■ After The Battle 
第一章 
第2話 code-"D"  07 

  

 あの亜熱帯の森の中で、セフィロスは初めてミッション中に笑顔を見せた。心から嬉しそうに、自慢そうにだ。
 その件に関してセフィロスはその後何も話そうとしなかった為、アンジールにはそれ以上の事は分からない。
 が、それがもしこのザックスという子供と関係があるとすれば、あの入社式の日にセフィロスがわざわざロビーに顔を出したのも一応は辻褄が合う。
「なるほどな。だが、それは軍に入らなければならない程の事だったのか?セフィロスにもプライベートはある。プライベートで会う事も可能だろう?」
 ゴンガガに行ったのは8年も前の話。
 その頃のセフィロスは現在よりも遥かに自我が乏しく、ザックスに至っては村の外の世界も知らないであろう子供の頃。
 その頃の約束など怪しいものだアンジールが思ったとしても、それは当然のことだった。
「あー…うん、そうだけど…でもそれだとちょっと違う気がするんだ。一緒って言ってもチョビットとかじゃなくて…うーん」
 自分の感情を探すようにザックスは暫く頭を捻った後、ポンと手を叩いた。
「うん!やっぱ『ずっと一緒』が正解。いつでもどこでも一番近くがいい。だからプレイベートでとかじゃ足りない」
 ひとりで遊びのプランでも決めたように人差し指を立ててニコリと笑う。
 その純粋な笑顔にアンジールは一瞬言葉が詰まった。
「セフィロスはソルジャーだ。だから俺も軍に入って、ソルジャーになるんだ」
「もしセフィロスがソルジャーで無かったら?」
「それでも同じがいい。もしセフィロスが武器屋なら俺も武器屋になるし、ハンバーガー屋なら俺もハンバーガー屋になる」
「中身に関係なく、どんな仕事でもプライベートでもという事か?」
「うん」
 ザックスの目当てはあくまでもセフィロス。それは一環して明確だった。
「セフィロスは遠いぞ?」
「うん。神羅に来てから『お前なんかが近づいていい相手じゃない』っていろんな人に散々言われた。でも、セフィロスが待ってるから、俺はがんばりたいんだ」
 何を聞かれてもまっすぐにアンジールを見てハッキリと答えるザックスの漆黒の瞳には、何の邪気も迷いも無い。
 どこまでも純粋で、芯の揺るがない強い意思がそこにはある。
 それを汲み取ったアンジールは小さく息を吐いた。


 憧れか、友情か。『ずっと一緒にいたい』というザックスの感情がどのようなものなのかアンジールには分からない。
 それが何であるにせよ、それを理由にザックスが自分を磨く努力をするというのであれば、それに対し激励や応援をするのは自然の流れだ。
 が、目指す相手がセフィロスとなると話は変わる。
 生まれながらにしてソルジャーの頂点に立つように育てられたセフィロスの周囲には、固く閉鎖的な人間の欲望が取り巻いている。
 普通の人間が安易に近づけばたちまちその渦の飲み込まれ、潰されてしまうだろう。
 事実、ザックスの身にはすでに危険が及んでいる。『code-"D"』という取り返しの付かない名はまさにその証だった。
「…質問を変えよう」
 その重い名前が頭をよぎりアンジールは頭を振った。打開策の見えない話だが、避けるわけにはいかない。
「何故、自分が『スケープゴート』と呼ばれたか分かるか?」
 アンジールから出た不快な単語にザックスはそれまでの笑顔を消し、むくれたように口を結ぶ。
「…知らない」
「code-"D"という言葉に身に覚えは?」
「知らない。聞きたいのは俺の方だよ!なぁ、何が起こってんの?!退院したら皆変わってたんだ。俺、なんでこんな目に合ってんの?!」
 眉を寄せ、泣きそうな表情で訴えてくるのは本当に身に覚えがないせいだろう。
 それはつまり、ザックス自身がcode-"D"の真意を理解していないという事になる。となれば、残された可能性は2つ。
 本人の承諾無くcode-"D"とされたか、真意を知らされないまま騙されて契約させられたかだ。
 もし本当に不当契約であるならば、契約を破棄させ救う手段があるかもしれない。アンジールはその可能性に賭けた。
「それを今、確かめようとしている。ザックス、何か書類は書いたことはないか?入社時の手続き以外でだ」
「書類?」
「ああ、何かにサインしたか?」
「…病院でならしたけど…」
「それは何の書類だ?何と説明された?」
「えっと…よく分かんない…」
「分からないだと?」
 アンジールの眉がピクリと動き気配が変わる。その瞬時のただならぬ気配にザックスの首が竦んだ。
「分からないでお前はサインをしたのか!」
「…え、えっと…その…」
 アンジールの怒りの気配に身竦ませたザックスに、見かねたカンセルがフォローするように極力穏やかに口を挟んだ。
「ザックス。何て言われてサインをしたんだ?」
「えっと…最初の一枚はサインすればすぐに退院させてやるからって言われて、でもその後は「身を守りたかったらこれにサインしなさい」って言われて…」
「誰に言われたか覚えているか?」
「うん。最初の一枚は宝条っていう白衣のおっさんと、後はラザードっていう金髪のスーツの人」
「「!!」」
 その名にアンジールはデスクを叩き、大きく音を立てて席を立ち上がった。

「……ラザードだと…」
「サー。統括ならまだブリーティングルームにいるはずです。すぐに確認を」
「ああ、ザックスは俺が預かる。カンセル、お前はミッションに向かってくれ、M-355-K-i3だ」
 アンジールがパソコンを操作すると同時にカンセルは自身の携帯を開く。
 送信されてきたミッションNoはM-355-K-i3。
 逃げ場の無い孤島のミッションでリーダーの名はカンセル。そしてそれに続いたのは先程までザックスに暴行を働いていた3rd達の名前だった。
「後は任せる」
「了解。きっちり締めておきます」
「ね…なに?…なに?」
 阿吽の呼吸のアンジールとカンセルの会話に付いていけず、ひたすら首を捻るザックスの頭にポンポンと手で叩くとカンセルはザックスに人のいい笑顔を向けた。
「後はサーの言う事を聞くんだ。いいか?いい子にするんだぞ?」
「カンセル、どっか行くのか?」
「お・し・ご・と。ソルジャーは忙しいんだ。じゃ、またな」
「またすぐに会えるよな?!」
 ザックスが思わずカンセルの服を掴む。
 病院で「またな」と言ってカンセルと別れてから半月。その半月でザックスは人生が反転するほどの地獄を見た。
 カンセルがいなくなるとまた何かが起こりそうで、どうしても心細さが出てしまう。
 カンセルはそれを察し、無理にそのザックスの手を解こうとはしなかった。
「サーがいるから大丈夫だ。ただ本当にちゃんとしろよ?お前はそっちの方が心配だ」
 最後にオマケとばかりにデコピンをし、涙目で自分の額を擦るザックスの頭を撫でる。
「では、行きます。サー」
「ああ。頼む」
 軽くザックスに手を上げてカンセルは任務へと向かって行った。



 残されたザックスが不安そうに振り返ると、そこには大きな剣を背中に背負うアンジールの姿があった。
 大きなアンジールの背中を覆うほどもある大きな大剣。ザックスはそれほどの大きな剣を生まれて初めて見た。
「…ね…。それ、なに…?」
「バスターソード。俺の誇りだ」
「誇り?」
 そこに吊られるようにザックスはトコトコとバスターソードに近づくと、その大きな刃に自分の顔を映す。
「うわああああ~…カッケええええ!」
 キラキラと目を輝かせ、にぱあ!という擬音がつきそうなほどの満面な笑顔でザックスは感嘆の声をあげた。
「ね、ね、触っていい?」
 返事も待たずに手を伸ばしてくるザックスの手をアンジールはピシャリと叩く。
 出会ってからわずかな時間ではあるが、ザックスの行動パターンは分かりやすい。アンジールはそれをすでに周知していた。
「駄目だ。それより行くぞ。来い」
「ラザードの所?」
「『ラザード統括』だ。上司への口の聞き方を覚えろ一般兵」
 アンジールが執務室を出てブリーティングルームへと向かえば、その回りをアンジールを見上げながらチョコチョコとザックスは付いて行く。
「な、俺もこんなん背負いたい」
「お前にはまだ無理だ」
「ソルジャーになったら出来る?」
「さぁな。それとこれは話が別だ」
「どう別なの?」
「どうかな。話して分かる事じゃない」
「難しいのか?」
「かもしれんな」
「そうだよなー、簡単なワケないよな。なんてったってソルジャーだもんな!」
 開いたエレベーターの乗り込むと、嬉しそうに笑いながら窓際に立ち窓の外を覗きこむ。
 ザックスとの会話はとりとめの無い言葉のキャッチボールだった。
 だが、不思議とそれは全く不快なものではない。
「俺、アンジールみたいなソルジャーになろっかな」
「セフィロスでなくていいのか?」
「セフィロスみたいになれると思う?」
「さぁ、どうだろうな」
「酷ぇ~、俺の未来はこれからなんだからなれるって言ってよ」
「なれるなれる」
「うげー、棒読みだー」
 小さなことにひとつひとつ表情を変えるザックスに、いつしかアンジールは喉を鳴らして笑い始めていた。
 瞬く間に心地よく人の心に入り込む術を知っている。
 ザックスはそんな不思議な力の持ち主だった。


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