■ After The Battle 
第一章 
第2話 code-"D"  05 

  
 
 ソルジャー1stのアンジール・ヒューレは悩んでいた。
 1stに割り当てられた執務室のデスクに座り、目の前のパネルに表示されたデータを凝視しては眉を潜め、小さく唸り声をあげる。
 そして先程、部下であるカンセルから入った報告にあった言葉を、苦虫を噛んだような表情で繰り返す。
「…スケープゴート…まだ13の子供に…」
 やり切れないイラ立ちを噛み殺し、頭を抱えるように肘をつくと重い溜め息を吐いた。

 アンジールの目の前のパネルには1人の少年のデータが映し出されていた。
 大きな黒い瞳と元気いっぱいにハネた黒い髪。まだ幼さの残る顔立ちは嬉しくて仕方ないとばかりに目をキラキラと輝かせている。
 誇らしげに神羅の紋章を背に写っているのはおそらく入社時に撮られたものだろう。
 そんなあどけない少年の顔写真と名前に始まり、パネルには生年月日に出身地、身体データの詳細な数字が続く。
 年齢の平均値と比較すればやや小柄ではあるが身体能力は優秀で、これと言った問題もなく、どこにでもいる健康的な少年と評価がされていた。
 だが、ソルジャー1stであるアンジールの権限の元に映し出したそのデータの名前の横には、通常ではありえないある記号が付加されていた。


  Zack Fair 【code-"D"】


 code-"D"。
 それはソルジャーを製造する神羅の要のひとつ、科学研究部門が付加する暗黙のコードだった。
 科研が被験者として指名し、本人もそれを受理したという証。
 大きな怪我や病などでこのコードが付加された者の身に何かが起こり、その治療が困難とされた場合、その身体は強制的に科研に引き取られその後の事は全て科研に一任される。
 そこでどんな処置が行われ、どれだけの期間何をされるかも全て極秘。その生死すら公表される事はない。
 つまり、完全な科研の実験動物となる証だ。
 マッドサイエンティスト達の歪んだ探究心を満たすために会社が差し出す生贄。
『スケープゴート』。
 いつしかこの存在はそう呼ばれるようになっていた。

「セフィロス…、お前はこの事を知っているのか…?」
 ここ数日、連絡の取れない友の名を口ずさむ。

 アンジールがセフィロスから「ザックスを頼む」と言われたのは半月程前。
 ザックスは入社したての一般兵で、所属の辞令を受ける直前だった。
 神羅ビルのエントランスでセフィロスを見つけ、まるで仔犬のようにはしゃぎながら一目散に駆け寄ってきた姿が印象的な少年だった。
 寸前で2ndソルジャーに捕まり、態度が不躾だとホールに投げ落とされてしまったが、痛いと喚く声の元気さに安心と逞しさを感じたのを今も覚えている。
 そのザックスと何か関係があるのか、セフィロスはいたく彼を気にかけていた。
 話を聞く前にセフィロスと連絡がつかなくなってしまった為、アンジールには今もその理由は分からない。
 だが、自慢のような甘えるようなめったに見せないセフィロスの笑顔をアンジールは初めて見た。
 どんな無理難題であろうとそれに答えなければならない。そう決めたのだが…

「一般兵のcode-"D"では…」

 その難関がアンジールの目の前を暗くする。
 ソルジャー1stであるアンジールと新入りの一般兵であるザックスに接点はない。
 不自然に接触をすればやっかみを受けるのはザックスだ。
 それを回避するために怪我をして入院をした彼の容体は部下であり面倒見の良いカンセルに代理で行かせるなど、回りくどい手段も講じた。
 だが、code-"D"となればそんな遠巻きな保護では通じない。
 事実、ザックスは理不尽な攻撃を受け負傷し、今ここへ向かっている。
 この怪我を治してやる為のマテリアは装備済みだが、問題はその後だ。
 アンジールには直接ザックスを守ってやる術が無い。
 怪我をしない兵士はいない。
 たとえ何らかの形で理不尽な仕打ちから守ったとしても、僅かな怪我を理由に科研に連れて行かれればそれが最期になってしまう。
 アンジールがザックスを守るには、ザックスはあまりにも弱すぎるのだ。


「いったい、どうすれば…」
 アンジールが何度目から分からない重い溜め息を漏らした時、来客を告げる電子音と共にドアが開いた。
「ソルジャー2nd、カンセル入ります」
 空いた手で軽く敬礼をし、ザックスを抱き抱えたままカンセルが入って来る。
「ご苦労、カンセル。その子だな?」
「はい。ですが、各所損傷が急速に悪化しています。サー、治療をお願いしても…」
「分かっている。科研に行かせる訳には行かない。そこに寝かせろ」
 アンジールが差したソファに横たえるため、カンセルはゆっくりとそこにザックスを下ろす。
 が、身体を離すために捕まってくる腕を解こうとした時、それまで大人しくしていたザックスから弱弱しい声が漏れた。
「…?どした?」
「……ゃダ…」
「怖いのか?」
 カンセルが心配して尋ねると、黒い髪が小さく上下に揺れる。
 その様子にアンジールは「まるで親子だな」と小さく笑った。
「せめて兄弟にしてください、サー」
 苦笑いを零すカンセルにそのままでいいと合図をすると、アンジールはまだ警戒をしてか顔を上げようとしないザックスの髪を優しく撫でた。
「初めましてだな、ザックス。俺はアンジールだ。ソルジャー達が酷い事をしてすまない。詫び代わりにもならないが、まずはその傷を治したい。回復魔法をかけたいんだが、構わないか?」
 アンジールの優しい問い掛けにザックスは少しだけ悩むように間をあけた後、再び小さく頷いた。
「ありがとう。ゆっくりやってやるから、そのままジッとしていてくれ」
 それをきっかけに、アンジールはザックスの細い肩に両手を添えると、淡い緑色のマテリアを発動させた。



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