■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 03 

  
 
 
 アンジールからジェネシスの元に電話が入ったのは、それから2日後の事だった。
『ザックスが回復した。今回は医局で済んだようだ』
「…そうか」
 ジェネシスはその一言に複雑な想いを入り混ぜさせながら、ゆっくりと自分の座っていた椅子の背凭れに体重を預ける。
 ひときわ静かな執務室に、小さなはずの皮の音がやけに大きく響いた気がした。
『これからお前とのミッションがあるらしいな。落ち着きのない子供で驚かせるかもしれないが、本人に悪気はないんだ。どうか多めに見てやってくれ。…ザックスを頼む』
「…どうでもいい。ただの仕事だ…」
 電話の向こうから聞こえてくる親友の声はいつもと変わらなかった。昔から世話好きで、人に気を回すの事が天性の性分のようなジェネシスの幼馴染。
 いつもならその過度とも思えるほどの気遣いにイラつく事が多いジェネシスだったが、今日はただ淡々と答えていた。
『…ジェネシス? どうした?』
 そんなジェネシスの様子が違うことを察したアンジールが、心配そうに尋ねる。
「なにがだ?」
『元気がないじゃないか。何かあったのか?』
「…別に」
『ということは何かあるんだな? 何かあるならちゃんと言えといつも…』
「何度も言わせるな。…お前の出る幕じゃない」
『……』
 突き放すようなジェネシスの物言いに、アンジールの言葉が詰まる。
 その無言の反応を耳を傾けながら、ジェネシスはデスクの上にあるパネルに視線を向けた。
 そこには、これから開始されるミッションのある時刻が指定されていた。


--The mission start day: 20:00--


 ミッション開始当日の20:00。ジェネシスはその時刻を、無表情のままの視線で見つめる。
「……」
 本来、ミッションにおいてそれを全うする行程は全て遂行するソルジャーに一任される。よって、最終目的以外に会社から指定される事は何もない。
 だが、ジェネシスがこれから始めるミッションには極秘任務が課せられていた。この時刻の意味は、その任務執行時間にあたる。
 同行するソルジャー3rd・ザックスに瀕死の重傷を負わせる時間。見殺しにする時刻の指定だった。
「……」
 何故時刻が指定されるのか、見殺しにする事になんの意味があるのか、ジェネシスに知らされる事はない。
 だが分からなくてもそのまま動くのが神羅の駒となった者の運命。それは子供の頃に神羅に入ったジェネシスは嫌と言うほど身に覚えさせられた。

『……その調子でミッションに行って大丈夫なのか?』
「…問題ない」
『そうか…。なら今は帰りを待とう』
「…ああ」
 やっと口を開いたアンジールに返す答えも自然と重くなる。
 この2日間、沈黙のまま見殺しにする為の人間の回復を待つという虚無的な時間を過ごした。それはジェネシスが自覚する以上にジェネシスの神経を削り落としていたのだ。
「…お前は黙って待っていろ」
 ソルジャーという職業柄、人間を殺める事もそれを悲しむ人間に恨まれるのも嫌というほど経験してきた。いいかげん慣れたと言ってもいい。
 今度はそれが幼い新人ソルジャーと、幼馴染の親友になるだけのこと。
 ただそれだけの事だと、ジェネシスはその重く深い痛みを無理矢理飲み込み瞼を伏せる。
 これが自分の運命なのだ。仕方がないのだと自分に言い聞かせて。
「…じゃあな」
 そして、重い気分のまま電話を切ろうとしたその時、

『ところで、ジェネシス』
 電話の向こうで突如切り替わったアンジールの明るい声に、ジェネシスの眉尻はピクリと上がった。
「…ッ、まだ何か用かッ」
『あ、すまんすまん。実はこれからが本題だ』
「本題があるならそれを先に言えッ。バカかお前は!」
『ははは、そうだな。悪かった』
 謝りながらもあっけらかんと明るい声で笑うアンジールの空気の読ま無さに逆撫でされ、ジェネシスの苛立ちは久々に頭をもたげる。
 今は誰とも話したくはないのだ。特にこんな明るい声とは。
「いったい何の用だ。もうすぐ出立の時間だ、手短に言え!」
『ああ、分かった。実はセフィロスの事なんだが、居場所を知らないか?』
「セフィロス?」
 突然出てきた仲間の名前に話が見えず、ジェネシスの眉間に皺が寄った。
『ここ2ヶ月、連絡がつかない』
「知らん! いないならミッション中か何かだろう。アイツなら2ヶ月くらい普通だ」
『確かにそうなんだが…』
「用件はそれだけか?!」
『そうなんだが…う~ん…最後に見た姿がちょっと気になってなァ…』
「だから何だッ。どうしても知りたければラザードを締め上げてでも吐かせろ!」
『仮にも上司を締め上げるのはどうかと思うが、お前はやっているのか?』
 普段は見せないアンジールののらりくらりとした言い回しに、わざとなのか!とジェネシスは苛立ち椅子から勢い良く立ち上がった。

「いい加減にしろ! そんな話なら切るぞ!」
『ああ、分かったからそう怒るな。だがもし連絡がついたら、俺がザックスについて話があると伝えてくれ』
「ザックスだと…?」
 そしてまた、唐突にザックスへと戻る話にジェネシスの声は潜んだ。
『ああ。実はザックスはセフィロスから頼まれた子供なんだ』
「セフィロスから? どういうことだ?」
『俺にもよく分からん。だからこそ確認したい。よろしく頼む』
 ジェネシスは怪しむように眉を潜めた。
 今までは単にcode-"D"となった可哀想な子供を世話好きの親友が世話をしているだけだと思っていた。が、それにセフィロスも絡んでいるとなれば話は少し変わる。
 セフィロスが絡み、アンジールがその世話をし、さらに自分にそれを見殺しにする役目が来たのであれば、それは単なる偶然ではないのかもしれない。
 重苦しさに呆けていた頭が、何かを思い出したように回転し始める。

”ザックスは、code-"D"でなかったとしてもいずれ君達と大きく関わったと思う”

 ラザードの言っていた言葉が脳裏を掠めた。
 が、最も今、その真意を確かめる術などは無かったが…。


「…感謝するぞ相棒。俺も知るべきことが出来た、戻り次第確認する」
 先ほどまで生気のなかったジェネシスの瞳に強い意志が蘇る。ジェネシスはその瞳でしっかりと頭を上げた。
「お前の用件はこれで全部か?」
『ああ』
「なら、もうミッションの時間だ。切るぞ」
『ジェネシス?』
「なんだ? まだ何かあるのか?」
『調子が戻ったようで安心した。無事に帰って来い』
「……」
『じゃあな』
 そんな最後に優しい声を残し、アンジールの電話は切れた。
 不通の機械音の中、ジェネシスはいつの間にか普段の自分へと戻っている事に気がつき、苦笑いを零す。
「フン、お前ならではの元気付け…だったというわけか」
 あの間の悪さも、無神経な明るさも、幼馴染のアンジールだからこそ出来る技なのだ。
 事実、ジェネシスのささくれ立った神経は、いつの間にかそれで和らいでいる。
「いいだろう。手始めにこのミッションの意味を見届けてやる」
 重苦しいもの一度腹の奥底へと沈め、覚悟を決める。そして口元を強く引き締めると、ジェネシスは執務室を後にした。




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