■ After The Battle 
第一章 
第1話 銀の糸と黒い珠 03 

  

  森の中に湧き出る地下水のように緑色に輝きながら浮かび広がる魔晄の泉。
 その緑色に光りながらゆっくりと飛ぶように舞う雫達の中心に、1人の子供が仰向けのままプカプカと気持ち良さそうに水面に浮かんでいる。
「♪ゴンゴンガンガン、ゴンガンガン、ゴ~~ン♪……ふぅ~」
 歌が終わったのか満足そうにため息をつくと身体を反転し、頭を沈めると同時に小さな小桃尻が浮かぶ。その後を追うように小さな足の裏が上がると、水音を立てて水面の中へと消えて行った。
「……」
 セフィロスはその大きな翡翠の瞳を見開いたまま、ただ水面に残った輪を凝視していた。
「…幻覚…?」
 目の前にあるのは確かに自然の魔晄の泉だった。セフィロス自身も何度も見てきたものだ、間違いはない。神羅がここに魔晄炉の製造を計画している事からも、その量及び質に至ってもかなり良質のものであることは確実。
 だが、魔晄の中で人間が平気でいられるなど聞いた事がない。ましてや、潜るなど…。
 そう疑念を抱きながら視線をずらすと、そこには泉の傍に脱ぎ捨てられた服と水筒があった。
「…現実、か」
 酷く現実的だが、この場にはありえないそれらに近づくと、セフィロスはそのTシャツをつまみ上げる。
 服のサイズから見て子供は7歳前後、下着まであるということはやはり全裸で遊んでいるのだろう。
「……」
 セフィロスはこの現実をどう受け止めていいか分からず、口元を強く結んだ。
 幼い頃から神羅のソルジャーとして務めを果たしているセフィロスは魔晄の中を知っている。耳鳴りと雑音、声とも音とも取れぬ概念が荒波となって押し寄せ精神を蝕んでくる。
 耐えられないレベルではないが、少なくとも決して気分の良いものではなかった。当然自分から入りたいものでもなく、ましてその中で機嫌良く歌など歌う事など有り得ない。
「それとも、ここの魔晄は何か違うのか?」
 セフィロスが再び魔晄に目を向けたその時、「ぷはーっ!」と盛大に息を吐くと共に、大きな水しぶきを上げて先ほどの子供の黒い後頭部が水面に戻ってくる。
「おい、お前」
「うひゃっ!」
 すぐさまセフィロスがその子供の背に声をかけると、子供はビクンと身体を震わせて固まった。


「お前は村の子か?ここで何をしている?」
 純粋に疑問として投げかけたセフィロスの声に、子供が恐る恐る振り返る。が、目にしたのが村の人間ではない事に安堵すると、あからさまにホッと全員の力を抜き、途端に幼い顔をクシャリと崩した。
「な~んだ、村のだれかかと思ってビビっちゃった!村の外の人かぁ! ねぇ、おにいちゃん?それともおねえちゃん?きれーだね。ゴンガガははじめて?」
 屈託のない笑顔でバシャバシャと泳ぎながら近づき魔晄の泉から上がると、ブルブルと頭を振って水を払い、躊躇もせずにトタトタと走り寄る。
 全くと言っていい程警戒心が無く、人懐こい笑顔の黒い髪と黒い瞳の子供はキラキラと黒い瞳を輝かせながらセフィロスを真下から見上げた。
「あ、おねえちゃん?」
「セフィロスだ。女じゃない」
「セフィロス? 名前もきれーだ。おれ、ザックス!」
 性別を間違えたことを悪びれもぜずにニッコリと笑うと、セフィロスからTシャツを受け取りいそいそと袖を通していく。
「お前は村の子だろう? そこで何をしていた」
「水あそびしてた」
「水あそび?」
 首を傾げるセフィロスの横でザックスはズボンを履き靴に足を入れて行く。
「うん。でも村の人にはナイショな?ここで遊んじゃいけないって言われてるんだ。なんてったっけ?キンキン?」
「禁忌」
「うん、それ。なんでだろーね?こんなにきれーなのに」
 ザックスが顔を向けた先をセフィロスも臨めば、変わらずに魔晄の光は緑に揺らめいていた。

 あれがただの光だけなら誰もが讃美する。だが、莫大なエネルギーを有するそれは一度触れればたちまち精神を呑み込んでしまう…はずなのに。
「お前はアレの中に入って、何も感じないのか?」
 セフィロスが視線を戻すと、着替えの終わったザックスが水筒の水を飲んでいる所だった。
「うん?きれーな歌も聞こえてくるし気持ちいーよ?」
「歌?」
「うん。だからおれもいつも歌ってあげるんだ、ゴンガガの歌!おれがつくったの」
 エッヘンと自分の作った歌に満足そうにしているザックスの横で、それであの素っ頓狂な『ゴ』と『ガ』の羅列なのだとセフィロスが1人納得する。

「綺麗な歌か…」
 改めてセフィロスは顎に手を当てると魔晄の中を思い出していた。
 魔晄の中のあの雑然とした音と雑音の中に、歌などというものがあっただろうか。
 今まで決して耳を傾けなかった音の記憶を辿っていると、突如クイクイと袖を引かれ、いつの間にか側に来ていたザックスに視線を落とす。
「髪もきれー。ね、触っていい?」
 頬を染め、目をキラキラさせて両手を伸ばし、何とか毛先に手を伸ばそうとセフィロスのコートを勝手に掴み背伸びをしてくる。
 好奇心旺盛な子供は次から次へと矛先を変える。さらに、断られる事は想定していないのかと不思議にすら思うほどのワクワクした表情に、セフィロスは一番手っ取り早い方法として黙ったまましゃがんでみせた。
「やったぁ!」
 喜んだザックスはすぐに銀の髪に頬をすりよせ、気持ち良さそうに目を瞑って笑顔をほころばせる。
「綺麗なものが好きなのか?」
「うん。ね、キスしていい?」
 セフィロスの目の前でパチリと開いた大きな瞳は、黒と思っていたのに今は太陽の光で茶色に透けて見える。
 光によって違うのか、とセフィロスが認識しているとフワリと小さな手が首に回り、小さくて柔らかなものが自分の唇に触れた。
「……」
 プチュッというリップ音がしそうな程の、幼子らしいかわいいキスだった。
 だがザックスは顔を離すと照れくさそうに顔をくしゃりとさせ、「エヘヘ、口にしちゃった」と短い両腕で自分の頭をこねくり回しながら恥ずかしそうにモジモジとする。
 そのモジモジとした仕草が妙に可愛らしく、許しもないままの勝手なキスにもセフィロスは不思議と悪い気はしなかった。
「俺が気に入ったか?」
 小さく微笑み表情を和らげてやれば、その笑顔が嬉しそうにザックスは「うん!」と元気に頷き返す。
 ニコニコと笑うザックスの笑顔に釣られるように、いつしかセフィロスの表情も自然と和らいでいた。

 

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