■ After The Battle 
第一章 
第2話 code-"D"  06 

  
 

 それは、ザックスにとって初めての感覚だった。
 暖かい、まるで母の腕の中にいるようなぬくもりが全身を包み、フワリと身体が軽くなる。
「…な、に」
 何事かと目を開くよりも早くそのぬくもりはザックスの全身の隅々にまで広がり、固くこわばった筋肉をほぐし、そして染み込むように体内へと入り込んできた。
「ぅ、わ…」
 慌ててカンセルに縋りつくザックスを、カンセルは軽く背をポンポンを撫でて宥める。
「大丈夫。痛くねぇだろ?そのままいい子にしてろ」
 そう言われ、再び大人しくなったザックスの身体の中を、そのぬくもりは染み渡っていった。

「―――…」
 ザックスは目を閉じ、そのぬくもりに身を任せていた。
 染み込んだ糸が筋肉の中で切れたはずの繊維を再び繋ぐ。
 押しつぶされた潰れた細胞は水を与えられた草花ように再び気力を持ち復元する。
 ひび割れした骨の隙間に液が入り込むように埋まり、断ち切れたはずの神経が繋がる。
「……、」
 そんな、体感では分かるはずもないミクロの感覚が体内で行われているのがハッキリと分かる。
 ―――自分は生きられる。
 そんなことを心の底から本気で思えることにザックスは言葉も無くし、ただ目を閉じたままその場で身動きひとつ出来ないでいた。

「よし、終わりだ。ザックス、まだ痛い所はあるか?」
 やがてその光が止まり、ザックスはホゥっと安堵の息をついた。そして、その時になって初めてアンジールの顔を見る。
「…おわり?」
「ああ。まだ痛い所はあるか?」
 初めての体験にまだどこかボーッとしているザックスに、アンジールは繰り返し同じ言葉を優しく問いかける。
「…へ、平気」
「そうか。良かった」
 アンジールはその大きな手でザックスの頭をクシャクシャと撫でると、立ち上がりデスクに戻りながらカンセルに声をかけた。
「カンセル。キブスを取ってやれ」
「アイ・サー。 ザックス、もう少し動くなよ?」
 カンセルはズボンの後ろポケットからナイフを取り出すと、ザックスの腕を取り器用に刃先を入れて行った。
「凄いだろ?サー・アンジールの回復魔法」
「アンジール?」
「ああ。英雄と同じクラス1st。俺が最も尊敬する人だ。ソルジャーとしても、人としてもな」
「人としても…」

 ザックスが顔を向けた先、デスクでパソコンを操作しているアンジールは静かにその画面を睨んでいた。
 同じソルジャーでも石像のように端整なセフィロスの容姿とは違い、骨の太そうな厳つい風体はいかにも軍人に相応しい。
 が、初めて会った子供であるザックスにかけてくれた声の優しさと回復魔法のぬくもりは、その人間性を深く知らなくても疑う余地のない暖かさに満ちていた。
「ほいよ、外れた。手、動かしてみ?」
 カンセルにギプスを外してもらい、ザックスは何度も左手を握っては開き、肘を曲げては伸ばしてその感触に確かめる。
「…痛くない…」
「だろ?」
 口角を上げるカンセルにザックスの顔に光が戻った。
「すっげー!痛くない!治ってる!」
 まるで厚い雲が晴れていくように表情に明るさが戻り、元気良く立ち上がると思いきりしゃがんで飛び上がるなどしきりに身体を動かしてはしゃぎはじめる。
 さっきまで死にそうな程グッタリとしていたとは思えない程の回復だった。
「すっげー!すっげー!」
「ちゃんとサーにお礼を言えよ?」
「うん!ありがと!アンジール!!」
「『ありがとうございました。サー・アンジール』だろ!」
 いきなり呼び捨てをするザックスの頭を後ろから小突いてカンセルは注意をしたが、ザックスは治ったのがよほど嬉しいのか気にも留めずにニコニコと笑顔を零す。
 その、すぎるほどの愛想の良さにアンジールは顔をあげると可笑しそうに目を細めた。


「それは構わない。それよりもザックス、2つ質問があるんだが…ん?」
 デスクに肘を突き、改めてまっすぐにザックスの目をを見て話そうと顔をあげたアンジールだったが、その視線の先のソファにはザックスの姿はすでになかった。
「こっちー。なに?」
 帰ってきた返事に顔を向けると、そこには部屋の隅に置いてある観葉植物達を興味深そうに見ているザックスの姿があった。
「な、アンジール。これ何?」
「…カポックだ…」
「ふぅん。じゃ、これは?この垂れてるやつ」
「グリーンネックレスと言ってだな。キク科の…」
「じゃ、あっちの剣みたいに尖がってんのは?」
「…サンセベリアだが…お前が知りたいのは名前だけか?」
 集中力が無いのか好奇心が旺盛なのか、とにかく片時も落ち着き無くキョロキョロと顔を動かすザックスにアンジールが溜め息をつく。
 と、自由奔放なザックスの行動に耐えかねたカンセルがザックスの頭にゲンコツを食らわし、襟を掴み力ずくでアンジールの前に連れ戻した。
「サーの前だ。ちゃんとしろ、ザックス!」
「痛ぃよー、カンセル」
 ゲンコツをされて頭を撫でながら大人しくその場に立ちはするものの、ザックスの視線はやはりチョコチョコと周囲へと動く。
 子供年齢ゆえの社会常識知らずさはあるだろうが、そのなかなかの強敵ぶりにアンジールは眉間に困惑の皺を寄せるしかなかった。
「…話しを戻そう。質問は2つだ。正直に答えてくれ、ザックス」
「うん、なに?」
 あっさりと返す普段の言葉使いにカンセルはさらに注意をしようと口を開いたが、アンジールがそれを手で制して止める。
 ここでこの子供にに細かいことをひとつひとつ注意していたら話が進まない。そう判断しての事だった。
「まずはセフィロスの事なんだが、お前はセフィロスと面識があるのか?」
「うん。子供ん時に会ったことある。ゴンガガで」
「ゴンガガ?」
 その名前にアンジールは記憶を辿る。
 ゴンガガはジェングルの中にある小さな村で、一度魔晄炉の調査にセフィロスとジェネシスの3人で行った事があった。
 後にも先にも3人とも行ったのはその一度きりだったが、アンジールにザックスの記憶は無い。
「そん時に一緒にいる約束をしたんだ。だから俺、ここに来た」
「セフィロスと一緒にいる約束?」
「うん」
 そこでアンジールはひとつの出来事を思い出した。



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