■ After The Battle 
第一章 
第3話 赤の帰還 01 

  
 


ミッドガルの魔晄の中はいつも煩い。


心臓の中に入ったような鼓動と雑音。
頭脳の中に入ったかのような複雑な思想。
ドス黒い闇。
助けを呼ぶ声。
恨む声。

誰かの悲鳴。
責め立てて来る激情。
悔やみきれない後悔。
深い孤独。

終わらない呪い。
悲鳴。
悲鳴。
悲鳴。






(悲しい…?)




 魔晄に満たされたポッドの中に小さな身体を浮かべたまま、ザックスは力なく漂っていた。
 神羅の科学研究所。
 そこで何度も繰り返される薬剤の投与と激痛を伴うオペ。その苦痛にザックスの意識は混沌とし、身体は死の手前まで追い込まれる。
 やっとの事でその苦痛から開放され、投げ込まれるようにポッドの中に入れられれば体の損傷は回復するが、今度は頭の中に響いてくる聞き取れない不快な騒音にザックスは飲み込まれるのだ。


(何が、悲しいの…?)


 その騒音に聞き返しても答えはない。ザックスの問いなどお構いなしに次から次へと発狂した悲鳴を繰り返してくる。まるで「オマエモ、狂エ」と言わんばかりに繰り返すのだ。


(俺は、狂えないよ…)


 その悲鳴を拒む事も受け入れる事も出来ぬまま、ザックスはポッドの中で魔晄の青に染まった瞳をうっすらと開けた。

 魔晄の青い水の揺らめきに先に写るのは、すっかり見慣れた実験室だった。
 いくつもの太いチューブと、監視カメラ。データを忙しなく写しだすパネル。
 それらの機械が何のためにあるのか、何をするものなのかザックスは知らない。知らされることも無い。
 初めてこの場所に連れて来られた時に聞いた事はあるが、周りに沢山いた白衣の科学者達は誰もその問いに答えてはくれなかった。
 現在もそうだ。常に複数の白衣を着た科学者はいるが、まるで標本物を観察するかのように黙って見ているだけで、そこにザックスとの意思の疎通を図ろうとするものはいない。
 コポリと、泡を立ててザックスがその指先をガラスに添える。
『ま、だ…?』と、ガラス越しの白衣の科学者に訪ねるように首を傾げた。
 ここは煩い。出来るだけ早く出たい。そう伝えたかったのだが、科学者はザックスのそれを何と解釈したのか誰かに連絡をするように電話を取ると、まるでその電話の指示に従うように機械を操作しだした。
 すると、ザックスの視界を埋める魔晄の色が濃くなり、煩さは増す。
 魔晄が濃くなったのだ。
 それが分かると、ザックスは眉を潜め、再び目を閉じた。


(早く…、帰りたい…な…)


 ただただひたすらに、この苦痛を耐え抜く事。
 それがザックスがここにいる間に出来る、唯一のことだった。



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