■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 02 

  
 

 神羅カンパニーが誇るソルジャークラス1stのジェネシスとアンジールは、ラザードと共にブリーフィングルームにいた。今後のミッションに伴う会議のためである。
 だが、その会議の始まりとアンジールの携帯が緊急のコールを告げたのはほぼ同時だった。
「何?!…分かった、すぐに行く」
 携帯を閉じながら席を立つと、アンジールはラザードに退室を申し出た。
「ラザード、すまない。ザックスが訓練中に血を吐いて倒れた。今も吐血が止まらないらしい、行ってくる」
「今も? 医局では済まないようだね、科研行きかい?」
「…出来れば避けたいが、吐血が止まらないようであればそうなる。…くそっ! 2日前にやっと帰ってきたばかりだというのに!」
 忌々しそうにアンジールは眉を潜める。それをたしなめるように、ラザードは軽く首を横に振った。
「…それが、あの子の立場だ…。構わないよ、行っておいでアンジール」
 ラザードの許可が降りるとアンジールは軽く頷いて一礼をし、足早にブリーフィングルームを後にして行った。


「…随分と、ご執心だな」
 アンジールの退室後、それまで静観していたジェネシスが呆れたように溜め息をつく。
「アンジールがかい?」
「アンタもだ、ラザード。たかが新米ソルジャーを優先するなど、考えられない」

 アンジールが特例で子供の新米ソルジャーの世話をするようになってから約2ヶ月。
『普段は子犬のように人懐こくて明るいが、とにかく落ち着きが無い』と、目を細めるアンジールのその恐ろしいほどの構いっぷりは一躍有名になるほどになっていた。
 その子犬が腹を減らしていると言ってはせっせと食事を作り、多忙な1stのスケジュールの合間を縫っては彼の為にマンツーマンの訓練に付き合う。
 そして今回のように知らぬ所で倒れたと聞くと、速攻で迎えに行き医局や科研に駆け込むのだ。
 その倒れる回数がまた、他のソルジャー達の比ではなかった。
 ジェネシスが聞きおよんでいるだけでもすでに5回。
 科研に運ばれると2~3日は帰ってこれない事を考慮して単純計算をしても、その子供の新人ソルジャーは常に科研と家を行き来している事になる。
 たとえ新人だとしてもソルジャーとしてはありえない程の不名誉な記録だったが、その子供がcode-"D"であると聞けば、同情からか文句を言う者はいなかった。
 だが、ジェネシスは安易に同情などしない。

「あの子は、code-"D"なんだ」
「だから何だ。科研の実験対象という意味では、どのソルジャーも同じだ」
 そう言ってジェネシスは自虐的に笑う。
「違うか?ラザード」
「……」
 ラザードはすぐには答えなかった。
 確かにcode-"D"とは、科研専用の実験体であり、その契約上人としての尊厳は破棄され、骨の髄まで実験対象としてむしゃぶりつくされる。
 だが、元よりソルジャーという存在自体が科研の実験成果による手術で生まれたものなのだ。
 そんな実験の元に生まれたソルジャーが、科研から切り離されるはずもなく、その身体は永遠に科研に管理される。
 code-"D"であろうと無かろうと、実験の内容と頻度が違うだけで科研の手の内にあるのは同じなのだ。ジェネシスが言いたいのはそういう事だった。
「それを『子犬』などと言って可愛がるなど、どこの愛護団体だ」
 ここにいない幼馴染を鼻先で失笑し、吐き捨てるようにそっぽを向く。
 幼い頃から自分を構ってきた親友が自分以上に他の誰かを構うのは面白くない。その点でも気に入らない。
 ジェネシスはまだ直接その子供と話した事はないが、そういう意味でも話す前から気に食わなかった。

 そんなジェネシスの本心に気がつき、ラザードは苦笑いを零すと座っていた椅子に背を凭れかけた。
「君の言っている事は分かるし、事実それが正しい。…ただね、ジェネシス。私が今、アンジールを行かせたのは愛護活動の一環ではなく、最初から君だけに伝えるべき極秘のミッションがあったからだよ?」
「……ッ」
 ジェネシスの視線がラザードに戻り、その眉間が不快に歪む。
 その反応に、ラザードは楽しそうに口角をあげた。
「…これだからアンタは信用できない…」
 無駄に本心を晒し、余計な一言を零してしまった自分にジェネシスは舌打ちをした。
 ラザードはどんな不測の事態が起ころうと一手ニ手先を読み対応する。
 さすがは曲者だらけのソルジャー部門を統括するだけの事はあると言えるが、ジェネシス個人としてはこういった飄々としたズル賢さは最も信用できないものだった。


「極秘のミッションとは何だ」
 忌々しそうに言うジェネシスの言葉の棘も、ラザードは予想済のように気にする事もなく、仕事の顔に戻るとパネルのキーを操作した。
「表向きは凶悪な魔物の討伐だ、君なら楽勝だろう。ただ、そのミッションに3rdのザックス・フェアを同行させて欲しい」
 そう言って、パネルに幼さの残る子供の写真を表示する。たった今、悪い意味で話題に出たばかりの『子犬』だ。
 当然、ジェネシスの頭には血が昇る。
「成り立ての3rdなど、役に立たん! 同行など断る!」
 ブリーティングルームのデスクを叩き、ラザードに噛みつく。
「たがが魔物の討伐! 俺一人で充分だ!」
「彼は今回従卒的な立場だ、雑用を押し付けてくれて構わない。任務の方法は任せる、それでも不服かな?」
「だったらアンジールに行かせろ! 従卒だが雑用だが知らんが、ペット同伴ならアイツ向きだ!」
 ジェネシスは言い出したら聞かない。それはセフィロス並みに頑なで、任務拒否も珍しい事ではない。
 それを心得ていたラザードは、あえてゆっくりと言葉を区切りながら話した。
「極秘、と、言っただろう? 今回の任務には特別要請がある。科研からだ」
「……科研?」
 その言葉に血の昇ったジェネシスの頭が急速に冷える。
「『同行するソルジャー3rdザックスに瀕死の重傷を負わせ、現場に見捨てて来ること』だそうだ」
 そして、ジェネシスの目から感情が消えた。
「…なん、だと…?」
「科研によるテスト…らしいよ。瀕死の人間がなんのテストになるのかは分からないが、対象がcode-"D"のため我々にはそれ以上の情報は開示されない。むろん、任務拒否も不可能だ」
 そう言ってラザードは重い溜息を零した。

「……。それを、俺にやれと…?」
 ソルジャーの仲間意識は強い。それは任務の過酷さ、または性質に起因するものであり、ジェネシスとて例外ではない。
 いくら気に入らない新米ソルジャーだとて、わざわざ傷を負わせた上見捨てるなど、見殺しにするような非人道的な行為は容易に頷けるものではなかった。
 にも関わらず、ラザードはその役目にジェネシスを指名する。
「俺ならやれるという事か」
 ジェネシスの瞳に冷たい怒りがこみ上げる。ラザードはそれに首を横に振った。
「もちろん、そんな事は思っていない。だが、誰かがやらなければならない。…嫌な役ばかりを押し付けて申し訳ないと思っている。ただね、ジェネシス…」
 ラザードは顔を上げるとジェネシスを真っ直ぐに見た。
「ザックスは、code-"D"でなかったとしてもいずれ君達と大きく関わったと思う。だから会ってみてくれないかい? …君にとっても、良い機会になると思うよ?」
 どこか含みを持ったラザードの言葉に、ジェネシスは苦虫をかみ殺すように唇を噛み締めると、早々に踵を返した。
「余計な世話は無用だ。子犬が回復次第、出立する。伝えておけ!」
 そう言い捨てると、ブリーフィングルームを後にした。




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