■ After The Battle 
第一章 
第2話 code-"D"  03 

   
 
 フワリと浮く感覚を覚えたのはほんの一瞬で、すぐに落下と共に空気を切り裂くような轟音が鼓膜を貫いた。
「ひぅ…!」
 瞬時に後悔が湧き上がり全身を貫くように突き抜ける。
 死ぬ…!
 その絶望を感じたその瞬間、ザックスの身体は突然現れた腕に掴まれ、そのまま抱き込まれたかと思うとフワリと宙に浮きストンと地上へと降りた。
「よぉ、ザックス。なーに派手な鬼ごっこしてんだ?」
「カ、カンセルぅ!」
 僅かな灯りの中、知った顔に安心しザックスが破顔し、思わず抱きつく。

 入院中に見舞いに来てくれたソルジャー2ndのカンセル。
 栗色の短い髪に面倒見の良さそうな兄貴分を感じるその笑顔に、ザックスはすぐに懐き仲良くなった。
 このミッドガルに来て、初めて出来た友達だった。

「カンセル!カンセル会えて嬉しい!」
『またな』と言って病院で別れてから半月。
 たった半月だというのに、周囲に頼りの無くなってしまったザックスには泣きたいほど懐かしい相手だ。
「おっと、喜ぶのはまだ早い。いい子だからそのまま掴まってな」
 カンセルはそう言うやいなや、ザックスを下ろす間もなく抱きかかえたまま裏通りへと全力で走り出す。
 と、その先に停めてあったバイクにザックスを前抱きのまま乗り込み、アクセル全開で急発進した。
 そのバイクの後をいくつもの銃弾が追いかけ鉄筋に跳ねる。ロウダ達が銃を撃ってきたのだ。
「へへーんだ。こっちはバイクだぞ!当たるかバーカ」
 カンセルに抱きつくようにしがみつきながら、ザックスは形勢逆転とばかりに元気を取り戻し、追ってがいるであろう方向にアカンベをする。が、カンセルはそれに釘を刺すように諭した。
「悪いがザックス。ソルジャーなら、街中のバイクくらい簡単に追いつくぞ?」
「え?マジ?」
「ああ。障害物がある分、街ではバイクの方が不利だ。だから多少無理をする。振り落とされないようにしっかり捕まっとけ?」
「え?あ?うわ…!」
 轟音をあげて細い路地から障害物に乗り上げガラスを打ち破って鉄筋のビルに入り込むと、その中の階段を轟音を立てて走り上がる。
 小さな踊り場を己の体を軸にバイクを振り回すようにスピンをかけ、スピードを落さないままバイクを操り走りあがる。
 その姿は、ザックスがかつてテレビで見たカッコ良くて強いソルジャーの姿だった。
 そのアクロバティックな操縦にザックスは興奮し、その目は星空よりもキラキラと輝かせた。
「すげー、カンセル!マジ、カッケぇー!!」
「ご声援感謝。けど舌を噛むから黙ってろ。ショータイムはもうすぐフィニッシュだ」
 興奮するザックスの頭を自分の胸につけ頭を守るように促すと、カンセルは階段を上がったフロアを突き抜け、反対側の窓を打ち破り隣ビルの屋上へとバイクを飛ばし飛び移る。
 どこからか銃声の音が響いてきたがバイクに当たる気配はなく、そのまま勢いを殺さずに屋上を走り抜けるとビルに併設されていた高速道路に飛び乗った。
 タイヤが摩擦音で悲鳴をあげる中、回転しながらバランスを建て直し、そのまま高速道路を走りぬける。
 街中と違い、障害物のない直線道路ではさすがのソルジャーも追いつけない。
 ショータイムはカンセルの逃げ切ることで幕を閉じた。



「よし、もういいぞ」
 高速でバイクを走らせながらカンセルがお許しが出すと、ザックスはプハッと息を吐き、頭を上げた。
「すげー…すげーよ、カンセル!やっぱこれがソルジャーだよな!俺もやる!こんなソルジャーになる!」
 カンセルに抱き付き頬を高揚させて喜ぶザックスに、カンセルは少しだけ照れたようにはにかんだが、すぐに表情を戻すと諭すように溜め息をついた。
「ソルジャー見たさにこの様じゃないだろう?退院してからいったい何があったんだ、ザックス?」
 てっきり真面目に兵の訓練を受けていると思っていたのに、というカンセルにザックスは嫌な事を思い出したように目を潤ませながら頬を膨らませた。
「俺だって分かんないよ…急にアイツラが襲ってくるようになったんだ。俺もう寮に帰んのヤダ、安心して眠れない。なぁ、カンセルんとこ泊めて?」
「眠れないってお前、そんなに喧嘩売られてんの?」
「ほとんど毎日。喧嘩ならまだ頑張るけど、そうじゃなくて犯されそうになるんだ」
「はぁ?!」
 ザックスの告白にカンセルも素っ頓狂な声をあげる。
「おれ、そんなんヤダ…お願い、カンセル…」
 ぐすんとザックスが鼻をすすれば、カンセルも同情したように眉尻をさげた。
「そ…そりゃ、誰だって…そうだよな…」
 カンセルがしどろもどろに言葉を濁す。

 生と死の狭間にいるソルジャーには時として抑えきれない衝動に突き動かされ、見た目の良い少年兵がその犠牲になる…という事があるのはカンセルも承知している。
 前科は無いにしてもカンセル自身もまたそんな衝動的な破壊欲に苛まれた経験だってある。
 それだけソルジャーの仕事は極限状態に追い込まれることもザラだったのだ。
 だが、それらはあくまでも切羽詰った戦場で起りうる出来事であり、任務中ではないミッドガルの街中、しかも数日続けてとなればいささか話は違ってくる。
「アイツラ、そんなにお前が気に入ったってことか…?」
 カンセルがチラリと視線をさげると、そこにはフワフワと元気いっぱいに黒髪をハネさせ、大きな丸い目をした小柄なザックスが不自由な片手で必死にしがみ付いて丸くなっている。
 歳も最年少の13歳。単純に考えても体格のいい軍の中ではスバ抜けて小さく可愛い存在ではあるが、いかんせん本物の子供だ。
 大人の汚れたドロ臭さを向けるには、あまりにも不似合いな存在としか思えなかった。
「分かんないけど、どっちかというと嫌いなんだと思う…」
「嫌い?」
「うん、なんか凄いバカにしたようにスケープゴートって言ってた。最初んとき」
「え?」
 カンセルの表情がそれまでと変わり急に曇った。
「スケープゴートって、言ったのか?間違いないか?」
「うん。なぁ、それってどういう意味?」
「……」
 急に沈黙となった返事にザックスが顔をあげると、そこには神妙な顔で宙を睨むカンセルがいた。
「カンセル?」
「……」
「なぁ、カンセルってば」
 心配そうに見上げるザックスの頭を撫でると、カンセルはギアを変え進行方向を変えた。
「ザックス。行き先を変えるぞ」
「え?どこ行くの?」
「このミッドガルで最も信頼の出来る所だ」
 それだけを言い、カンセルのバイクは夜の高速を昇り神羅ビルへと向かって行った。



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