■ After The Battle 第一章 第2話 code-"D" 08 |
ソルジャーフロアの階でエレベーターを降り、ブリーティングルームへと向かう。 ロックはされておらず、入り口はすぐに開いた 「ラザード、いるか?」 「やあ、アンジール。ああ、ザックスも一緒か、そろそろ来る頃だと思っていたよ」 広いブルーティングルームの中心にただ1人。 見るからに頭脳派といえる銀ブチ眼鏡にスーツを来たその男は椅子に座り、デスクに肘を突いて白い手袋に包んだ長い指を組んでいた。 「予想済みか?」 「カンセルがザックスを連れて来たのが監視カメラに映っていたからね。君の用はその子の事だろう?」 話題を振られ、ザックスは自分を指差し首を傾げる。 それにラザードは頷いた。 「久しぶりだね、ザックス。あれから元気にしていたかい?」 「元気っていうか…酷い目にあった」 「そうか。でもこうしてここにいるのだから、無事だったという事だ。良かった」 ニッコリとラザードは目を細めたが、ザックスは釈然としないまま首を捻る。 大人の言うことはどうも遠まわしで理解が出来ない。そんな面持ちだ。 「ならばラザード、用件は分かるはずだ。ザックスにさせた契約の内容を知りたい」 アンジールが要点をつき端的の疑問を投げつける。 ラザードは僅かに椅子を回転させ、2人に向き合った。 「隠すつもりは無いよ。君もすでに承知の通り、その子は科研より特例措置の出た存在、code-"D"だ」 改めて言われた事実にアンジールが息を呑む。 「…理由は?」 「それは分からない。科研に関しての情報は全て極秘だ。私の立場でも調べはつかない。が、その子はすでに科研の契約書にサインをしてしまった。これだけは揺るがない事実なんだよ、アンジール。何があってもね」 「騙してサインさせた可能性がある。事実ザックスは契約内容を把握していない」 「それに関し、神羅が調査をするとでも?」 「……」 アンジールは沈黙のまま、拳を握った。 「『何があっても』そう言っただろう?アンジール」 「…あいかわらず、だな…」 「それが神羅だからね」 「理由になっていない」 「正論で現実は変えられない。君は分かっているはずだよ、アンジール」 「……」 怒りの矛先を向ける場所はどこにも無い。だから何も言わずに堪えろ―――そんな諦めを強いる忍耐の強制に包まれ、ブリーティングルームに静寂が訪れた。 「…あの、さ」 その重い静寂を、まだ声変わりをしていないザックスの声が響く。 「なんかさ…2人とも神羅が嫌い?」 「え?」 そしてその素朴な質問にアンジールとラザードは互いに視線を交わした。 そしてラザードは苦笑いを浮かべると、ザックスに向かい唇に人指し指を立てる。 「いい勘だ。でもナイショだよ、ザックス」 「そうなの?ね、俺は?どうなんの?」 話しの内容は分からなくとも、良い状態ではないことは察しがついたのだろう。ザックスは不安そうに眉尻を下げた。 そんなザックスにラザードは優しい視線を向ける。 「君はソルジャーになるんだ。私と契約をしたろ?」 「あ、あの書類?」 宝条の契約書にサインをした後、ザックスの元にラザードはやってきた。そこで「身を守るため」とサインをしたのだ。 「そう。あれは特例処置の契約書だ。君は君の希望に従いいつでもソルジャー施行手術を受けることが出来る」 「えっ?ホント?!」 「待てラザード!」 思いも寄らぬ吉報に喜ぶ顔を見せるザックスだったが、アンジールはそれを制した。 「お前が契約したのはそれか?どういうことだ?この子はまだ13だ。ソルジャーには…」 「だから特例措置なんだよ」 神羅にはソルジャーの施工手術は『適性に合格した15才以上のもの』という規則がある。適性は最優先の事項だが、それに年齢が加わるのはソルジャーは精神的な面に掛かる付加が大きいためだ。 にも関わらず、耐性と適性だけで認可されるというのは特例中の特例。それはラザードが裏で駆け回った成果でもあった。 「この子をソルジャーにして我々が保護をする。もちろんリスクは高い。ソルジャー手術に100%の保障は無く、ソルジャーになれたとしても大きな怪我は付き物だ。おそらく何度も科研に運ばれる。だが、それでも今のままよりはずっといい…そう思わないか?アンジール」 「……」 契約まで済ませてある以上、何を言っても今更の話だ。 だが、ラザードの言う事は紛れも無い事実でもあった。 このまま一般兵としてザックスを返しても、周囲の流れは変わらない。 『何をしても構わない存在』という認識が広まれば、たちまちザックスは穴だらけにされるだろう。 そして科研に運ばれれば最後、一般兵をそこから連れ戻す術はない。 だが、ザックスがソルジャーならば、上司としての権利と立場を施行できる。 選択肢はそれしか無いのだ。 「俺、ソルジャーになるよ」 重苦しい空気を破ったのは再びザックスだった。 「セフィロスがそこにいるんだ。だから必ず行く。大丈夫、心配しないで」 明確に自分の意思を述べるザックスの瞳はとても澄んでいて、そこにに迷いは全く無かった。 「手術はいつ受けるかい?」 「明日でいいよ。早くやろ」 「分かった…。君はもう我々の仲間だ。よろしくね」 「うん!よろしく!」 ラザードとザックスが握手を交わす。 それを見ていたアンジールはもう何も言えなくなってしまった。 宝条が何故ザックスを選び、何を言ったかは分からない。 だが、この子の純粋な夢を利用したことに変わりは無い。 ラザードは温情の厚い男だ、おそらくギリギリまでそれを糾弾したに違いない。だが、それで変えられる神羅ではないのだ。 大きな渦のような神羅の中枢。その中で何も出来ないでいる自分に対し、アンジールは歯を噛み締めることしか出来なかった。 ザックスの髪をくしゃりと撫でると、ラザードは再びアンジールへと向く。 「アンジール、この子を頼む」 「…分かった」 施行手術は明日。最悪の事態ではこの子供は明日死ぬ。 無事に帰ってきたとしても、その後も何らかの実験は繰り返されるだろう。それを思うと胸が詰まる思いがした。 「行こうザックス。腹が減っているだろう。何が食いたい?」 アンジールがザックスに手を差し出すと、ザックスは嬉しそうに笑い、その手を握り返してきた。 アンジールから見れば体温が高く、細くて小さな頼りない手だった。だが今はその繋いだ手に祈りを込める。 ―――生きろ 「アンジールが奢ってくれるの?」 「奢ってもいいし、作ってもいい。俺は料理が得意だからな」 ―――生きろ、ザックス 「マジで?!ならアンジールの手作りがいい!オムライス作れる?卵が半熟のやつ」 「ああ、任せろ。ソースは何がいい?ケチャップか?デミグラスか?ホワイトソースでもいいな」 「全部!」 「…全部は初めてだな」 ―――生きて帰って、そして負けるな。その為に必要な事は全て教えてやる。 アンジールの堅い祈りと決心がそこにあった。 「行ってくるな!アンジール」 翌日、ザックスはまるで遠足にでも行くように楽しそうな笑顔を向けてアンジールに大きく手を振った。 科研の扉が閉まり切るまでその笑顔は消えず、扉の外にいるというのに取り残された気分になったのはアンジールの方だった。 「必ず帰れ。ザックス」 眉間に皺を寄せ、拳を強く握るとアンジールは自分のマンションにもうひとつ個室を用意する為に踵を返した。 ザックスが「ただいま」と言える場所を作ってやらなければならない。 昨夜ザックスはよく食べ、よく眠った。 これからは食材を増やす為に冷蔵庫を大きくした方がいいかもしれない。 寝相が少し悪かったからベッドは大きめの方がいいだろう。 典型的な勉強嫌いな子だから部屋よりリビングで勉強させた方が効率が良さそうだ。 アンジールはあえて悪い結果の予想は避けていた。 そうすることで祈り続けた。 ―――生きて帰れ、ザックス ソルジャーとなったザックスがアンジールの元に帰ってきたのは、それから20日後の事だった。 【第2話・完】 |
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