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それは3年前のこと── 「クラウド。今日から君をクラス1stに任命する」 クラウド・ストライフは18歳にして念願のクラス1stの称号を手に入れた。 「おめでとう。これからは益々忙しくなると思うが、君には期待しているよ。よろしく頼む」 「ありがとうございます」 クラウドはラザードから差し出された右手を誇らしげに握りかえす。 強くなるために14歳でニブルヘイムを出てから4年。 セフィロスに次ぐ英雄候補と謳われた容姿端麗の金髪の少年は、ついに頂点のクラスへとたどり着いたのだ。 その感無量の瞬間を噛み締めるように、クラウドは静かに瞼を閉じ深く息を吐いた。 「それで早速だが、クラウド。君にひとつ頼みがある」 握手を終えると、ラザードは穏やかな姿勢のまま話を切り出す。『仕事』ではなく『頼み』という言葉が引っかかり、クラウドは首を傾げた。 「頼み?ミッションではなく?」 「ミッションと言えばそうなるかもしれない。が…少し違うかな」 「?」 主旨が分からず首を傾げるクラウドの前でラザードはキーボードを操作する。と、ある人物の写真がパネルに表示された。 「君にこの子の世話役になってもらいたい。最年少でソルジャー適正検査に最高得点で合格した期待の逸材なんだが、なにぶん幼すぎてね…とにかく落ち着きが無い」 「最年少…?」 「まだ13になったばかりだ。ソルジャーとして一人前になれるよう、教育してやって欲しい。名前は…ザックス・フェアだ」 クラウドが見上げたパネルには、瞳をキラキラと輝かせた元気いっぱいの黒髪の子供の笑顔が表示されていた。 そして、現在── 「クラーーーー!」 明るい太陽が窓から降り注ぐ頃、その元気な声はキッチンからリビング、そしてクラウドが眠る寝室のドアの前へと移動しながら響いてきた。 「クラウドー!おっきろ~!」 そしてその声の主はなんの迷いもなくドアを開けると、「とう!」という掛け声と共に遠慮無くクラウドのベッド上へバウンドをしながら飛び乗り、そのまま丸くなって眠るクラウドの上にズシリとのしかかった。 「寝ぼすけクラウド!朝だ!朝!」 上掛けを捲り、潜り込んでいるクラウドの顔を探しだすと、声の主であるザックスは嬉しそうにニッコリと笑う。 「おはよ!朝ごはんできた!」 「……お前…うるさい……毎朝…」 せっかくの快眠を邪魔され、クラウドは迷惑そうに強く眉をしかめる。が、とうのザックスは全く悪びれないまま、嬉しそうに足をパタパタと動かし、さらにクラウドの顔を覗きこんだ。 「静かだったら起きれないだろ?もっとも俺、静かになんてできねーけど」 「…重い…どけ」 「へへっ。こないだクラウドより1cm大きくなったもんね」 「…朝からケンカを売る気か?」 クラウドは機嫌悪そうにうっすらと瞳を開いたが、ザックスはそんなクラウドの表情にもめげずにニコニコと笑う。3年前から変わらない、太陽のような笑顔だ。 「……。起きるからどけ」 「キスさせてくれたらどく」 「……」 クラウドは無言のまま拳を握ると、それをまっずぐにザックスの額に打ち込む。 「いってぇぇ!!」 「…起きた」 「酷ぇよ、クラウド。朝が苦手だって言うから毎朝起こしてやってんのに!」 赤い額を抑えながら騒ぐザックスを置いて、クラウドはさっさと顔を洗いに向かった。 クラウドがザックスの世話を引き受けた日から3年。 出会った時にはクラウドよりもはるかに小さかった黒髪の少年は、成長期を思う存分活用するかのようにみるみる間に大きくなり、ついにクラウドを抜いた。 性格は明るく人懐こく、人間関係の構築はお手のもの。ソルジャーとしての腕も順調にあげ、今ではクラスも2nd。このままいけばいずれは1stにもなれると、クラウド自身も確信しているほどだ。 だが、そんな将来有望なザックスにはクラウドを悩ませる決定的な問題があった。 「クラウドってケチだよなー。全然キスしてくんない」 顔を洗ってから着替え、ダイニングキッチンに入ってきたクラウドをザックスはコーヒーをカップに注ぎながら迎えた。 「俺がいつもしていたような言い方をするな」 共に椅子に座ると、フォークを取る。ツナとコーンチーズのオムレツにコールスローサラダ、トーストやコーヒー、オレンジジュースなど立派な朝食だ。最初はコーンフレークに牛乳をかける事しか出来なかったザックスの料理もだいぶ様になってきている。 「してくれただろ?3年前に1回」 「頬にな。ここまで引っ張られると、あれは汚点だったのかと思えてきた」 「え~…俺はあれ以来、ずっとクラウドが好きなのに」 「…やはり汚点か…」 「なにそれ!酷ッ!」 『一人前のソルジャーにする』という当初の目的とは違う所ではじまったザックスの大好き攻撃。これにクラウドはずっと悩まされていたのである。 事の発端は3年前、セフィロスに勝負を挑んで完敗したザックスをクラウドが母親のように抱きしめ頬にキスをして慰めた事が大きな理由らしい。 クラウドもこうなることが分かっていれば、そんなマネはしなかったかもしれないが、ただそれでも…あの時は本当に可愛いと思ってしまったのだ、ザックスが。 「あの頃のお前はまだ子供だった」 「子供ならキスしてくれんの?なら、今も子供でいい」 「こんなデカイ子供はいらない」 「じゃあ、大人バーションで!」 「ぶざけるな」 「ツレねぇ~、クラウドー」 「なら、お前こそいいかげん教えろ。あの時お前は何故セフィロスに挑むなど無謀な勝負をした?下手をしたら死んでたぞ」 「クラウドがツレないから、教えない」 「そうか。ならもう聞かない」 「えーーッ?!」 スネてみせても結局は素直にショックを受けるザックスは、フォークを握ったままカックリを首を落とす。 クラウドはその姿を眺めながら黙々と食事を続けていた。 『あの頃』という名の3年前、クラウドがザックスを引き取った直後で、ザックスはまだ新米の3rdだった。 きっかけは分からないが、ザックスは何故か大勢の前で英雄セフィロスに勝負を挑み、そして全く近づく事も適わぬ場所であっさりと玉砕された。誰もがやる前から分かりきっていた結果だった。 だが、身の程知らずにもショックを受けたザックスはその日、悔し泣きしながら自主トレをし、悔し泣きしながらシャワーを浴び、悔し泣きしながら夕飯を食べたのだ。 それをずっと見ていたクラウドはさすがにいい加減しつこいと呆れてはいた。 が、その日の夜。 真っ赤な目で「…ぉやす…っ…なさぃ…」と、パジャマ姿で挨拶をしにきたザックスにクラウドの心は変わった。 さんざん泣いたはずの目にはまだ涙が溜まっていて、きっとこの後もザックスはベッドに一人で泣くだろう事は容易に分かる。 分かりきっていた勝負に負けたことが何故そんなに悔しいのか…。クラウドにその理由は分からない。 だが、必死に唇を噛んで涙を零さないようにするザックスはあまりに可愛くて、それでつい、ほだされてしまったのだ。 「俺がついてる。だからがんばれ」と、そう言って小さな暖かい身体を抱きしめた。 自分の腕の中でコクコクと声を殺しながら泣いて頷くザックスは本当に愛しくて、クラウドは頬にひとつだけキスを落としてやった。 クラウドの中では、一人前になれば思い出すだろう新米の頃の甘酸っぱい思い出…程度の事と考えていたが、一本気なザックスにはどうやらそれは通じなかったらしい。 それ以来、ザックスは何かにつけてアピールをしてくるようになり、それが『ザックスの恋』だと理解した時には、すでに時は遅かった。 「俺はさ、本気でクラウドが好きなんだよ。だからクラウドの為に何でも出来る男になろうと毎日頑張ってるわけ。朝だってちゃんと起こすし、このオムレツだってそうだよ。クラウド好みに味とか硬さとか、俺研究したんだからな。だから美味いだろ?なぁ、クラウド聞いてる?」 朝食を食べながらザックスは力説する。 「聞いてない」 「聞けよ。ってか、聞こえてるじゃん!」 「確かにこれは美味かった、ご馳走様。早く食べないとまた遅刻するぞ?今日はアンジールに訓練をしてもらうんだろう?」 「うわっ!いけね!」 力説をするあまり少しも食事が進んでいないザックスを急かせば、ザックスは慌てて朝食を掻きこむ。 「クラウホは?クラウホは今日はなひ?」 モグモグを口を膨らませ、それをオレンジジュースで一気に飲み込むザックスを見届けると、クラウド席を立った。 「俺はセフィロスとジュノンだ。3日で帰る。じゃあな」 「え!?3日もセフィロスと?!」 クラウドの背後で「俺も行きたい」だの「セフィロスに気をつけろ」だの喚くザックスを無視し、クラウドは家を出て行った。 |
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