■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 04 

  
 

「ザックス・フェアです。よろしくお願いします、サー・ジェネシス」
 ソルジャーフロアの一角に立ち、ジェネシスの前でお手本通りの綺麗な敬礼をして見せたザックスの姿を、ジェネシスはジロリと眺めた。
 ダボつき感の否めない真新しい3rdの制服と装備。ソルジャーというには似つかわしくない幼い顔立ちと、変声期前の高い声、細い体格。背の高さもジェネシスの腹まであるのかどうか疑うほどだ。
 ツンツンと四方八方に跳ねた黒髪と真っ直ぐに澄んだ瞳は「子供」と一言で表現にするに相応で、その瞳の色がソルジャーのソレでなければ、誰1人として『生きた武器(ソルジャー)』とは思いもしないだろう。
 それほどにそのザックスという子供は子供子供していたのだ。
「……小さいな」
 それがジェネシスが率直に受けた最初の印象だった。
 その一言に敏感に反応したザックスは、ムッと口をヘの字に歪ませる。
「これからおっきくなるんだよ」
 小さな声での返しだったが、ジェネシスはそれを容易に聞き取った。
「上官の許可無く発言をするな。アンジールにそう教わらなかったか、子犬?」
 ザックスはしばらくの間我慢するようにジッとしていたが、ジェネシスがそう揶揄するようにからかうと、たちまちムクれて頬を膨らませてみせた。
「何だよ。ちゃんと挨拶してもダメじゃんか! アンジールの嘘つき」
「アンジールに何を言われた?」
「ジェネシスは灰汁が強いけど、礼儀いい奴には悪くしないって。でも俺、無理だと思う! 相手の顔色見て態度変えるなんて出来ねぇもん」
 瞬く間に直立の姿勢を崩し素の顔を出すザックスは、ある意味そのままで裏表がないとも言える。礼儀はないが扱い易い。そんな印象を相手に与えるには充分だった。
「礼儀と態度は違う。そんな事も分からないバカ犬か」
「なんだよ! そんな言い方ってないだろ! 俺、一生懸命敬礼したんだからな!」
「フン。たかが敬礼に何が一生懸命だ」
「それ違うだろ! 敬礼はちゃんとした礼儀だって、アンジール言ってたぞ!」
 鼻先でジェネシスが失笑すればキャンキャンと吠えるが、その目も姿勢も真っ直ぐジェネシスへと向けられたまま。つまり、ザックスはジェネシスを全く恐れていない。
 なるほど「子犬」と例えられたのゆえんはこれかと、ジェネシスは内心で納得をした。

 神羅に3人しかいないクラス1st。その中でも英雄と名高いセフィロス・人望が厚いアンジールと大きく異なり、ジェネシスはその性質から他人との距離がある。
 常に他人を寄せ付けない雰囲気を纏っているため、神羅ではセフィロスとアンジール以外は誰もジェネシスには近付こうとしない。事実、ジェネシス自身もそれを望んでいる。
 にも関わらず、このザックスという子供はそんな壁を全くものともせずに乗り越え、ついでに公の立場まで超えて初対面の上官に「それ違うだろ」などとハッキリと反論をして見せた。
 向こう見ずで真正直、言い方を変えれば怖いもの知らずな直情型。けれど、その無礼さに不快感はない。
 ジェネシスにとっては今まで会った事の無い全く新しいタイプの人間との遭遇だった。

 だからだろうか?
 不普段なら続けもしない会話の続きを、ジェネシス自身から伸ばす気になったのは。
 
「では聞くが、お前はいったい俺の何に敬意を表した?」
「ぅ…っ」
 予想をしていなかったジェネシスからの問いに、ザックスは息が詰まったように口篭る。その反応にジェネシスは皮肉めいた笑顔を浮かべた。
「それだけお前の敬礼は薄っぺらなものだということだ。そんなものに何が『一生懸命』だ」
「…だ、だって…だって…ッ」
 もっともな正論に今度はザックスの方が反論が浮かばず、唇を噛んだ。
 もともと特例で入隊したばかりの一般市民。軍隊のいろはも知らず、表面的な事を教わったばかりなのだ。
 仮にここにアンジールがいれば「入隊したての新人にそれは厳しすぎやしないか?」とでもフォローしてくれるだろうが、そこはジェネシス。新人だろうが熟練だろうが、他人に対して容赦などない。
「分かったか、バカ犬。分かったらさっさと行くぞ」
「…! そこ訂正しろよ! バカじゃない! 犬でもないからな!」
 不服を返すザックスを無視し、ジェネシスはさっさと屋上へと向かう。ザックスはそれを小走りに走りながら追いかけた。
「俺の横に並ぶな。犬は下がれ」
「犬じゃない! だから並ぶ!」
 あわよくばジェネシスを抜かそうとするザックスの足を、ジェネシスはその長い足で引っ掛け転ばせる。
 だが、元気な子犬はそれでもくじけずに走り追いかけてきた。
「畜生! 足引っ掛けるなんて卑怯だぞ!」
「これしきの事に引っ掛かる方が謎だ」
「引っ掛けた人間が謎とか言ってんなよ!」
「うるさい犬だ」
「犬じゃないって言ってんだろー!」

 他人を寄せ付けない事で有名なジェネシスが、怒りながら小走りでついて行く新人ソルジャーとやたらとモメながら屋上へと向かう。
 神羅の人間が誰しもが初めて見るその珍しい光景を、何人ものソルジャー達はただただ信じられないという顔で見送っていた。



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