■花と太陽と金色チョコボ 
番外編 構いたがりと、構われたがり

 



 まだ朝早いエッジの街。
 人々が動き出す前の街は静かで過ごしやすい。
 夜には大勢の客で賑わうセブンスヘブンも、まだ静かだ。
 だが、1人カウンターに立ちコーヒーを淹れていたティファの元に、その男は勢いよく現れた。 
「ティファ!クラウド来てねぇ?!」
 ドアが開くのが先か、声が先か分からない猛スピードで現れたのはザックス。
 何か一大事件かのように焦った顔をしている。
「来てないわよ?何?クラウドついに家出しちゃったの?」

 ザックスとエアリスが帰ってきてから1ヶ月が経つ。
 土から掘り出した貯金でザックスはすぐにセブンスヘブンの近くに住居を構え、クラウドを引き取った。
 クラウドが使っていた部屋は今、エアリスが住んでいる。
 ザックスのおかげでクラウドの感情が豊かになり、エアリスという何でも話せる心強い親友を得て、ティファは平和の訪れを感じていた。
 ……が、ザックスとクラウドはよく喧嘩をする。
 それはテレビのチャンネル権だったり、ゲームの勝敗だったり、食べ物の取り合いだったりと、どれもささやかな子供レベル。
 そのほとんどが、ザックスがちょっかいを出してクラウドを怒らせているものばかり。
 2人とも揃って23歳。意識のない期間を差し引き、再会の喜びを足したとしても、とんだはしゃぎっぷりだった。
 マリンとデンゼルだってこんなケンカはしない、と、ティファはその度に溜め息をつく。
 これが世界最強の剣士2人の日常だと言っても、誰が信じてくれるだろう。


「朝飯食う前にいきなり逃げ出したんだっ。何も持ってねぇから家出じゃねぇと思うけど、腹減らしてるはずだ!!とにかく他当たってみる!何かあったら連絡くれ!」
 再びもの凄い勢いで、ザックスは飛び出て行った。
「…クラウドがお腹が空くって、そんなに大事件なの?」
 静けさを取り戻した店内で、マグカップに出来たてのコーヒーを入れる。
 温めたミルクと少しの砂糖を入れてカフェオレにすると、足元にしゃがみ込んで隠れていた人物に渡した。
「ねぇ、クラウド?」
「……アイツ…過保護すぎて…」
 三角座りで膝を抱えたままカフェオレを受け取ると小さな声で困ったようにボソボソと言い訳をする。
「俺だって、困ってるんだ…」
 と、言いつつも『嫌ではない』と顔に書いてある事にクラウドは気がついていない。
「クラウド、クッキー食べる?はい、あ~ん」
 クラウドの隣には同じくしゃがんだエアリスが、ご機嫌で餌付けにチャレンジ中。
「いや…エアリス、いらないから…」
 クラウドはそれにも困って、さらに身を小さくさせてカップに口をつけた。
 まるで家出猫のような扱いに、ティファは苦笑する。
「それでどうするの?このままだと、ザックスはあなたを探してエッジ中かき回しちゃうわよ?そうしたら益々出づらくなるんじゃない?」
「うん…どうしよう」
 ティファの意見は最もだし、クラウドはすでに現時点で出づらい。何よりもあの勢いのザックスに捕まりたくないというのが、クラウドの本音だ。


「なんとかして、ザックスに見つからないまま家に帰れれば…」
 小さく零すクラウドに、エアリスは純粋無垢な笑顔で悪魔の知識をだす。
「ザックスを騙して、どっかにやっちゃえば?」
「「……」」
 ニコニコと笑うエアリスに迷いはない。
 エアリスはザックスに容赦ないだけなのだが、エアリスの言う事には疑問を持たないクラウドの心は難なく傾いた。
「…カームくらいなら、いいかな?」
「うん、それくらいの距離なら許されると思う」
「…あなた達ね…」
 騙すのに距離は関係ない、と、唯一の常識人のティファは頭を抱えた。
 だが、あのザックス相手に常識を出しても意味はないのかもしれない。
「ティファ、ザックスに電話してくれないか?俺がカームにいるって…」
 対策が決まったらしいクラウドがキラキラとした目で頭を上げる。
 が、突然現れた大きな手がその襟首を掴むと、クラウドの体は天井に当たる勢いで引き上げられた。
「うわあああ!」
「嘘つくんじゃねぇ!捕まえたぞ!クラウド!!」
「ザックス!…お前なんで…ッ」
 襟首と腰を掴まれ、ザックスの頭上高々と持ち上げられる。
 ザックスの腕だけで支えられるバランスの悪さから、クラウドは身動きができないでいた。
 だが、そんな中でもカフェオレを零さなかったのはさすがと言えよう。
「気配消したって匂いで分かるんだよ!俺の嗅覚ナメんな!」
「匂いってお前…」
 嗅覚まで犬並みなら逃げ場などクラウドには元から無い。
 ガックリとするクラウドを、まるで槍のように両肩に横になるように担ぎ直すと、ザックスはカフェオレを取りあげ、残りを飲み干した。
「ごっそさん!ティファ、協力ありがとうな」
 気配を消して再びこっそりと店に来たザックスの事を、内緒にしてくれていたティファに礼を言いいながら、カップを返す。
「私はちょっとだけ黙っていただけ。でも、ザックス。あんまりクラウドを困らせないで?」
 ザックスから空のカップを受け取りながら、一応チクリとはやっておく。
「?、何か困ってるのか?クラウド?」
 ティファの忠告にも全く心辺りがないザックスは素で首を傾げた。自覚は全くない。
「困ってるよ!とにかく降ろせ!」
「嫌だね。降ろしたら逃げるだろ。さっさと帰って飯食わせたいんだ、俺は」
「だったら俺にフォークを寄越せよ!自分で食べられる!!」
「「……」」
 2人のやりとりを聞いていたティファとエアリスは、なんとなく事の原因を察した。
「これだからあなた達は…。もういいわ。ザックス、早く連れて行って!」
 頭を支えながら手の平をヒラヒラさせて追いやる。ティファに呆れられてガッカリしたのはクラウドだ。
「…ティ、ティファ」
 うっかりセブンスヘブンに逃げ込んでしまった事を今更激しく後悔して力を失う。
「…ザックスのせいだ。お前が全部悪いんだ…」
 フツフツとした怒りに膝蹴りを食らわすが、ザックスにさらにホールドされて終わった。
「くそっ!いい加減離せ!馬鹿力!!」
「じゃあ、俺ら帰るよ。エアリスは困ってる事ないか?」
「大丈夫よ、またね。ザックス」
「おぅ、いつでも呼べよ?」
「だから!降ろせ!」
 クラウドのクレームを無視してにこやかな挨拶は交わされる。


 閉まったドアの向こうで『降ろせ!バカ!』という罵声と殴る音が響いたが、賢い女二人は聞き流した。
 一騒動が去り、ため息をつくティファの隣でエアリスは楽しそうにクスクスと笑う。
「ザックスってば、構いたくて仕方ないのね。クラウド大変かも」
「いいんじゃない?あれでザックスから構われなかったら、それはそれで落ち込むんだから」
 ケンカをしてようが、仲良くしてようが、要は相手の意識が常に自分にあればいいのだ、クラウドもザックスも。
「クラウドもザックスも、めんどくさ~い」
 二人は目を合わせてクスクスと笑い合った。

 真っ向な構いたがりと、裏返しな構われたがり。
 そんな2人はセットにしておくのが丁度いい。
 その上で、必要な時は程よく手を貸してもらう、ティファとエアリスは丁度そんな距離だ。

 ティファはクラウドの大事な幼なじみ。
 エアリスはザックスの大切なお姫様。
「さ、私達もごはんにしましょ」
「私、マリンとデンゼルを起こしてくるね」
 最強の剣士に愛されている女達の一日は、今日も明るい笑顔で明けた。




「ティファに嫌われたらお前のせいだからな」
「ティファがお前を嫌うかよ。つうか、そう思うなら逃げ込むな」
「あそこは俺の実家だ。帰って何が悪い」

 ザックスのあ~ん攻撃から脱走して始まった朝の一騒動。結局クラウドが得たのはフォーク1本。
 遅くなった朝食をつつきながら、クラウドは不機嫌かつ、悩み顔だ。
 逃げた先でもエアリスに同じ攻撃を受けてしまった。それはつまり、自分はやはり『2人の子供』という扱いなのだろうか、と、内心でちょっと落ち込む。
 最も、ザックスは『子供』にしてはいけない事をクラウドにするのでその心配は何もないのだが、当のクラウドはそこには気がついていない。

「ったく、いつになったら俺に懐いてくれんだか」
 いつまでも素直にならないクラウドにザックスは零すが、クラウドはすでにこの上なく懐いている。懐いているから構われたい。
 だから、こんな場合も口に出るのは挑発的な方向だ。
「…だったら。懐かせてみせろよ」
「あ?上等じゃねぇか、この野郎」
 睨んだザックスがクラウドの後頭部を掴み、そのまま引き寄せ唇を重ねた。
「……ンン!」
 こうやってまた喧嘩の名を借りたイチャイチャが始まるのだ。

「…キ!キスしろなんて言ってないだろー!」
 真っ赤な顔でクラウドがクレームを出す。
「言った!」
「言ってない!」


 星は今日も平和です。




 















「…言ってないって、言ってるだろ……何度もすんな…」

「…少しは懐いた?」



「教えるかよ、バーカ」





 
 
end.




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