックスはむくれて口を尖らせる。が、それをすぐに崩すと今度は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「やっぱ1stってすごいな。俺もなる」
「…そうか?」
 その素直な笑顔にジェネシスも笑みを零した。
 どうやらこの子供はどこまでも素直で真っ直ぐらしい。こんな風に何の駆け引きもなくありのままの感情を示されたのは久しぶりだった。
「なってみろ、子犬。頂点から蹴落としてやる」
「…鬼」
「光栄だ」
 軽口を叩きながらもしばし笑顔がこぼれる。悪い気はしない。むしろ久々に感じる清々しい気分だった。



 だが、『その時』の時刻はやって来る。
 ジェネシスの真の仕事はこれからだった。





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